10 / 15
憧れ
1
しおりを挟む
僕は野田に連絡しようと、携帯電話を手に取った。良く見ると、不在着信がある。配偶者からだった。今なら着信拒否は解除されているだろうか。今電話をかけて、別れを切り出してしまおうか。迷ったが、やめておく。話があるなら、いずれまた向こうからかけてくるに決まっている。
もう僕は、配偶者と手を切って、野田に乗り換える気になっていた。別に野田と結婚しようと思っている訳でもないが、配偶者がいるというのは、この段階に至っては束縛でしかない。何しろ別居中なのだ。今日まで連絡もなかったくらいだ。もうあの頃の関係には戻れないのだ。
一方の野田は、昔からの憧れでありながら、新鮮な間柄だ。しかも、仕事場以外で木村を駆逐できる唯一の存在なのだ。
軍配はどうしても野田に上げるしかなかった。
気を取り直して野田にメールを送る。土曜日に会おう、という趣旨のメールだ。
しばらくすると、野田から承諾する趣旨のメールが返ってきた。
そもそも、調整しておく、などと言いながら、もとから土曜日に用事などなかった。当たり前だ。僕の勤める商社は土日出勤禁止なのだ。
もちろんそうやって嘘をついたのは、連絡先を交換するための名目に過ぎなかった。
土曜日が待ち遠しい。もう完全に僕は野田の虜だった。野田は、小学生の頃から変わらぬ可愛らしさと、年齢相応か、それ以上の落ち着きを併せ持っていた。そして何より上品で、笑顔が素敵だった。野田はまさしく、僕にとっては申し分のない女性だった。
野田は、微笑むととても可愛いかった。確かに山崎の微笑みには遠く及ばなかった。でも、野田の微笑みは僕の心臓を抜き取ってしまった。だから今の僕には心臓がない。僕の心臓は今、野田の手の中で大きな音を立てて脈打っているのだ。
あの日、山崎は僕の心臓を止めてくれた。お陰で僕は感情をなくした。それがあいつの置き土産だった。
その心臓を再び動かしたのは野田だった。この前の日曜日、野田は僕に感情を吹き込むと同時に、僕の心臓を手中に収めた。
「僕のことなんて、忘れてもいいんだよ。寂しいけど、それが君のためならいいんだ」
山崎が微笑んでそう言った。
「忘れる訳ないじゃないか!君は私の、唯一の親友なんだ!」
僕は叫ぶ。あいつの影が消えてゆく。
「ありがとう。でも無理はしなくていいんだよ」
僕はあの微笑みを忘れることができない。しかし、あいつが僕に遺してくれたものがまた一つ、なくなった。
居眠りをしていた。また山崎の夢か。僕はまた泣いていた。山崎が僕の側から消えていってしまう。それでも山崎は僕の唯一の味方だ。
寝ては山崎、起きては木村。それならば僕は、ずっと寝ていたかった。寝て、寝て、寝て、そのまま死んでしまいたかった。
山崎のことが頭を離れないのは、元はと言えば木村のせいだった。木村がいなければ、中学の卒業アルバムなんて見ることはなかったのだ。
木曜日、また配偶者から電話がかかってきた。
直接会って話をしよう、という内容だった。僕達はこの先上手くやっていくことはできない、という見解では一致した。配偶者は土曜日にでも会おうと言ったが、僕は土曜日は人に会うと言って、日曜日に会うことにさせた。もちろん、土曜日に会う人というのは野田のことだ。
憂鬱だった。もう配偶者とは顔を合わせるだけ無駄であるように思われた。
そう言えば、僕と配偶者が親密になるきっかけを作ってくれたのは山崎だった。僕と、あいつと、今の配偶者は中学時代の同級生だったのだ。確か山崎と配偶者は小学校からの同級生だ。
それからしばらくは、今の配偶者は友達の一人に過ぎなかったが、大学に入る頃に恋人に昇格した。
考えてみれば、僕の配偶者も、山崎の遺品だった。
もう僕は、配偶者と手を切って、野田に乗り換える気になっていた。別に野田と結婚しようと思っている訳でもないが、配偶者がいるというのは、この段階に至っては束縛でしかない。何しろ別居中なのだ。今日まで連絡もなかったくらいだ。もうあの頃の関係には戻れないのだ。
一方の野田は、昔からの憧れでありながら、新鮮な間柄だ。しかも、仕事場以外で木村を駆逐できる唯一の存在なのだ。
軍配はどうしても野田に上げるしかなかった。
気を取り直して野田にメールを送る。土曜日に会おう、という趣旨のメールだ。
しばらくすると、野田から承諾する趣旨のメールが返ってきた。
そもそも、調整しておく、などと言いながら、もとから土曜日に用事などなかった。当たり前だ。僕の勤める商社は土日出勤禁止なのだ。
もちろんそうやって嘘をついたのは、連絡先を交換するための名目に過ぎなかった。
土曜日が待ち遠しい。もう完全に僕は野田の虜だった。野田は、小学生の頃から変わらぬ可愛らしさと、年齢相応か、それ以上の落ち着きを併せ持っていた。そして何より上品で、笑顔が素敵だった。野田はまさしく、僕にとっては申し分のない女性だった。
野田は、微笑むととても可愛いかった。確かに山崎の微笑みには遠く及ばなかった。でも、野田の微笑みは僕の心臓を抜き取ってしまった。だから今の僕には心臓がない。僕の心臓は今、野田の手の中で大きな音を立てて脈打っているのだ。
あの日、山崎は僕の心臓を止めてくれた。お陰で僕は感情をなくした。それがあいつの置き土産だった。
その心臓を再び動かしたのは野田だった。この前の日曜日、野田は僕に感情を吹き込むと同時に、僕の心臓を手中に収めた。
「僕のことなんて、忘れてもいいんだよ。寂しいけど、それが君のためならいいんだ」
山崎が微笑んでそう言った。
「忘れる訳ないじゃないか!君は私の、唯一の親友なんだ!」
僕は叫ぶ。あいつの影が消えてゆく。
「ありがとう。でも無理はしなくていいんだよ」
僕はあの微笑みを忘れることができない。しかし、あいつが僕に遺してくれたものがまた一つ、なくなった。
居眠りをしていた。また山崎の夢か。僕はまた泣いていた。山崎が僕の側から消えていってしまう。それでも山崎は僕の唯一の味方だ。
寝ては山崎、起きては木村。それならば僕は、ずっと寝ていたかった。寝て、寝て、寝て、そのまま死んでしまいたかった。
山崎のことが頭を離れないのは、元はと言えば木村のせいだった。木村がいなければ、中学の卒業アルバムなんて見ることはなかったのだ。
木曜日、また配偶者から電話がかかってきた。
直接会って話をしよう、という内容だった。僕達はこの先上手くやっていくことはできない、という見解では一致した。配偶者は土曜日にでも会おうと言ったが、僕は土曜日は人に会うと言って、日曜日に会うことにさせた。もちろん、土曜日に会う人というのは野田のことだ。
憂鬱だった。もう配偶者とは顔を合わせるだけ無駄であるように思われた。
そう言えば、僕と配偶者が親密になるきっかけを作ってくれたのは山崎だった。僕と、あいつと、今の配偶者は中学時代の同級生だったのだ。確か山崎と配偶者は小学校からの同級生だ。
それからしばらくは、今の配偶者は友達の一人に過ぎなかったが、大学に入る頃に恋人に昇格した。
考えてみれば、僕の配偶者も、山崎の遺品だった。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる