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2.幻聴に負けないようにしないと
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アルジェントの声を聞いた私は、最初にそう思った。
最初の挨拶はいい。
その後、私の身体がフッと熱くなって、アルジェントの妄言のような言葉が聞こえたのだ。
(身体が熱くなった……ということは……、もしかしたら、私、少し体調が悪いのかもしれない。体調不良が故の、幻聴でしょうね)
私はそう結論づけた。
第一に、アルジェントはリエット家の財政状況が悪いと知った上でここに来た筈だ。貴族の人間として、そんな家の相手と結婚したいと思う筈がなかった。
第二に、初対面でそんなことを口に出す者は、確実に危ない人間だ。侯爵家令息として良い教育を受けている筈のアルジェントがそうだとは考えづらい。
第三に、アルジェントは口を開いていなかったのに、旦那様云々の声が聞こえた。つまり、本来声が聞こえる筈がないのだ。
喉が痛くもないし、寒気もしていないけれど、もしかしたら今の私は風邪に似た症状にかかっているのかもしれない。
――病気を移してしまったら申し訳ないので、念のためにマスクをしたい。
私はそうアルジェントに申告して、マスクをしながら案内することになった。
「アルジェント様。では、こちらの部屋から案内させていただきます」
「ああ。こちらからは、ノエル――、と呼ばせてもらおう。それでは、失礼する」
【言ってしまった。ノエル、と呼んでしまった。だが、そう呼びたかったのだから致し方ない。好機と見たら逃さないのが当主に必要な能力だと、父上はそう言っていた。俺もそれに従うようにしよう。
しかし、アルジェント様、という響きも中々良い。妻から夫への呼び名として魅力的だ。いつかは敬称なしで呼んで欲しいものではあるが。
それにしても、ノエルの体調は大丈夫なのだろうか。本来このような作業は中止させて寝かせてやりたいものだが、孤児院の視察に取れる日が今日しか無いから、致し方ないな。……すまない、ノエル。俺はノエルの病気ならば、いっそ移されてみたいくらいなのだが……】
(幻聴に負けちゃだめよ、私)
そう自分に言い聞かせながら、私はアルジェントを連れて孤児院を案内した。
アルジェントの様子自体は最初に姿を見せたときと変わりなく、私が孤児院の状況を話している時も適格な質問をして情報を引き出していた。先程から妙な声が聞こえるということを除けば、彼の態度におかしなところはないのだ。
私は心を無にして孤児院の案内に集中するようにした。
「えっと。これで一通り回って……、あれ?」
「やめてよ!ダニーひどい!」
「お前が弱すぎるだけだろ!一緒に戦ってみたら楽しいのに。ほら、ほら」
「いやー!」
何やら庭から騒ぎが聞こえる。
慌ててそちらの様子を見に行くと、孤児院の子どものアリアとダニーが外にいた。
ダニーは大きな木の棒を持って、アリアを追いかけ回している。アリアの方は縄跳びなど一人で出来る遊びをしていたようだが、ダニーに絡まれてしまったようだ。
私はダニーを止めて、木の棒を取って語りかける。
「いい?アリアは一人でじっくり出来る遊びが好きなの。あの子はまだここに来たばかりだし、ダニーがやりたいようにやったら、ここのことが嫌になっちゃうでしょう?」
「……でも、つまんない。おれだって遊びたいのに」
「私の手が空いたら、ダニーといっぱい遊ぶから。あ、あと、一人でもいっぱい運動出来るような公園をこの間見つけたの。今度行こうね」
「行くー!」
「うんうん」
どうなることかと思ったけど、ダニーは私の言い分を聞いてくれたようだ。ダニーは木の棒を置いて室内へと行ったし、アリアは一人での遊びを再開している。折り合いを付けてくれたようで、ほっとした。
私はアルジェントに頭を下げた。
「すみません。お時間をお取りしました」
「いや、いい。予定の時間よりも早く孤児院を見て回ることが出来た。子どもは放置すると更に手間がかかることになるだろうから、ノエルの行動は適切なものだったと思う」
「は、はい」
子ども関連のことで一応は気を害さずに済んで良かった、と思う一方で、アルジェントの言い分にやや引っ掛かるところがある。
(この人は、子どもが可愛いだとか、そういうことは言わないのね。……まあ、初対面の子どもを好きになれというのも難しいだろうし、そんなものか。それに何より、アルジェントは家の仕事で来ているようなものだしね。
第一印象で、氷のように冷たそうな人だと思ったけど、その印象で合っていたかも。情に流されない、と言い換えれば、次期当主として有望なお方なのでしょうね。やはり、あの幻聴は何かの間違いだったんだわ)
父親もアルジェントのような性格ならここまで苦労はしなかったかも――、と私は頭の中で考えた。
が。
何故だろうか、私の思考を上回る勢いで、アルジェントの声の幻聴が流れ込んでくる。
【ダニーという少年は、いささか乱暴者のようだな。ノエルはリエット家の者として孤児の世話をしているようだが、このように幼い子の暴力性に触れていたら、そのうち男性全体に対して恐怖心を抱くようになるかもしれない。
俺にとっては、その方が好都合、という面もあるが……。俺に対してもノエルが恐怖心を抱くようだと困るな。
いつかはノエルを子どもの世話から引き離して、大事に大事にして、俺だけはノエルにとって怖くない存在だとわかってもらうようにしないと】
(…………)
その幻聴に対して、私は色々と思うところがあった。
まあ、所詮は幻聴だろうから、無視しても全然いいんだけど……。
念のためにひとつだけ、私はアルジェントに伝えたいことがあった。
「アルジェント様……」
「ああ」
「あの、先程言い争っていた、ダニーとアリア……。あの子たちは、二人とも女の子なんです」
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