6 / 33
6.ベタだわ
しおりを挟む私は、王立学園へ入学することになった。
とはいえ、今は王立学園の入学時期からはひと月ほどずれている。私は家の事情で学園に入学することになったので、編入という形で学園に入ることになった。
私は、深く息を吸って校門に足を踏み入れる。
本来、学園に入学する際は緊張感と高揚感の両方あるものだろうと思う。でも、私にとっては緊張感の方が強かった。
私はオルビス侯爵家の命令で学園に入ることになった。私の家の借金返済の条件のひとつが「王立学園で学位を取得すること」だったのである。
だから、楽しい学校生活を送るためというよりは、仕事のために来ているという気持ちの方が強い。
初日は学園の施設紹介で終わるらしいが、二日目以降は授業が始まる。その上、自分はひと月分、他の生徒が受けていた授業の経験が無いのだ。
事前に学習資料は送られてきていたため、家でやれるだけの勉強はしたが、王立学園の求める水準に達しているのかはわからない。
明日からは特に気が抜けないだろう。
(……でも、初日に挨拶をする前の時間くらいは、気楽に散歩してもいいわよね……)
私は、ひとり早めの時間に学園に来ていた。王立学園の庭園は美しいという前評判を聞いていたので、心の赴くままに楽しみたかったのだ。
学園の地図を見ながら、庭園の方へと進む。
庭園へ向かう方角には並木道があり、朝の風が爽やかに吹き抜けていた。
(こんな風に自然を楽しめる場所もあるんだ。入学資格が無い子は無理なんだろうけど、出来れば孤児院の子どもたちも連れて来たかったな……)
私は朝の空気を堪能しながら歩き続ける。
歩いて、歩き続けて……
(うっ)
植え込みの陰で制服を着た男女がもつれ合っているのを見つけた。
私は、足音を立てないようにUターンして校門の方へと引き返すことにした。
(……学園内でカップルがいることは予想していたけど、綺麗な自然が楽しめる場所であんなことをするのは予想出来なかった……。男子生徒の方なんて制服がはだけてたみたいだったけど……よくやるわ。まあ、情熱的に求め合うのも……自然のままを体現しているといえなくも無いわね……)
そんなことを考えながら、学園内の綺麗な景色で何とか和もうとしたけど、無理だった。先程の光景がどうしても頭から離れない。
先程までの朝の涼やかな空気も何もかも吹っ飛んでしまった。
やっぱり、下手に学園内を回ろうとしたのが良くなかったのだろうか。
集合時間よりも大分前だが、大人しく先生との集合場所に行った方が……。
「……あれ?」
校門の方へ歩いて行くと、人影が見える。先程カップルらしき二人に遭遇しかけたのを除いて、初めて他の生徒と出会った。
【(……わっ!)
私はノエル。訳あって学園に通うことになった新入生だ。
学校に行きたくて走っていると、曲がり角ですれ違いざまに男の人にぶつかってしまった。
銀髪で背が高くて、今まで見たことが無いような男性……。
でも、今彼に見蕩れていると、学校に遅れてしまうかもしれない。
私は彼を振り切って学校へと向かった。
(ああ……)
学校についた私は、驚きの事実を知る。
学園内に、先程ぶつかった彼がいたのだ。
彼の印象は自分の心に焼き付いて、一度会っただけでも忘れられなかった。
私は一年だけど、彼は三年で最高学年らしい。
中々会う機会が無いだろうけど、たまに彼の姿を見つめられるなら、それだけで学校に通えて良かったと思えた。
「――きみ、名前は?」
そう考えて彼への想いを振り切ろうとしたのに、何故か彼に話し掛けられてしまった。
そして、私は知る由も無かった。
ここから、彼とは深い深い仲になるということを――ー。
】
そこにいたのは、アルジェントだった。
こちらの姿を認めて近づいてくるが、それに伴って彼の妄想が聞こえる。
(ベタだわ)
彼の妄想を聞いて、私は心の中でそう呟いた。
家の財政関連で頭を悩ますようになった今は遠ざかってしまったけれど、私も昔はよく恋愛に関する小説を読んでいた。その中にこういう導入の作品はよくあったのだ。
侯爵家でどんな教育が為されているかはわからないけれど、アルジェントもそういった作品を読む機会はあったのかもしれない。
(私との出会いを改変してまでこういう妄想をする理由はわからないけど、なんか……さっきの男女の絡みを見た後だと、アルジェント様の妄想がこんな感じで良かった、とすら思うわ。清涼感があって。……でも、人の心の声をこうして聞くのは良くないわよね、やっぱり)
私は頑張って、アルジェントの妄想を聞き流すようにした。
……最初から聞かないように出来ればいいんだけど、出会い頭の心の声はどうしても聞こえてしまうみたいだ。
それさえ聞かないように出来れば、人の心を覗いているという罪悪感も無くなって、過ごしやすくなるのに。
「ノエル、おはよう」
「アルジェント様、おはようございます」
「まだ集合時間には早いようだが、学園を回っていたのか」
「あ……はい!案内をいただいた時に素敵な学校だと思ったので、少し見学したいと思いまして。オルビス家のお陰でこの学園に来ることが出来ました。これから授業について行けるよう、励みます」
挨拶を返して深々と礼をする。
私は侯爵家のお金で学園に入っている。次期侯爵のアルジェントには無礼を働かないように気を付けなければいけなかった。
アルジェントはそう礼をしなくてもいい、と呟きつつ、私の発言に少し首を傾げる。
「素敵な学校……か。校舎が整備されているという面では正しいが、生徒の全てが素行がいいとは限らない。君には悪い影響を受けて欲しくないものだな」
「は……はい。気をつけるようにします」
「それはそれとして……」
アルジェントは、私の頭から足まで目線を動かした。
「送った制服は無事に届いていたのだな。よく……、よく、サイズが合っているな」
「は、はい。希望のものを送っていただき、ありがとうございます」
「ああ。二学期になったらまた新しいものを送るようにしよう」
「えっ……!?制服は三年間使うものだと思っていたのですが、一般的な貴族の方は違うのですか!?」
「常に体格にあった衣服を身につけるべしとは言われている。それに俺の身長は、入学してから変わったから……」
「そうなのですか。以前は今よりも低かったということですね」
「…………」
「アルジェント様?」
「ノエル。誤解のないように訂正しておくが、今よりも低くはあったが、一般的な同学年の身長よりは高く……」
「アルジェントくん!」
話す私達の後ろから、白衣を身に纏った男性が姿を現した。
アルジェントの知り合いのようで、彼は呼び掛けに反応して会釈をする。
「ヘルムート先生」
「おはよう。この後、ちょっといいかな?」
「ええ、少しなら」
「良かった良かった。この間のギフトの調査結果でちょっと相談したいことがあったんです。では、こちらへ」
「……ノエル、俺はここで失礼する。後は予定を確認するようにしてくれ」
先生に話し掛けられたアルジェントは、連れ立って去って行った。
(……制服って、そんなに買い変えるものなんだ。私なんて、学園の冬用コートは生地がいいから一生でも使えるとか思っていたのに)
先程アルジェントと話したことを反芻しながら、つくづく住む世界が違うんだな――と実感する。
彼はそんなに礼を言わなくてもいいと言っていたが、やはり世話になっている相手としての距離感は保たないといけないな、と思った。
(さて。私も集合場所に行こう。まだちょっと早いけど、またさっきみたいにカップルに会ったりしたら気まずいしね……)
私は地図を見ながら予定された場所へと向かった。
そんな私を遠くからじっと見ている生徒がいたことに、このときは気がつかなかった。
181
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる