貧乏令嬢は氷の侯爵の恋愛妄想が聞こえる~何故私がヒロイン役なのでしょうか~

白峰暁

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8.生まれてはじめて

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 サラと魔法の実習の時間を決めるとき、サラの意見で放課後にやろうということになった。
 私はひと月ぶん実習を受けられていないし、放課後に時間をかけてたっぷりやった方が追いつきやすいだろう、というのが主な理由だった。
 その時は彼女の意見はもっともだと思ったものだ。

 でも、今はサラに従ったことを後悔している。



(どうしてこんなところに……)

 私は、現れたアルジェントに心の中で歯噛みする。

 私がうまく魔法を使えないところを見られたら、オルビス家の評価は大きく下がることだろう。
 アルジェントだけには、来て欲しくなかったのに……。



「アルジェント様っ。もしかして、私に会いに来てくれたのですか?」

 サラは、現れたアルジェントを見て、一層甘ったるい声を出した。
 アルジェントは首を振り、静かな声を出す。

「俺は別の用事があって回っていただけだ。だが……」

 アルジェントはサラを一瞥した後、私の方へと近づいてくる。
 ――彼がこの場から去ってくれることを期待していたけど、どうもそれは叶わなさそうだった。

「ノエル。今、魔弾の実習をしていたのか?」

 彼の質問に、私は震えながら頷いた。


「そ、そうです。でも、私、さっきから的に当たらなくて。……今日はもう終わりにしようかと、迷っていたくらいで……」
「あはは、そうね。ノエルさんが的に当てられる感じが全然しないし、今日は解散した方がいいかもしれないね。アルジェント様、折角なのでこの後お茶でもしませんかっ?」
「…………」

 サラの呼び掛けとは裏腹に、アルジェントは厳しい顔をしている。
 彼は私が手に持っていた補助道具をじっと見て、そして呟いた。

「ノエル。その補助道具を俺に渡してくれ。それなしでやってみよう」
「えっ。でも……これが無いと、狙いを付けるのは難しいって聞きましたが」
「そうですよアルジェント様! 今でさえこんなに当たらないのに、それが無いと――」
「ノエルの魔法は俺が見る。今は下がっていてくれないか」


 アルジェントの呼び掛けに、サラがしぶしぶといった様子で引き下がる。サラは少し遠くでこちらを見ているようだ。
 的の周りにいるのは私とアルジェントの二人だけになった。


 私はアルジェントの様子を恐る恐る伺う。

「あの、私のために時間を使って貰わなくても大丈夫です。多分私は魔法の習得がすごく遅れているので、これからはひとりで練習しようと思います。ですが、今やっても、おそらくうまくいかなくて……」
「違う。君の使っていた補助道具は故障しているんだ。その状態でやれば、誰であっても狙いは定まらない。君の能力が問題だった訳じゃない」
「――えっ?」
「ノエル。体内の魔力を実体化するのは、本来もっと習得に時間がかかる技術なんだ。君はもう習得しているなら、魔法の能力が無いとは思わない。後は、精神を落ち着かせること――それが必要だ。そうすれば、自分がどうしたいかという目的が魔力にも伝わり、魔法を制御出来るようになる」
「精神を、落ち着かせる……」

 私は、アルジェントの言葉を咀嚼する。
 この場面でいえば、余計なことを考えず、ただ的を当てることに集中する、ということだろうか。
 ――でも、それは中々難しい。

 サラが私に好意を持っていた訳では無かったことや、今も後ろでカフェテリアを利用している生徒たちがこちらを見ているだろうこと。
 アルジェントがここまでしてくれてるのに、また外したらどうしよう、ということとか。
 よくないことばかりが思い浮かんでしまって――。


「ノエル。今後ろにいるのは、孤児院の子どもたちだと想像してみろ」

 アルジェントの言葉を聞いて、私は一瞬意表を突かれる。


「孤児院の子どもたち……?」
「リエット家がやっている孤児院に行った時、君は浮かない顔をしているようだった。うちの家がリエット家を訪れた用件が気になっていただろうから、それは仕方がない。でも、子どもたちの仲裁に入るときは君の憂鬱そうな表情が消えていた」
「…………」
「子どもの世話に追われているのは、ノエルにとっていい環境だとは思えなかったが……。君にとって、子どもたちと過ごすときは気持ちが安定するのかもしれない、と思ったことも確かだ。子どもたちの前で射的をやっている、という気持ちで狙ってみてくれ」


 私は目を瞑り、今までの思い出を振り返る。

 そうだった。
 私は魔法をろくに扱ったこともないし、こんなに沢山の人前で何かをやることも無いと思っていたけど。
 子どもたちに囲まれて遊びの見本を見せることはあった。
 美しい見本を見せると子どもたちは素直に賞賛してくれて、それを聞きたいがためにちょっぴり裏で練習することもあったっけ。



 目を開けて的を見た。
 ――私は、あの的に当てたい。


 深呼吸して魔弾を生成し、的に狙いを定め――、


 飛んでいった魔弾は、中央に当たって跡を残した。



「……やった!」
「見ろ、あの子中央に当てたぞ!」
「補助道具ありでも中央に当てるのは難しいのに……!」
「すごい!学園で見たことない子だけど、なんて子!?」

 ついに当てられた感激でじっと的を見ていると、後ろから歓声が聞こえる。

 振り返ると、カフェテリアからこちらを見ていた生徒たちがあれこれと感想を言っているようだ。あの距離からでも中央に当てられたのはわかったらしい。


 そして、いつも表情を動かさないアルジェントが、かすかに微笑んでいた。

 私は彼に深々と頭を下げて礼を言う。

「アルジェント様。ありがとうございます。あなたの助言のおかげで当てることが出来ました」
「そんなことは無い。本来の君の力が現れただけの事だ。あのクラスメイトがいなければ、もっとスムーズにいっていたものを……」
「……? そうだ、サラは……、あれ?」


 サラを探すと、彼女は居心地が悪そうにこの場から去ろうとしているところだった。
 アルジェントが無言で遠くの彼女に手を伸ばし、手のひらから一瞬光が迸る。
 逃げる体勢に入っていたサラは、光を受けて奇妙なポーズで固まった。
 その様子を見て、上級魔法には任意の相手を拘束出来るものがある――と本に書かれていたのを思い出す。


「あ、アルジェント様。なんでこんなことするんですかあ……」
「それはこちらの台詞だ。詳しい者が見ればすぐわかることだが……あの補助道具の壊れた場所から魔力が漏れていた。お前の魔力の色と同じものだった。あれはお前が壊したんだな? わざと使えない道具をノエルに持たせて、彼女が失敗するように仕向けていたんだ」
「あ……あ……」
「この事はすぐに学園に報告させてもらう。一緒に来てもらうぞ」
「あ、あの、アルジェント様。もう少し、彼女の言い分を聞いてみても……」


 青くなって震えるサラを見て、反射的に私はアルジェントの追求を止めようとした。
 一度は友人になりたいと思った相手でもあるし、彼女がアルジェントを慕っていると知っていたので、落ち着かせたかったのもあった。

 だが、アルジェントは首を振った。
 ノエルが慈悲を見せても彼女は付け上がるだけだ。ここからはこちらが処理する――。
 そう言って、アルジェントはサラを連れて教師達のいる校舎の方へと向かっていった。







「はあ……」

 王立学園には、寮がある。家が学園に通うには遠いなど、事情がある生徒は寮に泊まることになっている。私もそのひとりだ。
 今日の全ての課題を終えた私は、寮へと向かっていた。


 あの後もカフェテリアにいた生徒はこちらに話し掛けようとうずうずしていたようだが、私は何とか彼らを撒いた。
 今日は色々なことがあって疲れてしまったので、とりあえず寮に戻ろうと思ったのだ。


 サラはあの後、どうなるんだろう……。

 それが気がかりではあったが、今の時点ではまだ何もわからない。
 まあ、明日以降になればわかるだろうから、とりあえず今は課題の準備を進めることにしよう。



「――ノエルさん」
「はい?」

 寮の扉を開けようとすると、私に話し掛けてくるブラウンの髪の女子生徒がいる。
 よく見ると、私と同じクラスの子だ。ちょっとクールな感じの長身の女の子で、名前はフィーナといったはず。


「さっき魔法の実習をしてるとこ、見てたよ。私がやったときは黄色いところに当たったかな……。いきなり中央に当てたから、びっくりしちゃった。魔法の腕がいいんだね」
「あ~、あはは。あれは、教えてくれた人の腕が良かったからだよ。次も同じように出来るかはわからないの。もし魔法のことを聞きたいなら、その人が言ってくれたことをそのまま教えるよ」


 アルジェントのことを紹介しようかと迷ったが、彼は一年に教えるよりも他に用事があるかもしれないと思って、私はフィーナにそう言った。
 だが、フィーナは緩く首を振る。


「……ノエルさん。実はね、魔法のことはどうだっていいんだ」
「えっ。そ、そうなの?」
「うん。口実が欲しかった……ってやつ。本当はね、あなたが学園に入ってきたときから話し掛けたかったの。でもまだまだ緊張しているみたいだったし、タイミングを見ようと思って」
「……そうだったんだ」
「私も寮に住んでるの。良かったら色々情報交換しない? あ、これ、プロフィールシート。都合がいいときに書いてね。私も書いてくるから、交換しましょう」
「は、はい……」


 てきぱきと話を進めてくるフィーナに気圧されつつ、私は頷く。

 こうして、初めての同年代の友達が出来た。

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