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22.よりにもよってこの人なのか
しおりを挟む部屋に息を切らせて入ってきたアルジェントを見つめて、私は心の中で驚く。
(何故ここにアルジェント様が。私とのやり取りをするのはあくまでも当主の侯爵だと思っていたのだけれど……。
も、もしかして、オルビス侯爵の言う私との婚約者というのは、アルジェント様のこと……!?)
「アルジェント……どうしてここへ来たんだ。お前はこの時間他の予定があったはずではないか」
(あっ、侯爵も驚いてる。では、違うのね。それはそうよね。うん……)
私は心の中で納得する。
仮にオルビス侯爵がアルジェントと私を積極的に婚約させたいなら、このタイミングではなく最初から婚約の話が来ているだろう。
一瞬でも、アルジェントが相手ならば嬉しい――なんて思ってしまった自分が恥ずかしい。
アルジェントは険しい顔をして、侯爵に対峙した。
「……確かに予定はありますが、少しの時間ならばここにいられます。父上、あなたはノエルとリエット家への借金の話し合いをしている。そうですね」
「ああ。リエット伯爵が事故にあってしまったから、今はノエルくんが家の責任者だ。彼女に責任を取ってもらうため、婚約の話を……」
「父上! ……彼女の婚姻関係については、先日俺も話をしました。忘れたとは言わせません」
「しかし、あの時とは状況が変わって……!」
【……先日の父上は、ゆくゆくはノエルが俺と婚姻を結ぶのも悪くないと言っていた。何故白紙になったのだ!? 政略結婚は往々にして条件の悪い人間が相手になる。そうなれば、ノエルは……】
私の目の前で、侯爵家の親子が言い合いをしている。
私はそれに気圧されつつ、あることに気付いて戸惑っていた。
(アルジェント様の心の声がまた聞こえるようになっている……)
王立学園の休みに入った後も、私はギフトの力を抑える薬を飲み続けていた。
だから、本来ならアルジェントの心の声はもう聞こえることは無いだろうと、そう思っていたけれど。
父親のギフトが暴走してしまったように、私の力もまた強くなっていて抑えられなくなっている……。そういうことなのだろうか。
(そして……アルジェント様は、私の婚姻について侯爵に話をしていたのね……)
アルジェントは学期終わりのパーティで私をダンスに誘った。
あの時は、私の家が借金を完済するまで話は保留することとなった。
だが、彼は今の時点から家に相談していたのだ。
彼が私との未来について真剣に考えてくれたことが窺えて、私は頬がカッとなった。
――嬉しい。
それと同時に、申し訳ないと強く思った。
私は彼のように動けなかった。家の借金をどうすればいいかと、そちらの方を優先して考えていた。
そして、今もそう動かなければならないと、そう思っている。
私は深く息を吸い込んで、侯爵家の会話に割り込んだ。
「アルジェント様。私の意見を聞いていただけますか」
「ノエル……!」
「私のことを心配して来て下さったのですよね。お気遣いいただきありがとうございます。ですが、婚約については侯爵が無理にお話を進めたのではありません。私も納得づくで話を受けました。私にとっては家の財政を何とかするのが一番の優先事項ですので」
「納得……」
アルジェントは私の言葉を聞いて、表情を一瞬陰らせた。
だが、それだけでは終わらなかった。
彼はこちらの目をじっと見つめて、私を落ち着かせるように言葉を発した。
「――いや。ノエル、君は今、気が動転しているんだ」
「……え?」
「父親の事故の件があって、その動揺から冷静さを欠いている。家のことを何とかしなければいけないという気持ちから、契約や法についてよく確認せずに話を進めようとしているな。その状態で重要な判断をするのは勧められたものではない。
……父上、ノエルはまだ正式に婚姻の約定をした訳ではないのでしょう?」
「それはまあ、そうだな」
侯爵は苦々しい顔をしつつも、アルジェントの言葉を肯定した。
アルジェントは私に向き直り、言葉を続ける。
「この国では意識不明の状態に陥った人間が死亡認定されるまでひと月の猶予がある。契約ではリエット伯爵が借金返済が不可能になったときにノエルが借金を継ぐということになっていた。だがこれからリエット伯爵が回復する可能性はある。まだ話を進める必要は無いんだ、ノエル」
「……、そうですね……」
私は、深呼吸をしてアルジェントの話を咀嚼した。
そうだ。
契約書に書かれていたのは、私の父親が借金返済をするということと、父親が死亡や失踪で返済不能になった際に娘の私が担当者になるということ。
父親がこれから回復すれば、これまで通りの契約を続けることは可能なはずだ。
私がオルビス家の機嫌を損ねたら孤児院の子どもたちにも影響があるかもしれないと思って、侯爵の話は二つ返事で受けるようにしようとしていたけど……。
侯爵の全ての話を吞むのが子どもたちにとっていい条件になるとは限らない。
私はアルジェントに頷き、侯爵に向かって口を開いた。
「私は気が急いていたと思います。オルビス侯爵、お父様がこれからも目覚めなければ、その時は私は婚約の話を正式に受けます。ですが、今はまだお話を聞くだけということで……。それでよろしいでしょうか」
「ああ、そうだな。……だが、婚約者候補は既にこちらに呼んでしまった。だから……」
話している私たちのもとに、来客を示すベルが鳴った。
侯爵はソファから立ち上がりつつ、私に指示をする。
「どうやら到着したようだ。将来の君の家の状況がどう転ぶかはわからないが、とりあえず話だけでもしてもらおうか」
「わかりました」
「……まだ少しだけ時間がある。俺も立ち会おう」
【相手の顔を見る程度の時間の余裕はあるはずだ。 ……ノエルの婚約者候補がどんな相手なのか確認しなければいけない。悪い相手は論外だし、条件のいい相手であっても嫌だ。だが、確かめずにはいられない……】
アルジェントの地を這うような心の声に、私は内心震えた。
そして、改めて緊張する。
……まだ婚姻関係になると決まった訳では無いけど、その可能性がある相手と顔を合わせることになる。
どんな人なんだろう……。
++++
「――僕は、サーフィス・ミュラー。公爵家の四男です。まだ未確定ではあるけど、もし条件が整ったら婚約するということで……、あれ?」
「……!?」
「あ~、きみは前に校内にいた……」
侯爵家に訪れた男性をまじまじと見て、私は頭が真っ白になった。
私は、学園でこの人を見たことがあった。
夕陽のようなオレンジ色の癖毛、金色の瞳のタレ目、そしてこの語尾が伸びたような声色……。
(私が王立学園に入った初日に、庭園の中で女子生徒と触りあってた人……!)
学園生活初日のあのときの印象が強烈過ぎて、名前は知らないけど顔は覚えてしまったのだ。
学園生活を過ごす中で、時々彼を見かけることがあった。そして、ガールフレンドらしき女生徒が見る度に変わっていたのが印象に残っていた。
自分が学園に通う目的は自分の家の為に勉強することである、他の生徒が何をしていようと深くは関わるまいと、そう思って生きてきたが……。
(よりにもよって、この人が婚約相手なの……!?
わざわざ借金のある家の娘を相手に選ぶくらいだから、何らかの訳ありの人なのだろうとは思っていたけど……。
あっ、でも、サーフィスとしてもあんな場面を目撃されたことを知られたら、気まずくて婚約どころでは無いんじゃ……)
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