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竜騎士と秩序の天秤
もりのなかまたち
しおりを挟む竜の森の奥深くに陽光がゆっくりと差し込み、森はゆっくりと目覚める。小鳥たちは元気に歌い、朝の訪れを知らせる。
鍛冶屋の朝仕事が始まり、勢い良く吹きあがる炎の音と、時々聞こえる子気味の良い槌を打つ音が森に響き渡る。
チコおばちゃんの家でのんびり目覚めた私は、着替えに悪戦苦闘していた。
「おばさま、これどうやって着るの?」
「はいはい、そう言えばお洋服は初めてよね、お城ではどうやって着たの?」
「侍女たちが一斉にうわ~って」
「あら、そうだったわね、お姫様と一緒だったのね。
でもね、一人で着替えができるようにならないと、いざというときに、困るでしょ?
お嬢様は今、裸になってしまうんだから。」
「ずいぶんとかわいい姿になったじゃないか。」
とナギおじさまがからかった。
「そうよね、どこかの皇子様に声をかけられたりしてね。」
「……護身用にナイフでも持たせておくか?」
「やだなぁ、おじさま。これでも私は十分強いわよ。」
「そうね、全く過保護なんだから。」
とチコおばちゃんも笑っていた。
「もう、ドラゴンには戻れないのかな?」
「そこはサポニスに聞いてみるしかないよね。」
朝食は森の賢者たちと、打ち合わせを兼ねて共にいただくことにしていた。
でも私の身体は竜人になったばかりで、椅子に座ったりテーブルで食事をとるのは、しっぽが邪魔をして慣れなかった。
サポニスは少しの野菜があればいいという。
エルフたちも皆、朝は少しの野菜で済むらしい。
カイルとネルフは朝でも肉。
でも二日酔いでもあるので、薄い塩漬け肉を少々。
ドワーフたちはパンと干し肉。
竜人の私は、パンとサラダとスープと少しの干し肉を食べた。
人間のご飯を真似てみた。
朝一番の話題はもちろん竜人となって戻ってきた私の話。
泣いて帰ってきたから、森の中でその話題が持ち切りだ。
サポニスが、
「経緯はともあれ、無事にご帰還されて何よりです。
これからはその姿が普通の状態、ドラゴンに変身するという生活に代わっていきますな。」
「ドラゴンに変身?
元に戻るのではなくて?」
「はい、竜人は人の存在が進化したもの。
その状態のほうが、お嬢様のドラゴンの姿よりも安定して魔力を発揮できます。
しかし、力ではドラゴンには及びません。
状況により変身して使い分ける訓練が必要ですな。」
また訓練かぁ、見た目もこんなに可愛らしい女の子に、戦闘訓練なんているのかなぁ。
カイルは私の顔を見ながら「うんうん」とうなずいてくれた。
けれどもサポニスは容赦なく、
「この森の中で1番になってもらわなければなりません。
でなければ誰が秩序の天秤を守るのですか?
この竜の森が平和でいられるのは、あの天秤が無事であり、竜の魔力が安定して供給されていることが肝心なのですぞ。」
あぁ、サポニスはいつもそうだった。
この森で一番と言って、訓練や魔法を教えてくれる。
「ま、仕方がないですよ、お嬢。
俺らも先代から名をいただいてこの仕事についたときも、この御仁は容赦なく『森で一番になるべし』と説いて、俺たちゃ毎日、コテンパンに伸されましたからね。」
「サポニスって、強いの?」
「あぁ、高位の魔法使いっていうのは、接近戦に持ち込まれなければほぼ負けはない。
距離を取って魔法攻撃。
しかもこの御仁は身体強化をかけて、その杖で殴ってくる。
そりゃ恐ろしいもんですぜ?」
「だからこの前の坊ちゃん、なんといいましたか第二皇子は、せっかく有利に距離をとっても、頭に血が上って、切りかかってきて、お嬢に反撃を入れられた。」
「いくら強くても、ちゃんと相手に合わせて戦わないとだめって、こういうのを言うのね。」
サポニスは黙ってネルフたちの会話を聞き、ラヴィが少しずつ成長していることがわかると、黙ってうなずいていた。
風の精霊がサポニスに来客を伝える。
冒険者がエリックの遣いと言って森の中に入る許可を求めている。
「チコさんや、悪いが朝食をもう一人分お願いできますかの。
急ぎの用事で寝ずに走ってきたらしい。」
「あいよ、お嬢様と同じものでいいかね。」
「人間ならば、それでもよかろう。
何を出してもそなたの料理はうまいので、心配はしておらんよ。」
「またぁ、そんなこと言ったら、ここでご飯を食べる人が増えちゃうじゃない。」
「それはそれで、いいことなのですよ。」
チコおばちゃんは照れながら食事の用意をしていた。
森は急に用事を言いつけられた哀れな冒険者のために、やさしく道を示していた。
おかげで冒険者は迷うことなく岩山の塔へたどり着くことができた。
「まずは、任務ご苦労様です。主は奥であなたをお待ちです。」
「ありがとうございます。」
しかし、冒険者が通されたのは大きな食堂だった。
そこには朝食が用意されていた。
「遠路はるばるご苦労であった。
まずは腹を満たし、疲れを癒されよ。
用向きはその後でも遅くはないのだろう?」
「はい、ではこれをお受け取り下さい。」
と言って国王からの親書をサポニスに手渡す。
「確かに受け取った。
ではゆっくりと食事にするがよい。」
「ありがとうございます。」
と言って冒険者は夢中で食事をとっている。
時々「うめぇ」と声を漏らすので、チコおばちゃんは上機嫌だ。
竜の森の主ラヴィ様、森の賢者サポニス様
先日は突然の訪問にもかかわらず、我が子アイリス、アルスがお世話になり、とても感謝しております。
また、愚息アルゴの不始末には大変心苦しく思っております。
さて、我が城に森の主様がお見えになり、アイリスも妹ができたと喜んでおりましたが、またも愚息のしでかしたことで、大変ご迷惑をおかけするどころか、そのまま森へ帰られたと聞き及んでおります。
本来であれば、ラヴィ様にはお母上のその後についてお話をすべきことがあり、ゆっくりと滞在していただきたかったのでありますが、このようなこととなってしまい、とても残念に思っております。
そこで、再び我が子を使者に立て、お二人を我が城にお招きいたすよう迎えに行かせますので、よろしくお取り計らい下さい。
フランネル公国 国王 ロベルト・フォン・フランネル
親書を読んだサポニスは、これをカイル・ネルフたちへ回覧した。
「お嬢様、またアイリス殿下、アルス殿下にお会いになれますよ。」
「でも、この姿ではもう、みんなとは一緒に行けないよ。」
「いえいえ、もう皆様にはラヴィは竜人だと伝わっているようですので、むしろ堂々とされてもよいのですよ。
どうやら竜人と会うのは初めてではないようですし。」
「そうなの……かなぁ。」
そういえば、肖像画のお母様の姿は竜人の姿だった。
「ええ、立派なドラゴンであり、先代様の愛娘である証拠ですから。」
私はうれしかった。このままでいいんだ。
私だけこんな姿になって、とても心配していたけれども、この姿こそが母様の血を引く証拠で、森の守り手の姿なんだと思うと、自分のやるべきことが少しわかったような気がした。
「今度はちゃんとお姉ちゃんに、私のこと、話すことができるかな…?」
私はやっぱりこの姿でアイリスと会うことが不安だった。
「使者殿、委細承知した。
喜んでお二人の到着を待っているとお伝え願えるかな。」
「承りました。」
「おお、それからこれは良い知らせを急いでもたらしてくれた礼だ。」
そう言ってサポニスは木の実をそっと取り出した。
「体力を回復させる効果を持つ木の実だ。
おぬしが食しても良いし、持ち帰って育ててもかまわぬ。
育て方はエリックが知っておるので、渡せば褒美がもらえよう。」
「はい、それではこちらはマスターへお渡しいたします。」
「うむ、それがよかろう。
では、頼んだぞ。」
「はい、ご飯おいしかったです。
ありがとうございました。」
そうしてサポニスは冒険者に風の魔法をかけた。
森は疾走する冒険者がぶつからないように道を開けていた。
「さて、これから忙しくなりますな。
チコさん、食事がたくさんいるようですぞ。
食糧庫をいっぱいにしておいてもらえるか?
それからナギの旦那には酒を少々都合してもらえないかと……。」
「サポニスの旦那、後ろの二人の目が輝いておりますよ。
まったく、呑兵衛どもには困ったものだねぇ。」
「うへへっ」カイルとネルフは喜びが隠せない。
またうまい酒を楽しく飲めると顔に書いてある。
「おほん、あくまでも接待用であるぞ。
お客様が先である。」
「ナギ殿、よろしく頼むぞ。」
とカイルが大声で鍛冶場のナギに声をかける。
ナギはニヤリとしながら、だまって右手の親指を立てていた。
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