竜騎士と秩序の天秤

竹笛パンダ

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竜騎士と秩序の天秤

サポニスとラランザ

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 私たちは2階に上がり周囲を探索しながら進んだ。
 サポニスの言う通り、そこからは強敵に会うことはなかった。

「ここからは王の謁見の間、その奥につながる大魔導士の部屋ですね。
 ここから大きな魔力を感じますので、注意してください。」

 突然、天井から炎の雨が降り注ぐ! 
 熾烈な攻撃の中、サポニスが叫んだ。

「ラランザ!?」

「ファイアボール」

 私は両手で魔法障壁を作って防ぐ。
 サポニスとお姉ちゃんが私の前に立って、魔法で応戦した。

「ウインドカッター」

「アイスランス」

 お姉ちゃんとサポニスは謁見の間にいる何者かに魔法を放った。

 私は大きな柱の後ろに隠れた。

 魔法の応戦が収まり、土煙が晴れると、空中に浮かぶエルフの女性が見えた。

 長い銀髪が闇の魔力に染まり、その瞳は狂気に満ちていた。
 サポニスの表情が一瞬、動揺に染まった。
 それは、かつての弟子が『完全な敵』として立ちはだかる絶望だった……。

「ラランザ!」
 とサポニスが呼びかけると、すかさず魔法攻撃が始まった。

「ロックフォール」
「サンダーボルト」
 が同時に襲い掛かる!

  一撃で城の柱が砕けた。
 さらに次から次に魔法が繰り出される。

「ラランザ、私だサポニスだ。」
 と声をかけてもお構いなし。
 むしろ声のするほうへ正確に魔法を放っていた。

「サポニス、知り合い?」と聞くと、
「ええ、私の弟子です。
 長いこと行方不明になっていましたが、こんなところに捕らわれていたのですね。」

「ラランザ、私だよ。
 サポニスだ。」

 ラランザはまたも声のするほうに魔法を撃ちこんできた。

「うるさい、うるさい、うるさい!
 何年もかわいい弟子を放っておいて、今更師匠面するんじゃないよ。」

 ラランザはサポニスの目の前に急に現れ、胸ぐらをつかんだ。

「おい、かわいい娘を連れているじゃないか。
 あたしのことなんてとっくに忘れてさぁ、久しぶりの再会に女連れって、相変わらずひどい男だねぇ。」

「何を言っているんだ。」

「かわいい娘だった私をのぼせ上らせておいて、そのまま放置だって。
 ちょっとぉ、ひどくないですかぁ。」

「君の才能は認めていたさ。
 だがあの時には生まれたばかりのドラゴンを育てていく役割があったんだ。」

「それで私は置いてけぼりで、500年だよ。
 いいかげんあたしもひねくれるってものだよ。
 で、今はその娘のドラゴンと人間の娘ねぇ。
 さすが森の賢者様は多くのものに慕われてうらやましいねぇ。」

「ロックバレット!」
 
 お姉ちゃんが攻撃しようとすると、
「やめてください、私が何とかします。」
 とサポニスが言った。

「これでは3人ともやられてしまいます。
 それに、この方にはもう先生の話を聞くつもりがありません。」

「そうだよお嬢ちゃん、あたしにはあいつが憎くて憎くて仕方がないんだよ。
 それに新たな竜騎士だってぇ、師匠がその男なら、あたしには勝てないよ。
 だってその男は私より弱い、だろ?」

「ファイアランス」
 ラランザは容赦なく魔法を撃ち込んできた。

「どういうこと?」
 私は念話で話しかけた。

「先生、あの方とはお知り合いなのですね。」

「ええ、確かに。
 私は彼女に負けています。
 ラランザは魔法を扱える種類の多い、いわば天才でした。
 賢くて人懐っこい、お嬢様のような娘でした。
 それだけに相手にするのは厄介ですよ。」

「そうですね、全属性の魔法を使っていますから。
 ただ、上位の魔法は使っていませんね。」

「そうでしょう、詠唱と集中が必要ですから。」

「ラヴィ、私に力を貸して。
 あの人もアンデッドなら、神聖魔法が使えるかもしれない。」

「ええ、でもそれだとラランザは消えていなくなったちゃうのかな。」

 このまま攻撃してもいいのかな?
 私は少し迷っていた。

「いいですかお嬢様、お嬢様は静かに飛んで、後ろからラランザを攻撃してください。
 私とアイリス殿下で魔法や槍で音を立てて、ラランザの注意をこちらに引き付けますから、その間にお願いします。
 私たちはラランザに詠唱をさせないように忙しく立ち回ります。」

「私に任せて、ラランザに詠唱をさせなければいいのね。」

「ウインドカッター」
「アイスバレット」

 サポニスとお姉ちゃんで、なるべく派手な音が出る魔法を唱えながら、「ラランザ」と名前を呼んでいる。
 
 わたしはそおっと後ろから近づいた。
 黒い帯がラランザの身体を蛇のように巻き付いていた。
 気合を入れてドラゴンの紋章に力を込める。
 私の身体が白い光に覆われて、
「回転しっぽアタック」を勢いよくお見舞いすると、ラランザは床に叩きつけられた。
 すぐさまサポニスが「ディスペル・マジック」を唱えた。
 
 ラランザの身体から黒い帯が消えたが、
「ふん、今更命乞いなんてするつもりはないよ。」
 と、ふてくされていた。

 サポニスはラランザの肩を抱き、少し体を起こして呼びかけた。

「ラランザ、やっと見つけた。何があったんだい?」

 そう優しく問いかけると、ラランザはゆっくりと語りだした。

「サポニス、どうしてあの時あたしを負かさなかったんだい。
 誰が見たってあんたが一番だったろう。」

「もう、いいんだよ。僕は聖属性の使い手で君は闇属性。
 あのまま攻撃をすれば君は傷ついてしまうだろう。
 僕にはそれが耐えられなかった。」

「ばかねぇ、男は強いほうがいいに決まっているじゃない。」
 そう言ってラランザの目から涙があふれた。

「私は捨てられたんだ。
 私の力は、エルフの里では禁忌とされていたからね。」
 ラランザは静かに語った。

「あの後あたしは大魔導士に挑んだのさ。
 里では闇魔法は嫌われるからね。
 大魔導士をぶっ倒して、あんたの鼻を開かしてやりたかったんだよ。」

「なんて無茶を。」
 とサポニスが心配そうに話していた。

「でもね、大魔導士は闇属性のあたしに、こういったんだ。
 我が軍門に下れ、さすれば闇魔法の使い手として十分な待遇を約束するって。
 確かにここでのあたしの役割は、闇魔法の研究と世界侵略の手伝いだった。」

「それで、大魔導士に脅されたのですか?」

「いや、ちょっと違うな。
 ここにはあたしの居場所があったんだよ。
 大魔導士だけが私を必要としてくれた、こんなあたしでも……だから喜んで協力したんだ。
 闇魔法で世界を奪うなんて、あの爺さんの戯言に。」

「まさか自分から進んで、世界侵攻に加担したと。」

「ああそうさ、あの爺さんはあたしを望んだ。
 そして力の継続を。
 何よりもあたしを愛してくれた。
 だから娘のステラを産んで、世界侵攻の足掛かりを作ろうと。
 それを二人で見守りたいとね。」

「!」

「そして私は禁忌を犯した。
 この国の国民を生贄にして不死の国を作ったのは、あたしなんだよ。
 そして、爺さんを不死にして、権力を継承できるようにしたのもあたしなんだ。
 そして邪魔な聖属性のドラゴンには娘を使って消えてもらったのさ。」

 よくも母様を!
 そんな理由で殺したなんて、許せない!

「ねぇ、サポニス。
 私は闇魔法の使い手。
 あんたは正義の神聖魔法を操る竜騎士を育て、世界に秩序をもたらすもの。
 いずれこうなるとはわかっていたさ。
 だからあんたに会えてうれしかったよ。
 あたしを倒せるのは、あんたたちしかいないだろうからね。」

「私に倒されるのが望みか。
 それともこれから共に歩むか。
 いずれにせよこれから大魔導士を討伐せねばなるまい。
 そのあとのことを考えると……。」

「あたしにはその後なんてないのさ。
 あの化け物を生み出してしまったのはこのあたしなんだ。
 だからあたしは裁かれなければならない。
 恐ろしい魔導士の言うことを聞いて、たくさんの命を奪ってしまった。
 この不死の身体は、これからも多くの命を奪うだろうよ。
 だからさっさとやっておしまい。」

 サポニスはラランザを抱きしめて言った。

「これから大魔導士を倒して、この国を覆っている闇魔法を消す。
 そうすれば今まで通りに……。」

 そう言いかけたところでラランザがサポニスの口元を押さえて制止した。

「今まで通りなんてくそくらえだ。
 お前がいつかあたしを殺しに来てくれると思っていたんだ。
 そのうちにもう500年だよ。
 あたしはその間に多くの罪を犯してしまったんだ。」
 
 サポニスを見つめる目に涙があふれた。

「サポニス、最後にひとつだけ……。
 あんたに言っておきたいことがあるんだ……ずっと、会いたかった」
 
 サポニスは目に涙を浮かべていた。

「あぁ、わたしの愛しいサポニス。
 せめて最期はあなたの手で送っておくれ。
 あたしはそれでもう十分。
 あたしを裁いておくれ。」

「そんなのおかしいよ、だってラランザさんは……。」
 
 しばらくは誰も、何も言えなかった。

「優しいお嬢さん、ありがとうね。
 私は大切なものを、エルフの誇りを奪われてしまったの。
 だから最期は誇り高きエルフとして生涯を閉じたい。
 大好きなサポニスに抱かれてね。」

 サポニスの手が震えていた。
 かつて誇りに思った弟子を、今、自らの手で葬らねばならないのだ。

「おやすみ、ラランザ……スリープ。」
 
 サポニスは眠りの魔法をかけた。
 腕の中でラランザが安心して眠りについた。

「お嬢様、アイリス殿下、お願いします。」

 お姉ちゃんは紋章の力が竜騎士の槍に宿ると、
「ホーリーレイン」と静かに唱えた。

 光の雨が降り注ぐ。
 ラランザの身体が少しずつ光に包まれ、その輪郭が淡く滲んでいく
 ……彼女は安らかに目を閉じ、最期に小さく微笑んだ。
 そして、静かに光へと溶けていった。
 
 その場にはかつてサポニスが贈った髪飾りが残されていた。
 サポニスはそれをそっと握りしめ、目に涙をたたえていた。
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