36 / 179
第36話 【三つの盤面、動き出す】
しおりを挟む朝霧に包まれた湯ノ花の里。
前夜の宴の余韻がまだ残る広場で、ミサトは湯煙を見上げていた。
外交、経済、情報。この三つを同時に動かすなんて、会社員時代でもなかった挑戦だ。
でも、ミサトには今リリィがいる。
『おはようございます。ミサト。今日から三つの盤面を少しずつ動かしていきましょう』
「おっはよ~!リリィ。そうだね。まずは外交からかな~」
第一の盤面•外交
朝、シルヴァン村からの使者が到着した。
昨日の同盟締結式を経て、今後の交流スケジュールを具体化するための会談だ。
「月一での物資交換会、加えて季節ごとの合同祭りとかってのは……どうでしょうか?」
「おっ?合同祭り……いいですね~。それなら互いの特産品も売れるしね」
シルヴァン村の使節団の一人、まだ二十歳前後の青年が、控えめに手を挙げた。
「あの~、もし可能でしたら……合同祭りをシルヴァン村で開きませんか?踊りや競技、料理の腕比べなどを…そうする事で、シルヴァン村にも多少の経済効果が生まれるかと…」
場が少しざわめく。単なる娯楽に聞こえたが、ミサトは即座に計算した。
「うん!いいですね。屋台は両村から出し合って、参加料を取りましょう。優勝賞品もスポンサー制にすれば負担はゼロ。湯ノ花の里とシルヴァン村との人の流れを作れますね!」
青年の顔がぱっと明るくなり、村長も頷く。
外交が単なる友好から、経済を伴う催しに変わった瞬間だった。
会談の場は穏やかながら、互いの利益を確実にする条件が交わされていく。
リリィが囁く。
『はい。ミサト。相手の文化や特産を尊重しつつ、自分の市場を拡げる……これは歴史上のオスマン帝国の交易外交に似ています』
ミサトは苦笑しながら頷いた。
「ははは、私、だんだん商談中にリリィの歴史講義受けるのが当たり前になってきたよ」
『はい。ミサト。それでしたらあなたはとても優秀な生徒です』
第二の盤面•経済
昼には、トーレル商会のカイルと経済会議。
「ミサト、温泉塩の出荷ルートなんだけど、既存の都市商人経由より、ミサトたちで直送した方が利益率は上がると思うんだよな…」
カイルは地図を広げ、山道や河川ルートを示す。
「ただしなぁ、、初期投資がかさむわな…荷車の増設、護衛の雇用……その他諸々…」
「ん~、そこは村の利益分配から前払いで工面しようかな」
経済盤面は数字と物資で動く。ミサトは会社員時代の営業経験を思い出しながら、利益計算を即座に組み替えていく。
会議後、カイルがそっと耳打ちする。
「なぁ、ミサト。トーレル商会の中にも、湯ノ花の里ばかり得をしてると感じてる連中が多少声を上げてる…」
ミサトは即答した。
「ふ~ん?こまったちゃん達ね~…じゃあ、少し甘い汁でも吸わしてあげましょうか! この祭りの物資輸送は全部商会に任せるよ。利益の一部を輸送手数料として払う形でさ」
カイルが目を細め笑う。
「あははっ!相変わらず大胆だなぁ~……あの連中、きっと黙っちまうぞ!」
利害で敵を縛るやり方に、カイルは半ば呆れ、半ば感心していた。
リリィが補足する。
『はい。ミサト。利益の一部を初期投資に回すこと、損して得取る。そして長期的な収益を確保する……これは江戸の豪商たちが好んだ戦略ですね』
「歴史の大物って、やっぱり数字に強いんだね!」
『はい。ミサト。そしてミサトもそうなりつつあります』
「え~っ?!なりつつあるのか?リリィにならされてんのか…?わからないけどね~」
第三の盤面•情報
夕方、ミサトはゴブ次郎と茶菓子を食い、お茶を啜って温泉で密談していた。
「ねぇ?ゴブ次!例の噂ってまだ流れてんの??」
「あぁ。『湯ノ花の里は温泉で儲けすぎている』って言ってるみたいですわ!出所は……どうも第三勢力っぽいって話しなんですけどね…」
ミサトは少し考え、地図の端をトントンと指で叩く。
「うん。わかった。情報網をもう少し広げよう。各村に信頼できる連絡役を置いて、噂や物資の流れを常に報告してもらうようにしようか?」
「おぉ~!了解しやしたぁー!」
ゴブ次郎が湯気を立てる湯船から上がり、タオルを頭にかけたまま報告する。
「そう言えばボス、今度の祭り、村の若い衆が『祭りの主役はこっちの踊り娘たちが頂くぜ!』って賭けをしてましたぜ」
ミサトは笑いながらも、手帳に小さく書き込む。
「あははっ!つまり、湯ノ花の里の娘たちをうまく前に出せば客寄せになるってことね」
リリィが軽く電子音を鳴らす。
『はい。ミサト。これぞ文化を利用した情報操作です』
湯ノ花の里の「祭り戦略」は、こうして形を整えていった。
そしてリリィが感心した声を出す。
『はい。ミサト。情報の掌握は戦の前哨戦です。これは戦わずして勝つ孫子の教えそのものですね』
「はいっ!出ました。孫子~! 外交と経済を守るために、情報は欠かせないってことか」
夜、湯煙が白く立ち上る中、ミサトは三つの盤面を頭の中で並べてみた。
外交は信頼を、経済は富を、情報は安全をもたらす。
それらを同時に回し、強化していくことが、村と自分の未来を切り拓く道になる。
『はい。ミサト。今日のあなたは、まさに帝王学の初手を踏み出しました』
「なっはっはっ!……だったら、次は二の手、三の手だね!どんどん大きくしちゃうよ~☆」
ミサトの瞳は、すでに次の一手を見据えていた。
続
21
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。
同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。
16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。
そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。
カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。
死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる