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第3話 【浮かび上がる網】
しおりを挟む港町ガルマの夜は早い。昼間あれほど騒がしかった市場も、陽が落ちれば潮風と酒場の笑い声だけが残る。
宿に戻ったミサトは、仲間と机を囲んで昼間の収穫を整理していた。
「……まとめると、うちの物資は“契約解除”って形に改ざんされて、他商会の荷に混ぜられてるみたいですね…」
エルナが記録帳をめくりながら言う。
「しかも、その情報を町中の人達が“当然のこと”みたいに口にしてる。誰かが意図的に噂をばらまいてるんです!」
「なるほどな。つまり、、」カイルが腕を組む。
「バルドン商会はただ横流ししてるだけじゃねぇ。情報まで操ってるってわけか」
ゴブ次郎が小さくうなった。
「オレ、昼間に聞いたんだ。魚を運んでた船頭が『湯ノ花の荷はもう港に入れない』って言ってた。……そんな権限、誰にあるんだ?」
『はい。これで分かりましたね。答えは明白です。港の物流網に深く食い込んでいる組織。つまり、バルドン商会です』
リリィの冷静な声が脳裏に響き、ミサトは唇を噛んだ。
「またバルドンか…、、しかも情報網……ね。これはただの妨害じゃない。相手は“市場の流れそのもの”を握ろうとしてるんだね…」
◇◇◇
翌朝、ミサトは一計を案じ、エルナと共に港の会計所へ足を運んだ。
役所よりは庶民的な建物で、帳簿や関税の控えを管理している。運良く、顔見知りの小商人が書記官に書類を届けに来ていた。
「ねえ、お願いがあるの。ちょっとでいいから帳簿を見せてもらえない?」
小声で頼むと、男は顔をしかめた。
「ミサトさん……これ危ない橋だぜ。今、ここガルマじゃ、バルドンや帳簿に首を突っ込んだ奴は、みんな痛い目に遭ってる」
「あははっ!だからこそよ。こっちは正規の契約をしてるのに、勝手に解除扱いされてる。証拠がなきゃ話にならないの!!」
真剣な眼差しに、男は観念したように溜息をつき、こっそり帳簿を開いて見せてくれた。
ミサトは息をのむ。
「……なに、これ」
湯ノ花の名義で発注された物資が、別の商会名義に“すり替えられて”記録されていた。しかも、一度や二度ではない。ここ三ヶ月、ほぼ毎回。
「これだから…数字が合わない。支払った量と記録された量に差がある……」
エルナが小声で指摘する。
「ミサトさん…これってつまり誰かが“帳簿を二重管理している”ってことですよね…」
帳簿の隅には、見覚えのある印章があった。
「ねぇ、リリィ?これ……バルドン商会の印じゃない?」
『はい。ミサト。間違いないです』
エルナが険しい顔で言う。
「あの人達、港の記録係まで抱き込んでるんですね…」
◇◇◇
夕方、仲間が再集合した宿。
ミサトは帳簿の写しと、エルナの記録を机に並べた。
しんと静まり返った部屋に、帳簿と証拠が並ぶ。
重苦しい空気が落ち込む中、ミサトは勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
「……ねぇ、みんな! ここで怖気づいたら、私たちは一生“下請け”で終わるよ! せっかく里のみんなが信じてついてきてくれてるのに、ここで逃げたら何の意味もない!」
強い口調に、カイルもゴブ次郎も目を見張った。
「バルドンが港を押さえてる? 帳簿を改ざんしてる? 噂で不利にしてる? ……だから何!? 私たちには正しい証拠がある。正しく働く仲間がいる。ここで負けたら、もう“湯ノ花の未来”はないんだよ!」
ミサトの瞳が一人ひとりを射抜く。
「私は逃げない。絶対に戦う。だって私たちの里は、みんなで作った居場所なんだから!」
その言葉に、カイルが力強く頷いた。
「……そうだな。俺はもう決めた。湯ノ花のために剣もペンも振るう。たとえ相手がガルマ中を牛耳る怪物でもだ!」
ゴブ次郎の拳が机を叩きつける。
「オレだってそうだ! もう田畑を荒らして生きていく自分たちには戻らねぇ。里を守るって決めたんだ!」
エルナも小さく笑った。
「うん。私も信じてる。ミサトさんが導く未来を」
胸の奥に熱が宿り、リリィの声が静かに響いた。
『はい。ミサト。あなたは決して一人ではありません。皆があなたを信じ、共に歩んでいます』
重苦しかった部屋に、確かな光が差し込む。
彼らはただの小さな村の集まりかもしれない。だが 、、その心は誰よりも強かった。
「よし。……これでもう次にやる事ははっきりしたよね。バルドン商会は、物資だけじゃなく情報網まで完全に押さえてる…。てことは…」
カイルが低く唸る。
「港の労働者、役所、倉庫、噂話……全部ひとつの網で繋がってる。下手に動けば、すぐに手を回される…」
ゴブ次郎が拳を握りしめた。
「へへ!オイラたちの里を守るには、この網を切るしかないな」
ミサトはニコッと笑い深く息を吸い込んだ。
「うん。でもただ斬るんじゃない。証拠を掴んで、逆に利用する。彼らの網の中で、私たちが泳ぎきるんだ!私たちを捕まえた事を後悔させてやるっ!」
その瞳は決意に燃えていた。
『はい。ミサト。正しい選択です。情報戦は既に始まっています。勝敗を分けるのは、“誰が真実を握るか”です』
リリィの声が静かに告げた。
港の窓の外では、赤い夕日が海を染めていた。
その色はまるで、迫り来る大きな戦いの前触れのように思えた。
続
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