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第7話 【港の影に差す光】
しおりを挟む翌朝、港町ガルマはどこか張り詰めた空気に包まれていた。夜の火事で焦げた匂いがまだ残り、人々は口々に「どの商会が狙われた」「湯ノ花のせいでは」と噂を飛ばしている。
ミサトはガルマの宿の一室で地図を広げ、仲間と共に作戦会議を開いていた。
「……やっぱり仕組まれてるんだね…?」
ミサトの問いにヨランが硬い声で口を開く。
「昨夜の火事、原因は事故じゃない。バルドン商会の連中が、自分たちに都合の悪い帳簿を焼こうとしたんだ」
カイルが眉をひそめる。
「ってことは、やっぱり湯ノ花に罪をなすりつける気か」
ヨランは一瞬、ミサトの視線を避けるように目を伏せた。
「……オレが倉庫に居たのは、偶然じゃない。港の倉庫に“火が入る”って噂を聞いた。だから、、」
ミサトは小さく頷いた。
「ありがとう、ヨラン。あなたが動いてくれなかったら、証拠は全部消されてた。本当に助かったよ!」
その言葉に、ヨランの肩がわずかに震えた。
裏切り者と蔑まれるはずの自分を、まだ信じてくれる人がいる。その事実が、彼を縛る鎖を少しずつ解きほぐしていた。
「ふふっ!本当にミサトの期待に応えるなんてやるじゃねぇか!」
カイルがヨランの肩を抱いて言った。
◇◇◇
昼過ぎ、ミサトとエルナは港の会計所を訪れた。
帳簿を管理する書記官、、ルディアの机の前で足を止める。彼女は痩せた体に無表情な瞳を宿し、黙々と羽根ペンを走らせていた。
「あの~、すみません。少しだけお話し出来る時間をいただけませんか?」
ミサトの呼びかけに、ルディアは顔を上げる。
その瞳には疲労と、どこか諦めに似た陰が浮かんでいた。
「……湯ノ花の人ですね。昨日の火事の件なら、私は何も答えられません」
突き放すような口調。しかしミサトは引かなかった。
「えぇ、はい。分かっています。でも、ルディアさん。あなたが帳簿をどう扱っているかは、昨日確認しました。正規の記録と裏帳簿の二重管理。あなたが本当は嫌々やっていることも」
ミサトはカイルが持って来てくれた証拠をそっとルディアに見せた。
ルディアの手が止まり、インクが紙に滲んだ、、
「えっ?……なんで? どうして、そこまで」
エルナが静かに言葉を継ぐ。
「私たちはルディアさんを責めたいんじゃないんです。ただ、このままじゃバルドン商会に全部を支配される。あなたもそれを望んでいないはずです」
沈黙の後、ルディアは大きく息を吐いた。
「ふふ……あの人たちには逆らえないの。抵抗した書記官は、みんな職を失った。中には姿を消した人もいる」
彼女の声は震えていた。だがその奥には、確かな怒りがあった。
「私だって…帳簿をすり替えるたびに、自分が自分じゃなくなっていく気がした。……でも、あなたたちが証拠を掴んだなら、まだ望みがあるかもしれない」
ミサトはそっとルディアの手に触れた。
「…ルディアさん。一緒に立ち向かいましょう。私たちは裏切り者を許し、仲間にしてきました。だから、あなたも私たちが絶対守ります!」
その言葉にルディアは目を見開き、やがて小さく頷いた。
◇◇◇
港の通りを歩きながら、ミサトは大きく伸びをした。
「ふぅ~~!いやぁ、書記官さんが味方になってくれてよかったけど……正直、胃が痛かったよ~」
『はい。ミサト。ふふ、お疲れさまでした。交渉中に何度“お家帰りたい”って心の声を叫んだか、全部ログに残してありますよ』
「えぇぇぇ、えっ、やめて!?心の叫びをログにするの禁止!てか、心を覗くのも禁止だろっ!!」
ミサトが慌てると、リリィはくすくすと笑う。
『はい。ミサト。じゃあ次は“ログ消去依頼”の書類を提出してください。三枚複写で』
「うわぁーっ!!何その官僚的AI!? 書類文化は前の世界だけでもお腹いっぱいなのに!」
リリィは得意げに続ける。
『はい。ミサト。でも、ちゃんと記録しておくことは大事ですよ。証拠は力です。帝王学にも“筆は剣より強し”という格言が、、』
「おぉぉぉいっ!ちょっと待った! それ、帝王学っていうかただの名言じゃない!? 私が知らないと思ってちょいちょい“自分の名言”足してんじゃないの??しかも途中からビジネス書みたいになってるし!」
『はい。ミサト。まあまあ。鼻息荒くせずに…。どちらにせよ、あなたが真剣に人の心を掴もうとしているのは間違いありません。今日のあなたは立派でしたよ』
ミサトは思わず顔を赤らめた。
「うぅ……そうやってど真ん中ストレートに褒められると照れるじゃんかよ。せめて“がんばったで賞”みたいにゆる~く言ってよ」
『はい。ミサト。では、“港町交渉部門・本日のがんばったで賞”をミサトに贈呈します。副賞は、、はい。私の24時間おせっかいサービスです』
「い~やっ!その副賞、普段から365日24時間提供されてるや~つ!!」
ミサトとリリィのやり取りに、通りを行き交う人々が何事かと振り返る。
しかしミサトの胸の中には、不思議と温かさが広がっていた。
たとえ陰謀や妨害に囲まれていても、この相棒がいる限り、まだ笑える。そう思えるだけで、前を向く力が湧いてくるのだった。
◇◇◇
宿に戻ると、仲間たちが驚きの顔を見せた。
「ははは、まさか書記官を味方に引き入れるとはな」 カイルが苦笑する。
リリィの声が響く。
『はい。ミサト。お見事です。帝王学の基本の一つ、“人材を見捨てないこと”を自然に実践しましたね。孫子も言っています。“兵を用いるは、廃を興すにあり”。失われた力を拾い上げることでこそ、真の強さが生まれるのです』
ミサトは苦笑した。
「あはは、そんな大層なこと考えてなかったよ。ただ……放っておけなかっただけ。それにルディアさんがこっち側に来てくれれば勝機は必ず見えてくる!」
仲間たちは知っていた。
そのミサトの言葉こそが、彼女の強さであり、湯ノ花を支える礎なのだと。
こうして、港の影に小さな光が差し込んだ。
それはやがて、バルドン商会の闇を切り裂く大きな灯火へと育っていくのだった。
続
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