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第42話 【時間だ】
しおりを挟む王都の空に鐘が鳴り響いた。
ただの正午の合図にすぎぬはずなのに、王城の石壁の内側にはざわめきが走っていた。
「な、なんだと……!?貴様今なんと言った!! あの女が、牢を破って逃げたと言うのかっ!!」
玉座の間に怒声が轟いた。声の主はもちろん、この国を支配する国王である。
報告に来た監視兵は震えながら平伏した。
「はっ……! 牢の鍵が壊され、見張りは気絶しておりました。どうやら外部の協力者が……」
「黙れぇぇぇ!言い訳などするなっ! あの女に協力する者など、この国にいるはずがなかろうが!」
国王は玉座から立ち上がり、豪奢な杖で床を叩いた。石の床がひび割れるほどの力だ。
「我が牢獄から逃げ出すとは……この国を愚弄するにもほどがあるわ!」
臣下たちが青ざめ、互いに目を見合わせる。怒りに燃える国王の前で、誰も軽々しく言葉を発せられない。
ただひとり。
若き王子、リュウコクだけが涼しい顔をしていた。
「まぁまぁ、父上。そんなにお怒りにならずとも……」
「あっ!?リュウコク!」
国王の目が細く光る。
「…まさか、貴様が逃したのではあるまいな?」
その場の空気が一瞬で張り詰めた。
臣下たちの背筋に冷たい汗が伝う。
だが、リュウコクはにこりと笑った。
「さぁ? 私が見張っていれば、そもそも彼女は牢から出られなかったでしょうねぇ。あんな美女なら私はみすみす逃す真似などしませんからね☆」
国王の額の血管が浮き上がる。
「戯けたことを申すな! 我が目を欺き、この国の威信を踏みにじった女……もはや許すまじ! 湯ノ花の里を攻め、焼き尽くしてくれるわ!」
その言葉に、臣下たちが慌ててひざまずいた。
「お、お待ちを国王様! 湯ノ花の里は今やこの国の交易の要で……!報告では一夜で城を完成させたとの噂も…」
それを聞いた国王は玉座に立ち、徴税官や近習を怒鳴り散らす。
「なにぃぃぃ!!湯ノ花が一夜で城を築いた?何故そんな事が可能なんだっ! ふん、それなら潰す理由ができたではないか!何を甘い顔で見ておる!」
近習が怯えて書類を震わせると、国王はさらに声を荒げる。
「国王の命に背く者に生きる価値はない!民の幸せなど知ったことか、従わぬ者は即刻制裁だ!すぐに兵を集め湯ノ花に向かうぞっ!!」
理不尽な理由で怒号を飛ばす国王の姿に、誰もが凍りついた。
リュウコクは横目でその光景を眺め、心の内で小さく吐き捨てた。
(馬鹿な親父だな……愚かだ。力で押せば国が揺らぐ。見えておらぬのか、己が支配の足元がすでに音を立て始め、崩れつつあることを)
けれど表情は変えない。笑みを浮かべたまま、軽く一礼する。
「父上のお考えはごもっとも。どうぞご随意に」
そうして彼は踵を返した。
◇◇◇
石造りの廊下を進み、冷えた地下へ。
そこに広がるのは湿った空気と錆びた鉄の匂い。
王都の牢獄。反逆者とされる者、役目を果たせなかった兵が押し込まれる場所だ。
松明の灯りが壁に揺れ、鉄格子の奥に影が座っていた。
その影が、にやりと口角を上げる。
「んっ?……おや。ようやく俺に顔を出したか、リュウコク」
声の主は、かつてゴブリンとの戦で兵士を仕切った隊長、、牢に落とされた英雄だった。
彼の片腕は包帯に巻かれ、傷だらけの身体に鎖が絡みついている。
リュウコクは軽い調子で鉄格子に手をかけた。
「隊長さん。随分とお元気そうで何より。処罰されてなお、その眼の光は消えていないとはね」
隊長は鼻で笑った。
「ふふ、まったく……お前の差し金だろう。あの女を逃がしたのは…、ゴブリン戦と言い、もしあの時、俺が国王に目の前で処刑されてたらどうしてたんだ…??」
問い詰める声に、リュウコクは肩をすくめる。
「さぁ、どうでしょうね?まぁ今、首と胴体が繋がってるんだから良しとしましょうよ……」
だが次の瞬間、彼の目が冷たく光った。
「、、もっとも、いよいよ“時”は来たよ!」
隊長の目が細くなる。
「あははっ!……俺はもう牢屋は飽きたぞ…。ゴブリンに“わざと負けたり”、国王に口答えして牢屋に入れられる様に仕向けたり、、で、、そろそろ動くのか…?」
リュウコクはニタァと口元を歪めた。
「あぁ。もう動き出した。カリオス、“時間だ”」
牢の中、カリオスが笑って言う。
「はははっ!よっしっ!やっとか。このまま続けたら役者に転職しようかと思ってたところだったぞ!早く牢から出してくれ!……で、リュウコク、予定通り王は釣れたのか?」
リュウコクが牢の鍵を開け、カリオスの手錠を外しながらニヤリと頷く。
「あぁ、バカ親父は完全に湯ノ花を敵と認めた。カリオスもう後戻りはできないよ」
「はははっ!後戻り?戻る場所はまた牢屋か?? 冗談はさておき、なら、、そろそろ“時間”だな。しかしお前は恐ろしい男だな。お前から話しを貰った時は“バカみたいな事言ってるな”って思ったのに、まさか現実になるとはなっ!獲りに行くんだろ?“玉座”!」
「あはは。そうだね!カリオス、“バカな話し”に付き合ってもらって!ありがとう。ゴブリンの村制圧の話しも、君の処罰も、湯ノ花が来た時も、ぜ~んぶ僕の“描いた絵の中”さ!さぁ!忙しくなるよ」
二人の笑みが交錯し、国家転覆の影が静かに立ち上がる。
その声は地下牢の暗闇に溶け、まるで遠雷の前触れのようにじわじわと響いた。
国王が怒りに任せて剣を振り下ろそうとする裏で、別の盤面が静かに動き出していた。
表の戦はまだ始まってすらいない。
本当の戦は、、これからだ。
続
10
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