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第17話 【アルガスの翳り】
しおりを挟む豪奢な会議室に怒声が響き渡った。
アルガスの大広間、、分厚い獣の絨毯に銀の燭台、豪華な調度が並ぶ部屋は、しかし重苦しい空気で満ちていた。
「……まただ!どうにかならんのかっ!」
怪訝な顔のバレンティオの目前に商人の一人が、帳簿を机に叩きつけた。
「湯ノ花を経由したラインハルトの港で我らの商品が止められている! ラインハルトの奴が裏で手回しして、重税をふっかけて、売れるどころか損ばかりだぞ!!」
「おいっ!こっちで値崩れを防ごうにも、市場には湯ノ花の商品が大量に流れ込み始めている。どいつもこいつも“湯ノ花産は質がいい”と口を揃えて……!」
「バレンティオっ! このままでは俺たちの商売は立ち行きませんぞ!」
口々に飛び交う商人達の非難。
だが、その視線の矛先に立つのは、アルガスの総帥、バレンティオだった。
海賊上がりの強面に金と宝石の首飾り、背にはまだ血の匂いを残す長剣。
その男は椅子にふんぞり返り、苛立ちを隠そうともせず口角を吊り上げる。
「……ほう。俺の前で随分と吠えるじゃねぇか?三下共がよっ!」
その声に、部屋の空気が一瞬凍りついた。
しかし商人たちは怯むわけにもいかず、なおも訴える。
「ラインハルト国と湯ノ花の策で手が封じられているのは事実です! これ以上損を垂れ流すなら、アルガスの地盤そのものが揺らぎますぞ!」
「うるせぇな!……てめぇら少し黙れぇッ!」
バレンティオが卓を叩いた。
厚い板がひび割れるほどの一撃に、商人たちはびくりと身を縮める。
「なら聞くぞ?? ここまでアルガスが肥え太ったのは誰のおかげだ? 港を奪い、この地を奪い、街を築き、国にまでしてやったのは誰だ?? 俺だろうが!」
ギラリと光る眼差しが一人一人を射抜く。
「お前ら負け犬の小心者が何十人集まったところで、一隻の船すら守れやしねぇ! 俺がいたから商人が商人でいられたんだ! それを忘れたのか! 目障りだ!てめぇら全員消え失せろっ!」
怒号に押され、誰も言い返せなかった。
会議室は静まり返り、ただバレンティオの荒い息遣いが響く。
だが、商人達の不満は消えていなかった。
むしろ押し殺された声は、別の場所で膨らんでいった。
◇◇◇
、、、港の酒場。
夜な夜な集まる商人たちは、酒を煽りながら吐き捨てる。
「もうここは限界だ……税は重くなる一方、利は削られるばかり。これじゃアルガスに留まる意味がない」
「だけどよ、、バレンティオに逆らえば島流しか、最悪殺される……ならいっそ湯ノ花に商路を移した方がマシじゃねぇか?」
「バレンティオは自分だけの威光を守ろうとしてる。俺たちは結局、使い捨てだ……!」
愚痴はやがて噂となり、耳の早い者を通じてバレンティオ総帥のもとへ届いた。
◇◇◇
数日後、、、
愚痴をこぼした商人の一人が、全てを奪われ港から遠く離れた孤島へと流された。
《島流し》の報せは瞬く間に広がり、酒場は静まり返った。
「……やはり逆らえばそうなるか」
「ここはもう終わりだ……。残っても地獄…逃げても地獄…」
商人たちは恐怖に震え、そして決断する。
「なら、出て行くしかねぇ。どちらも地獄なら儲からねぇ国にしがみつく馬鹿な商人はいない」
「湯ノ花に移ればまだ道はある。ここに残れば死ぬだけだ」
こうしてアルガスの商業連合は、少しずつ瓦解を始めた。
富を生むはずの交易の血脈が、一筋、また一筋と失われていく。
街は賑わいを失い、賑やかだった広場にも空席が目立つようになった。
◇◇◇
その報せを、いち早く届けたのは港の書記官ルディアだった。
帳簿を携えて湯ノ花に現れ、ミサトとリュウコクに告げる。
「アルガスは、もはやかつての活気を失いつつあります。商人たちは利を追い、次々と離反を始めています。バレンティオは力で抑え込もうとしていますが……もはやアルガスは限界かと」
言葉を聞いたリュウコクは、静かに頷く。
その横でミサトは腕を組み、ぽつりと言った。
「、、リュウコク…頃合いだね☆」
ミサトが言うと、リュウコクがすかさず身を乗り出した。
「あははっ!そうだね!やはり僕の妻は話が早い」
「だ~か~ら!誰が妻だっての!」
「おや、おやおや~!もう口癖のように否定してくれるなんて……それはもう認めている証拠では?」
「……あんたほんと図太いわね!ちゃんと目見て手も繋げないくせにぃぃ!」
「えっ!?繋いでいいの??」「だぁめぇぇぇ!」
リリィが呆れたように割り込む。
『はい。ミサト。はいはい、二人とも朝から晩までイチャイチャしないでください。こちらは重要な作戦会議なんですから』
「誰がイチャイチャだ!」とミサトが怒鳴る横で、リュウコクは楽しげに笑っている。
「ふぁ~……」とマリーが欠伸をしながらぼそり。
「ほんと、朝から夜まで賑やかで退屈しないねぇ」
「……もう、みんな真面目にやりなさいよ!」
そう言いながらも、頬が少し赤いのをリリィは見逃さなかった。
『はい。ミサト。やっぱり、これは“愛と戦略”の二重攻勢ですね』
「誰がうまいこと言えってのよ!」
二人の視線が交差する。
背後でリリィが淡々と告げた。
『はい。ミサト。まさに歴史が示す通りです。“国家は剣で立つのではなく、信で立つ”……古代の哲人の言葉ですね』
「はぁ……また偉人の名言か?もう誰の名言かもわからなくなってきたよ…」
ミサトは苦笑し、肩を竦めた。
「でもまぁ、確かにその通りかもね。剣で縛った国は、剣で滅びるだけだもん。何かの映画で言ってたね…。拳で決まりつけたら拳で返されるって…!」
『はい。ミサト。ですから、次はあなたたちの番です』
リリィの声は冷静ながらも、どこか期待を帯びていた。
ミサトは深呼吸し、湯ノ花の街を見下ろした。
その眼差しはもう、迷いのないリーダーのものだった。
◇◇◇
しかしその夜、バレンティオはひとり酒杯を握り潰していた。
「ちっ……商人どもが逃げようが俺の知ったことか。残った奴らから絞り尽くせばいい……」
そう吐き捨てながらも、胸奥に広がるのは苛立ちと焦り。
「リュウコク……?湯ノ花……?ふざけんなっ!このままじゃ終わらねぇ。必ず奴らを叩き潰す……血の匂いが似合う策を考えてやるぜ」
アルガスの翳りは、湯ノ花にとって最大の好機。
静かに、だが確実に。
世界は新たな秩序へと動き始めていた。
続
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