お前との婚約は、ここで破棄する!

もちもちほっぺ

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「……さて、そろそろ戻りましょうか」

カフェでのひとときを楽しみ、私は満足して席を立った。
公爵は変わらず私を見つめながら、ゆっくりと後を追う。

王都の市場での散策は、思った以上に大変だったが——公爵と二人きりで過ごす時間は、悪くなかった。

(……でも、やはり私は自由に歩きたいですわ)

そう思いながら、私は外の空気を吸い込んだ。

——そのときだった。

「……レティシア?」

ふと、懐かしい声が耳に入る。

その声の主を見た瞬間、私は息を呑んだ。

「……アレクシス王子?」

そこには、第三王子であり、かつての婚約者——アレクシス・ローゼンベルクが立っていた。

アレクシスは驚いたような表情を浮かべ、私をじっと見つめている。

「こんなところで……」

彼の声は、戸惑いと何か言いたげな感情を孕んでいた。

(……それはこちらのセリフですわ)

私は思わず冷静に考える。
アレクシスが、こんな市場にいるのは珍しい。

王子という立場上、滅多にこうした庶民の場所には来ないはずなのに——。

「お久しぶりですわね」

私はあくまで淡々とした口調で挨拶をした。

「……ああ、本当に久しぶりだな」

アレクシスは、どこか複雑そうな表情をしていた。

かつて、彼が私に婚約破棄を言い渡したとき、彼の顔には優越感があった。
だが、今の彼の表情は違う。

まるで、私の姿を見て動揺しているようにすら見えた。

「……君が、本当にヴァルター公爵の婚約者になったと聞いて、驚いたよ」

「そうですの?」

「……正直、信じられなかった」

アレクシスは、静かに息を吐く。

「君は、あんな男のそばで、本当に幸せなのか?」

「……」

私は一瞬だけ言葉に詰まった。

すると——

「……誰のことを、“あんな男” と言った?」

低く、冷たい声が響く。

ヴァルター公爵が、すぐそばに立っていた。

アレクシスは、背筋を強張らせながら、公爵を見た。

公爵は、まるで氷のような視線をアレクシスに向けている。

「……ヴァルター公爵」

「貴様に聞いている」

アレクシスは、ギリ、と唇を噛んだ。

「……君が、レティシアの婚約者になったと聞いたとき、俺は……納得できなかった」

「納得?」

公爵の目が細められる。

「君がどんな男か、俺はよく知っている。冷酷で、容赦がなく、帝国最強と恐れられている——」

「それがどうした?」

公爵の声は、さらに低く、冷えたものになる。

「そんな男が、彼女を大切にできるのか?」

「……」

私は、驚いた。

(アレクシス……今さら、そんなことを?)

彼は私を捨てたのだ。
彼自身の意思で、私を不要だと判断した。
それなのに——

「お前には関係のないことだ」

公爵が静かに言い放つ。

「……っ!」

アレクシスは、悔しそうに拳を握る。

「関係ない……だと?」

「そうだ」

公爵は、何の迷いもなく言葉を続ける。

「お前はこの女を捨てた。それならば、もう彼女に関与する資格はない」

「……っ」

アレクシスは言葉を失う。

公爵は、それ以上興味がないとでも言うように、私の手を取った。

「行くぞ、レティシア」

「……はい」

私は、何も言わず、公爵に従う。

アレクシスは、何かを言いたげな顔をしていたが——

何も言えなかった。

彼は、自分がすでに「過去の存在」であることを理解したのだろう。


私は、公爵とともに市場を後にしながら、そっと彼を見上げた。

「……公爵?」

「なんだ」

「先ほど、怒っていました?」

「……当然だ」

公爵は、静かに私の手を握る力を少しだけ強める。

「お前を捨てた男に、俺がどうこう言われる筋合いはない」

「……っ」

私の心臓が、少しだけ跳ねた。

——どうして、この人は、こうも迷いなく、私を守るのだろう?

私は、公爵の手の温もりを感じながら、そっと微笑んだ。

——もう、私はあの過去には戻らない。

そう、強く思った。

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