お前との婚約は、ここで破棄する!

もちもちほっぺ

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フローラ・ラングレーは、静かに鏡の前で微笑んでいた。

「……レティシア様」

その名を口にするだけで、胸の奥がざわつく。

(本来なら、あなたはとっくに没落しているはずでしたのに)

アレクシスの婚約者の座を奪ったとき、フローラは勝利を確信していた。
レティシアは王家に捨てられ、社交界から遠ざけられる。
それが当然の結果だったはずなのに——

彼女はヴァルター公爵の婚約者として舞い戻ってきた。

それだけならまだしも、今や王家すら警戒するほどの立場を手に入れた。

(そして……アレクシス様は、まだレティシア様に未練を抱いている)

それが、フローラにとって何よりも許しがたいことだった。

「……ならば、邪魔なものは消すのみですわ」

フローラはゆっくりと椅子に座り、ベルを鳴らす。

「お呼びでしょうか、フローラ様」

侍女が静かに入室する。

「“例の件” を進めますわ」

「……かしこまりました」

フローラの命を受けた侍女は、無言で頭を下げ、すぐに部屋を後にした。

その背中を見送りながら、フローラは微笑む。

(私の手を汚す必要はありません)

(レティシア様が公爵の婚約者でいられない状況にさえなれば……)

社交界での地位も、婚約も、そして王家とのつながりも失う。

そうなれば、アレクシスの心が再び揺れることはない。

「……レティシア様、あなたは”貴族の娘” であってはいけないのですわ」

フローラの瞳に、冷たい光が宿る。

フローラの計画は、レティシアを直接害するものではなかった。

ヴァルター公爵は、帝国最強の男だ。
正面から手を出せば、どんな勢力であろうと潰されるだろう。

だからこそ、“貴族としての立場” を失わせることが重要だった。

——つまり、彼女が”婚約者”でいられない状況を作り出す。

「……エーデルシュタイン公爵家の信用を失墜させるのが一番ですわね」

彼女は静かに呟く。

レティシアがヴァルター公爵の婚約者でいられるのは、エーデルシュタイン公爵家の血統と名声があるからこそ。
その地位が揺らげば、公爵との婚約も見直される可能性がある。

(父上の協力を得れば、十分に動かせますわね)

ラングレー侯爵家は、エーデルシュタイン公爵家ほどの力はないが、王家と密接な関係にある。
レティシアの家の信用を傷つけるための”噂” を広めることは、難しいことではなかった。

——エーデルシュタイン公爵家が、王家に対して不義を働いたとしたら?

——あるいは、公爵家に不正な金銭の流れがあったとしたら?

それが事実である必要はない。

(疑惑さえ生まれれば、それで十分ですわ)

貴族社会では、疑惑こそが最大の武器になる。
その影響は、ヴァルター公爵との婚約にまで及ぶかもしれない。

「……お楽しみに、レティシア様」

フローラは、冷たい笑みを浮かべた。




ある日、レティシアはヴァルター公爵邸の庭園で静かに本を読んでいた。

「……公爵様に見つかる前に読まなければなりませんわね」

最近、公爵は以前にも増して彼女を側に置こうとするようになった。
自由時間が限られているため、レティシアは読書を”隠れながら”楽しむことが多くなっていた。

「レティシア様」

「……?」

ふと、執事のルドルフが現れる。

「王宮より、“ある話” が持ち込まれました」

「……何かしら?」

ルドルフは慎重に言葉を選びながら続けた。

「エーデルシュタイン公爵家に関する、よからぬ噂が広がっているようです」

「……」

レティシアは、そっと本を閉じる。

「どのような噂ですの?」

「王家に対して、不正な献金を行い、密かに”影の権力” を持とうとしているという内容です」

レティシアの眉が僅かに動いた。

(そんな事実は、もちろんない)

「その話は、どこから?」

「ラングレー侯爵家周辺から流れているようです」

——フローラ・ラングレー。

レティシアは、すぐにその名を思い浮かべた。

(また、仕掛けてきましたのね)

婚約破棄のときも、レティシアを貶めるために裏で暗躍したのはフローラだった。

彼女は、社交界での立場を最大限に利用し、少しずつレティシアの評判を落としていった。

(今回も、私を追い落とそうとしている……)

レティシアは、ゆっくりと立ち上がった。

「公爵様は、この件をご存知かしら?」

「すでにご報告しております」

「……」

ヴァルター公爵が、このまま黙っているはずがない。

レティシアは、彼の性格をよく知っている。

(公爵様が”直接”動いた場合、王宮が揺れることになりますわね)

レティシアは軽くため息をつき、ルドルフを見た。

「とにかく、こちらでできる限り調査を進めてくださいませ」

「かしこまりました」

ルドルフが下がると、レティシアは静かに呟いた。

「……フローラ様。あなたも相変わらずですわね」

彼女は、このまま相手の仕掛けた罠に嵌るつもりはなかった。

(やられたら、やり返す)

——それが、エーデルシュタイン公爵令嬢の流儀だった。

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