脱走聖女は異世界で羽をのばす

ねむたん

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魔法の水差し

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ダンジョンの一階は相変わらず多くの冒険者で賑わっていた。
薄暗い通路や雑多な物音の中で、リディアは軽々とした足取りで露店を広げる準備を始める。
折りたたみの小さなテーブルを組み立て、メリーちゃんのふわふわ毛から商品を取り出して並べていく。

「よーし、今日の物々交換、開店しまーす!」

リディアが声を上げると、冒険者たちの視線がちらちらと露店に集まった。
周りの商人や露店は、武器・防具やポーションを金貨で売買している中、リディアのポーション交換所はいつも通り“物々交換”のみ。だが、そのユニークさがかえって人々の興味を引く。

テーブルには、可愛らしい瓶がずらりと並ぶ。
• もちもちほっぺのポーション
• 色変わりポーション
• くにゃくにゃポーション
• 1日限定惚れ薬ポーション

どの瓶もポップなラベルがついていて、思わず手に取ってみたくなるような雰囲気を醸し出している。リディアは店先に立って、通りかかる冒険者に声をかける。

「いらっしゃいませ~! 今日はもちもちほっぺポーションや惚れ薬ポーションなど、ちょっと面白いのが揃ってますよ! お金はいらないから、何か面白い物と交換しましょう~!」

通りを行き交う冒険者たちは、最初は半信半疑で足を止めるが、実際に試してみたいという者や、珍しいアイテムを持て余している者が少なくなく、リディアの露店はじわじわと盛況になっていった。

しばらく交換が続いた中、眼を引くローブをまとった水魔法使いが、興味深そうにポーションを見下ろした。
「可愛いラベルだね。これらのポーションはどんな効果があるの?」
リディアはにっこり笑いながら説明を始める。
「これ、もちもちほっぺポーションは飲むとほっぺがぷにぷにになるんですよ! 1日限定の惚れ薬ポーションは、その名の通り、一日だけ誰かをときめかせちゃう魔法の薬……色変わりポーションは、髪や肌を好きな色に変えられるし、くにゃくにゃポーションは体がへろへろになって、ちょっと変な動きができるの!」

魔法使いはそれを聞き、眉をひそめつつもどこか面白そうに頬をほころばせた。
「ふむ、戦闘に役立つわけじゃないけど……一回くらい使ってみたくなるね。特にくにゃくにゃポーションが気になるな。ちょっと冗談半分で試したい場面があってね。」

「そうそう、いざって時に役立つんだよ!でも、交換できるもの、何かあります? お金はいらなくて、面白いものと交換したいんです!」
リディアが身を乗り出すと、魔法使いはローブの内側をごそごそと探り、「うーん、僕は水魔法が主だから正直言って普通のポーションも薬草もいらないし、珍しいアイテム……。ああ、これがあるな」と、ひとつの水差しを取り出した。

「これはね、魔法の水差し。どんな環境でも新鮮な水が湧き出るんだけど、僕には水魔法があるからほとんど使わなくてさ。もしこれでいいなら、くにゃくにゃポーションと交換したいんだけど」
そう言って魔法使いが手渡したのは、淡い水色の光を放つ、装飾が美しい水差しだった。リディアが手に取ると、ほんのり冷たい感触が伝わってくる。

「すごい……すぐに水が出てくるんですか?」
興味津々で聞くリディアに、魔法使いは頷く。「そうそう、満杯に注げるし、汚れた場所でもきれいな水が出るんだ。冒険には便利かもしれないよ」

リディアは目を輝かせながらその水差しを眺め、「わあ、面白そう! いいね、ありがとう!」と弾む声で答える。そして、くにゃくにゃポーションだけでは申し訳ないと感じたのか、もちもちほっぺのポーションも一緒におまけすることにした。
「いいなあ、俺も欲しい……」と横から覗きこむ別の冒険者を横目に、二人は笑顔で物々交換を交わす。

「よし、魔法の水差しゲット~!」リディアは嬉しそうに水差しを抱きかかえながら、魔法使いと別れの挨拶を交わした。
「くにゃくにゃポーション、使いすぎると動けなくなるから、注意してくださいね!」
「はは、わかったよ。ありがとう、面白い品物だね」
そう言って魔法使いは去っていき、リディアはメリーちゃんに向かって、「やったね、メリーちゃん!これでダンジョンでもいつでもおいしい水が飲めるよ!」と声を弾ませた。

メリーちゃんは「メェ!」と答えて、ふわふわの綿菓子毛を揺らす。交換所はまだまだ続きそうだけれど、この日いちばんの当たりアイテムを手にしたリディアは、心なしか胸を張って嬉しそうに新しい宝物を抱えていた。
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