ノクティルカの深淵 ーThe Abyss of Noctilucaー

ノクティルカの森で

眷属にひつようなこと

セラフィーナは、次第に自分の体調に変化を感じるようになった。朝、目覚める時間がいつもより遅く、昼間の時間が長く感じられるようになったのだ。彼女はそれを少しずつ気にかけていたが、ヴァレリオにとってはすぐに分かる兆候だった。

ある晩、セラフィーナがいつもよりも早く眠りに落ちると、ヴァレリオは静かに彼女の寝顔を見つめた。彼女が眠る時間が長くなると、それは彼女がそろそろ血を必要としている証拠だった。

ヴァレリオは心の中で、彼女がどれほど無意識にそのサイクルを迎えるのか、そして自分がどれほどそれを理解しているかを考える。吸血鬼としての長い時間を生きてきた彼は、血を分け与えることがセラフィーナの生きる力になるとともに、彼自身にとっても欠かせないものだと知っていた。

静かにセラフィーナの枕元に立ち、彼女の穏やかな寝息を聞きながら、ヴァレリオは手を伸ばしてその白い肌に触れる。彼の冷たい指先が彼女の首筋に軽く触れ、微かな震えが伝わってきた。彼は静かにその動きを止め、目を閉じて深く息を吸う。セラフィーナにとって、この瞬間が来ることは避けられないものだと、彼は理解している。

「君が僕を必要とする時が来た。」 そう呟きながら、ヴァレリオは自分の中に湧き上がる渇望を抑え、彼女を優しく抱きしめた。

セラフィーナが静かに目を覚ますと、いつものようにヴァレリオが彼女のそばに座り、優しく微笑んでいた。しかし、その微笑みの奥には、いつもとは少し違う、何かしらの沈黙が漂っているのを感じ取った。彼女は薄く目を開け、ヴァレリオの冷たい手のひらに触れながら、彼の意図を察する。

「どうしたの？」 セラフィーナは困惑しながら彼に尋ねる。ヴァレリオは少しだけ頷き、目を細めた。

「君がそろそろ、血を必要としている頃だろうと思ったんだ。」 彼の声はいつもと変わらぬ優しさに満ちていたが、その言葉には、何とも言えない重みがあった。

セラフィーナは少し躊躇い、顔を背けた。心の中で何度も繰り返してきたことだったが、やはりこの瞬間はいつも心が躍らない。血を分け合うことには、どこか切ない痛みを感じていた。自分がヴァレリオに与えるべきものだとは理解しているものの、どうしてもその行為に対する抵抗があった。

「でも、私……」 彼女は言葉を止め、指先でヴァレリオの手をそっと握る。まるでその手を引き離そうとするかのように、少しだけ強く。

「君が僕を噛むことに抵抗があるのは分かっている。」 ヴァレリオは優しく言った。彼の声は、セラフィーナが苦しんでいるのを感じ取ったからこそ、ますます穏やかだった。「でも、これは君が生きるために必要なことなんだよ。」

セラフィーナはその言葉を聞くたびに、心の中で切なさが広がった。ヴァレリオの言葉通り、自分が生きるために、この行為が必要だということは分かっている。それでも、どうしてもその一歩を踏み出すことに躊躇してしまう。

「でも……私がヴァレリオを傷つけてしまうんじゃないかって、怖くて。」 セラフィーナは少し顔を赤らめ、思わずその言葉を口にしてしまった。

ヴァレリオはその言葉に微笑みながらも、深い愛情を込めて答えた。「君が僕を傷つけることなんてないよ。僕は君を信じている。」 彼はセラフィーナの髪を優しく撫で、その手で彼女の顔を包み込んだ。「君が僕を噛んでくれることで、僕もまた君を感じる。これこそが、僕たちの繋がりだ。」

セラフィーナはその言葉に少しだけ安心したように息を吐き、ヴァレリオを見つめた。彼の目には、何の疑いもなく、無償の愛と信頼が宿っている。

「……分かった、ヴァレリオ。」 彼女は小さく頷くと、ゆっくりと彼に顔を近づける。心の中でまだ小さな不安が残っていたが、それでも彼の温かさに包まれると、少しずつその抵抗感は薄れていった。

ヴァレリオはセラフィーナの顔をそっと支え、深く息を吸う。「ありがとう、セラフィーナ。君が僕のすべてだ。」 彼の声は、今までにないほど柔らかく、彼女にとっての世界そのもののように感じられた。

そして、セラフィーナは少しだけ目を閉じ、ヴァレリオの唇が自分の首筋に触れるのを待った。

セラフィーナは静かに目を閉じ、心の中で深呼吸を繰り返した。ヴァレリオの存在が近くにあることを感じながら、その胸の鼓動が少し早くなっていくのを感じる。彼の温もりが彼女を包み込み、どこかで安心感を得ながらも、胸の奥には依然として不安と躊躇いが渦巻いていた。

ヴァレリオは優しく、セラフィーナの顔を手のひらで包み込み、穏やかな声で言った。「大丈夫、セラフィーナ。僕は君がしてくれることを恐れていない。君が僕を必要とする、それがすべてだ。」

彼の言葉が、セラフィーナの心にじわりと染み込んでいく。彼女は小さく頷きながら、もう一度彼の温もりを感じ取る。あまりにも優しくて、深い愛情が彼の存在から伝わってくる。それが、彼女を支える力となっていった。

少しの間、静寂が二人の間に流れた。セラフィーナはヴァレリオの首元に顔を近づけ、そこに触れる直前で、再び躊躇してしまう。今まで何度も繰り返してきたことなのに、どうしても心の中で恐れが残ってしまう。

「ごめんね。」 セラフィーナは小さな声で呟いた。その声には少しの不安と、彼への感謝の気持ちが混じっている。

ヴァレリオは彼女の耳元で優しく囁いた。「君が僕を傷つけることなんてないんだよ。僕は君にすべてを委ねている。だから、安心して。」 その言葉に、セラフィーナは少しだけ心が軽くなった。

彼女はもう一度、ヴァレリオの温もりを感じながら、ついにその一歩を踏み出す。彼の首筋に、ゆっくりと唇を近づける。最初の一瞬、躊躇いがあったが、すぐにその温もりが心に届き、セラフィーナは静かに牙を立てる。

ヴァレリオの血が流れ出すと、セラフィーナはその一滴一滴に集中するように吸い込んでいく。初めは少しだけ苦さを感じたが、次第にその感覚が心地よく感じられるようになっていった。彼女は目を閉じ、すべての意識をその瞬間に委ねていた。

ヴァレリオは無言で、ただセラフィーナを見守る。彼女の手が震えているのを感じたが、それでも彼女のペースに合わせ、静かに待ち続ける。彼女が苦しんでいるのを見守ることが、時折切なく感じることもあったが、彼の中ではそれが彼女の愛の証であることを知っているからこそ、耐えられる。

「セラフィーナ……」 ヴァレリオは低い声で彼女を呼んだ。彼の声にはどこか優しさと、少しの痛みが含まれているようだった。彼女はその声に応え、ほんの少しだけ牙を引き、彼の顔を見つめた。

「大丈夫？」 とヴァレリオは尋ねる。セラフィーナは顔を赤らめながらも、満たされたような表情で頷く。

「うん、少しだけ……でも、大丈夫。」 彼女は優しく微笑んだ。ヴァレリオはその笑顔を見て、深く息を吐き、少しだけ安心したように見えた。

セラフィーナはゆっくりと離れ、ヴァレリオの首筋に残る小さな跡を見つめた。そこにほんのりと血の跡が残り、彼女の胸に温かい感情が広がっていく。

「ごめんね……でも、ありがとう。」 彼女は静かに言った。ヴァレリオはその言葉に優しく微笑んで答えた。

「ありがとう、セラフィーナ。君がいてくれるだけで、僕は十分だ。」