8 / 52
8
学園の昼食の時間は、いつも華やかでざわめきに満ちていた。貴族たちのテーブルには、それぞれ婚約者たちが揃い、優雅な談笑が繰り広げられている。セリーヌはそんな光景を横目に見ながら、ジュリアの声に導かれるようにいつものテーブルへ向かった。
「セリーヌ、遅いわよ!」
ジュリアが楽しげに手を振る。その隣では彼女の婚約者、ヴィクトール・デュランがニコニコと笑いながら席を勧めていた。
「さあさあ、お姫様の到着だ!今日はどんな話題で盛り上がろうか?」
ヴィクトールの賑やかな声に、セリーヌは思わず微笑みを浮かべた。彼の陽気な態度には、いつも救われるような気がしていた。
「遅れてごめんなさい。少し用があって……」
「いいのよ、セリーヌ。ほら、座って!あなたがいないと、この場がちょっと寂しくなるのよ。」
ジュリアが手を引いてセリーヌを隣の席に座らせる。その間もヴィクトールは料理の皿を彼女の前に並べ、軽口を叩き続けた。
「セリーヌ、今日は特別に僕が料理を選んでおいたよ。見てくれ、この完璧なセンスを!ここのローストビーフは絶品なんだ、でもスープも忘れちゃいけない。さあ、遠慮しないで食べてくれ!」
「ありがとう、ヴィクトール。あなたのおかげで毎回楽しい食事になるわ。」
セリーヌの言葉に、ヴィクトールは誇らしげに胸を張った。
「当然さ!婚約者とその親友を喜ばせるのも、僕の大事な仕事だからね!」
「でも、婚約者よりもセリーヌに気を遣ってるんじゃない?ヴィクトール。」
ジュリアが腕を組んで、わざとらしく眉を吊り上げた。ヴィクトールは慌ててジュリアに向き直る。
「いやいや、ジュリア、君が一番に決まってるだろう?でもね、君の親友だって特別なんだよ。僕たちのこの愉快な三角関係が、学園で一番楽しいって有名なんだから!」
「その『三角関係』は、あなたの頭の中だけよ。」
ジュリアが肩をすくめると、ヴィクトールは大げさに手を広げて笑った。その光景に、セリーヌもつい笑いを堪えられなくなる。
昼食の時間は、セリーヌにとって一日の中で最も穏やかなひとときだった。婚約者との冷たい距離感に傷つきながらも、この場にいるとその痛みを一時的に忘れることができた。
「それにしても、今日の夜会の話、聞いた?」
ジュリアが少し声を低くして話を振った。ヴィクトールも興味津々な顔をして耳を傾ける。
「王子のリリアへの態度、ますます目に余るって噂よ。王妃様も、とうとうお怒りになられたとか。」
「それだけじゃないぞ、ジュリア。聞いたところによると、あのアラン様もリリア嬢をエスコートするのが常になってきてるらしいじゃないか。」
その言葉に、セリーヌの胸が一瞬だけ締め付けられた。それでも笑顔を崩さないように努める。
「本当に目立つ存在になっているのね、リリアさん……」
「目立つどころか、火薬庫みたいな存在よ。いつか爆発しないか、周りの皆がヒヤヒヤしてるの。」
ジュリアの言葉に、ヴィクトールが笑いを交えながら茶々を入れる。
「その日が来たら、僕たちは安全な場所に隠れる準備をしておくべきだな!」
二人の明るいやり取りに、セリーヌも笑いながら軽く頷いた。その笑顔の奥にある複雑な感情を、二人は知らなかった。
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄してくださって、心から感謝いたしますわ 〜殿下は生理的に無理でしたので、第二王子殿下と幸せになります〜
富士山麓
恋愛
公爵令嬢ナタリア・アイゼンシュタインは、卒業夜会の場で王太子から婚約破棄を言い渡される。
隣に立っていたのは、“真実の愛”だと庇われる男爵令嬢。
大勢の貴族たちが固唾を呑んで見守る中、ナタリアは泣き崩れるどころか、にこやかにこう言い放った。
「婚約破棄してくださって、心から感謝いたしますわ」
実はナタリアにとって、その婚約は我慢と気苦労の連続だった。
王太子の未熟さを陰で支え、完璧な婚約者を演じ続けてきた彼女は、婚約破棄をきっかけにようやく本音で生きることを決める。
すると次第に明らかになっていく。
王太子の周囲がうまく回っていたのは、誰のおかげだったのか。
“可愛らしい新しい婚約者”では務まらないものが、どれほど多かったのか。
そして、そんなナタリアの本当の価値に気づいたのは、皮肉屋で食えない第二王子カイルヴェルトだった――。
毒舌だけれど筋が通っていて、容赦がないのに凛として美しい。
婚約破棄から始まるのは、泣いて耐えるだけの恋ではない。
言葉でも生き方でも勝ち切る公爵令嬢が、失った婚約の先で本当の幸せをつかむ、痛快ざまあ恋愛物語。
妃が微笑んだまま去った日、夫はまだ気づいていなかった
柴田はつみ
恋愛
「セラフィーヌ、君は少し、細かすぎる」
三秒、黙る
それから妃は微笑んで、こう言った。
「そうですね。私の目が曇っていたようです」
翌朝から、読書室に妃の姿はなかった。
夫への礼は完璧。公務も完璧。微笑みも完璧。
ただ妻の顔だけが、どこにもなかった。
「婚約破棄されたので、辺境伯と結婚しました。元婚約者が夫の騎士団に入ってきたのは、私のせいではありません」
まさき
恋愛
下級貴族の娘ルイーゼは、婚約者のヴィクターに「君では釣り合わない」と告げられ、婚約を破棄された。相手は王都でも評判の高位貴族令嬢。逆らう言葉も、泣く気力も、持てなかった。
一週間後、北の辺境を治めるダリウス・アッシュフォード伯爵から縁談が届く。辺境は寒く、戦場に近く、貴族令嬢が好んで嫁ぐ場所ではない。だからこそ断られ続けていたのだと、仲介者は言った。
ルイーゼは承諾した。実家にいても未来はない。どうせなら、役に立てる場所がいい。
辺境に着いてわかったのは、領地が荒れているということ。帳簿は三年放置され、薬草の在庫管理は存在せず、領民との信頼関係も薄かった。ルイーゼは黙って働いた。夫のダリウスは口数が少なかったが、妻の仕事を否定しなかった。
それだけで、十分だと思っていた。
半年が経った秋。王都騎士団の増員に伴い、辺境伯騎士団にも志願者が来た。その中に、見知った顔があった。
ヴィクター・レインズ。かつての婚約者。
そして今は、夫の部下になろうとしている男。
ルイーゼは特に何も感じなかった。
ただ、彼の顔が見る見る青ざめていくのを、静かに眺めた。
「愛していると、一度も言わなかったあなたへ」 ~十年間泣いていたことを、あなたは知らない~
まさき
恋愛
十年間、彼は一度も「愛している」と言わなかった。
悪意はなかった。ただ、私がいて当然だと思っていた。
ある朝、私は指輪を置いて出て行った。涙も言葉も置かずに。
辺境の地で、ようやく自分の人生が始まった気がした。
そこへ彼が現れた。「なぜ出て行ったのか、ずっと考えていた」と。
考えるのに、一年かかったのですね。
私が泣いていたことを、あなたはまだ知らない。
え〜婚約者さん厳しい〜(笑)私ならそんなこと言わないのになぁ
ばぅ
恋愛
「え〜婚約者さん、厳しい〜。私ならそんなこと言わないのになぁ」
小言の多い私を笑い、マウントを取ってくる幼馴染令嬢。私が言葉に詰まっていると、豪快で声のデカい婚約者が笑い飛ばした。
「そうだな、だからお前は未だに婚約相手が決まらないんだろうな!」
悪気ゼロ(?)の大声正論パンチで、幼馴染をバッサリ撃退!
私の「厳しさ」を誰よりも愛する太陽の騎士様との、スカッと痛快ラブコメディ。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。