領地経営で忙しい私に、第三王子が自由すぎる理由を教えてください

第8章：迫りくる影

第8章：迫りくる影

翌朝、エリナは早々に執務室へ向かった。村の復旧が進んだとはいえ、まだ領地全体の状況が安定しているわけではない。特に気になるのは、アレクシスが言っていた「妨害」の真意だった。

机の上には山積みになった書類と手紙。中には、隣接する領地の伯爵からの問い合わせも含まれている。

「領主としての責任って、本当に果てがないわね……」

エリナは頭を押さえながら、書類に目を通し始めた。しかしその時、扉が軽くノックされた。

「どうぞ」

扉の向こうから現れたのは、予想通りアレクシスだった。だが、彼の表情はいつになく真剣で、手には一通の手紙を持っていた。

「どうしたの？ 何か新しい情報？」

エリナが尋ねると、アレクシスはその手紙を差し出しながら答えた。

「さっき届いた情報だ。君の領地内にいる商人の中に、不審な動きをしている者がいるらしい」

「商人……？」

エリナは手紙を受け取り、中身を読み始めた。それには、いくつかの村や町を頻繁に行き来する商人が、妙なタイミングで物資を仕入れたり、どこかに運び出したりしているという詳細な報告が記されていた。

「この名前、聞いたことがあるわ……確か、以前市場計画の件で接触した商人ね。でも、どうしてそんなことを？」

エリナの疑問に、アレクシスは腕を組んで考え込んだ。

「意図はまだ分からない。ただ、どこかから指示を受けている可能性は高い。問題は、その背後に誰がいるかだ」

その日の午後、エリナとアレクシスは早速、問題の商人が滞在しているという町を訪れることにした。馬車に揺られながら、エリナはアレクシスに問いかけた。

「こういう状況、慣れているのね。あなたの立場で、どうしてこんなことを？」

アレクシスは馬車の窓越しに広がる景色を眺めながら、ふっと笑った。

「俺の立場だからだよ。自由っていうのは、案外責任が伴うものなんだ」

「自由と責任……？」

「俺は王位継承から外れている。つまり、誰の命令も聞く必要がない。でも、その分、俺が何をするかはすべて自分で決めないといけないんだ。楽しいけど、時々は面倒だよ」

彼の言葉に、エリナは少し意外な気持ちを抱いた。アレクシスの飄々とした態度の裏には、彼なりの覚悟があるのだと初めて気づいたからだ。

町に到着した二人は、早速商人の滞在先を訪れた。だが、そこで待ち構えていたのは思わぬ展開だった。

商人の滞在先である宿屋は、すでにもぬけの殻だった。部屋には荷物もなく、宿屋の主人によれば、商人は急いで出発したとのこと。

「どうやらこちらの動きを察知して逃げたようだな」

アレクシスが苦笑いを浮かべながら言うと、エリナは悔しそうに唇を噛んだ。

「逃げられたってこと？ でも、どこに……」

部屋を見回していると、ふと机の引き出しの中に一枚の紙が残されているのを発見した。エリナがそれを手に取ると、そこには短い一文が書かれていた。

「市場計画を諦めろ」

その文字を見た瞬間、エリナの心にはっきりとした怒りが湧き上がった。

「誰がこんなことを……」

アレクシスは紙をじっと見つめた後、小さくうなずいた。

「やはりこれは偶然じゃないな。君の領地が持つ影響力を快く思わない連中がいるのかもしれない」

エリナは拳を握りしめながら、心の中で誓った。

「こんな脅しに負けるわけにはいかないわ。私は領主として、領地と市場計画を守り抜く」

その言葉を聞いたアレクシスは、少し意外そうな顔をしながらも微笑んだ。

「その気概、嫌いじゃないよ。俺も最後まで付き合おう」

二人の間には、新たな決意と連帯感が芽生え始めていた。だが、その先にはさらなる試練が待ち受けていることを、まだ誰も知る由もなかった。