領地経営で忙しい私に、第三王子が自由すぎる理由を教えてください

第1話「噂の姫」

第1話「噂の姫」

エリナは王都の大通りを歩きながら、耳に入ってきた話題に足を止めた。市場で買い物をしている女性たちが、熱心に話し込んでいる。

「第三王子様の婚約相手が決まったらしいわよ！」

「しかも、隣国から来た美しい姫だって！」

その言葉に、エリナの手が思わず震えた。

「第三王子が婚約……？」

頭の中に浮かんだのは、馴染みのあるいたずらっぽい笑顔。何度も領地にふらりと現れては、自分の仕事を邪魔してくる、あの王子の顔だ。

「王子の婚約なんて、領地にも大きな影響があるはず……。」

そう思うと、ただの噂話と片付けられなくなり、エリナは気を引き締めるように大きく息を吸った。

それから数日後、エリナは領主である父アルベルトに呼ばれた。執務室で書類の山と格闘しているときのことだ。

「エリナ、良い話があるぞ！」

アルベルトは呑気な笑顔を浮かべながら、机に身を乗り出した。

「何ですか、また妙な提案じゃなければいいんですが……。」

「王都で開かれる舞踏会にお前も出席するんだ！ こういう場で、領地の繋がりを強めるのも大事だろう？」

「舞踏会……ですか？」

エリナは眉をひそめた。煌びやかな場は性に合わないし、そんな場に出るよりも執務を進める方がよっぽど有意義だ。

しかし、父の呑気な提案を断っても無駄だと知っている。仕方なく、参加することを決めた。

舞踏会当日、エリナは広い会場に足を踏み入れた。豪華なシャンデリアの下、華やかな衣装を纏った貴族たちが談笑している。どこか落ち着かない気分で辺りを見回していると、遠くに見慣れた姿が目に入った。

「アレクシス……？」

そこにいたのは、噂の第三王子アレクシス。そしてその隣には、驚くほど美しい人影があった。

「まさか……この人が“隣国の姫”？」

エリナは息を呑んだ。その人物――整った顔立ち、優雅な仕草、すべてが「姫」と呼ばれるに相応しい。アレクシスと親しげに談笑している様子に、なぜか胸がざわつく。

「アレクシスが婚約するなら、私は関係ないはず……なのに、どうしてこんなに気になるんだろう？」

そんな自分の感情に戸惑いながら、エリナは遠目に二人の様子を伺い続けていた。

一方、アレクシスはその美しい人物――隣国の王子レオンハルトと話しながら、周囲の人々が彼を“姫”だと信じ込んでいることに気づいていた。

「まったく、面倒なことになったな……。」

レオンハルトは微笑を浮かべながら、周囲の視線を軽く受け流している。アレクシスは内心ため息をつきつつも、彼をもてなす立場として、何とか場を収めようとしていた。

しかし、この小さな誤解が、さらなる混乱を引き起こすとは、まだ誰も気づいていなかった――。