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左遷太守と不遜補佐・15
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「……太守さまは、お休みに?」
太守私室前に二人の女官が並んで立っているのを見るに、赤伯がここにいるのは間違いないだろう。
やはり、彼もここまでか。そう過ったと同時に、なにやら女官が口ごもって答えた。
「そ、それが……その……」
青明はこういったはっきりしない物言いが嫌いであった。たとえそれが若い女人であってもだ。
「そのように言いにくいことならば、結構」
これはここで問いただすよりも、己の目で確かめた方が早い。突き放すように言うと、女官の間を縫って戸へ手をかける。
「太守さま、失礼いたします」
そうして戸を開いた瞬間、青明は目を丸くした。
戸から真っ直ぐ伸びた視線の先には、太守の寝台がある。
その寝台の上に、山のように乗せられた書物たち。
ところにより、雪崩れを起こして散らばるように置かれている。
驚きに、歩みをゆっくりとさせて近付いてみれば、律令、軍事、国史……果ては医学書に神話まで統一感なく積まれていた。
「太守、さま……?」
そう声をかけると、山の奥から、ひょこっと赤毛が顔を覗かせた。その表情は思いがけず明るいものだった。
「あ、青明! やっと来たな」
「どうされたのですか、これは……」
「あの女の子たちに手伝ってもらってさー、書庫から適当に持ってきたんだ!」
駄目だったか? なんて不安げな顔をされても、青明も思考が追い付かない。
まさか、何かしらの対策あるいは政策でもとろうとしているのか。
いや、冷静に考えても女官を『おんなのこたち』なんて呼ぶ程度の男に、出来るはずがない。
知識なんて欠片もない、切り捨てられた訓練兵に。
「いや、書庫にいるとなんか息苦しいし、お前に寝ろって言われたから。一応ここでなら読んでもいいかもって」
「はあ……」
なんという理由か。青明は開いた口が塞がらなかった。
けれどそんな補佐の反応に特に気にも留めず、赤伯はまた書物の山へ潜っていく。潜る、というなら、そこは書物の海というのが適切か。
「うーん……青明、ちょっと」
「……は、はい」
あろうことか、ぼんやりしていると名を呼ばれ、我に返る。
寝台の上、寝巻のままあぐらをかいた赤伯の膝には、周辺地図が広げられていた。
「ここが、俺たちのいる都市」
「ええ。そうです……」
赤伯は心芹、と書かれたところを指差すと、そのまま周辺にそれをすべらせる。
「で、ここまでが都市下の村落なんだよな?」
図面上を走る赤伯の指先を追いかけて、青明は頷いた。
「我らが都市の治める地は、思いのほか広いのですよ……人口が伴っておりませんが」
「この辺りの山際も、川岸も、人は住んでないけどこの都市で間違いないな?」
何もない空白地にとんとんと指を置いて、赤伯は青い瞳を覗き込んだ。
そう、心芹は集落を従えてはいるが、それ以外にも土地はある。
「ええ……ですから、それが、」
なんだというのか。そう問いただすよりも早く、赤伯は不安定な寝台の上で立ち上がった。
その反動で書物は更に雪崩れていく。その最中、貴重な書がまぎれているのを見つけて、青明は珍しく悲鳴にも近い声をあげて、必死に手を伸ばした。
「よし! 出掛けるぞ!」
「えっ? 出掛けるとは、どちらへ?」
太守私室前に二人の女官が並んで立っているのを見るに、赤伯がここにいるのは間違いないだろう。
やはり、彼もここまでか。そう過ったと同時に、なにやら女官が口ごもって答えた。
「そ、それが……その……」
青明はこういったはっきりしない物言いが嫌いであった。たとえそれが若い女人であってもだ。
「そのように言いにくいことならば、結構」
これはここで問いただすよりも、己の目で確かめた方が早い。突き放すように言うと、女官の間を縫って戸へ手をかける。
「太守さま、失礼いたします」
そうして戸を開いた瞬間、青明は目を丸くした。
戸から真っ直ぐ伸びた視線の先には、太守の寝台がある。
その寝台の上に、山のように乗せられた書物たち。
ところにより、雪崩れを起こして散らばるように置かれている。
驚きに、歩みをゆっくりとさせて近付いてみれば、律令、軍事、国史……果ては医学書に神話まで統一感なく積まれていた。
「太守、さま……?」
そう声をかけると、山の奥から、ひょこっと赤毛が顔を覗かせた。その表情は思いがけず明るいものだった。
「あ、青明! やっと来たな」
「どうされたのですか、これは……」
「あの女の子たちに手伝ってもらってさー、書庫から適当に持ってきたんだ!」
駄目だったか? なんて不安げな顔をされても、青明も思考が追い付かない。
まさか、何かしらの対策あるいは政策でもとろうとしているのか。
いや、冷静に考えても女官を『おんなのこたち』なんて呼ぶ程度の男に、出来るはずがない。
知識なんて欠片もない、切り捨てられた訓練兵に。
「いや、書庫にいるとなんか息苦しいし、お前に寝ろって言われたから。一応ここでなら読んでもいいかもって」
「はあ……」
なんという理由か。青明は開いた口が塞がらなかった。
けれどそんな補佐の反応に特に気にも留めず、赤伯はまた書物の山へ潜っていく。潜る、というなら、そこは書物の海というのが適切か。
「うーん……青明、ちょっと」
「……は、はい」
あろうことか、ぼんやりしていると名を呼ばれ、我に返る。
寝台の上、寝巻のままあぐらをかいた赤伯の膝には、周辺地図が広げられていた。
「ここが、俺たちのいる都市」
「ええ。そうです……」
赤伯は心芹、と書かれたところを指差すと、そのまま周辺にそれをすべらせる。
「で、ここまでが都市下の村落なんだよな?」
図面上を走る赤伯の指先を追いかけて、青明は頷いた。
「我らが都市の治める地は、思いのほか広いのですよ……人口が伴っておりませんが」
「この辺りの山際も、川岸も、人は住んでないけどこの都市で間違いないな?」
何もない空白地にとんとんと指を置いて、赤伯は青い瞳を覗き込んだ。
そう、心芹は集落を従えてはいるが、それ以外にも土地はある。
「ええ……ですから、それが、」
なんだというのか。そう問いただすよりも早く、赤伯は不安定な寝台の上で立ち上がった。
その反動で書物は更に雪崩れていく。その最中、貴重な書がまぎれているのを見つけて、青明は珍しく悲鳴にも近い声をあげて、必死に手を伸ばした。
「よし! 出掛けるぞ!」
「えっ? 出掛けるとは、どちらへ?」
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