紅の歴史書

プルャ

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序章『歴史書』

連邦人民祭

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「極秘の歴史書編纂か……」

総統アヴェリスから、『公平で真実しか記されていない歴史書』の制作を任じられたシャルだったが、はっきり言ってかなり難関なものとなるのは目に見えている。

歴史書は、後世の歴史家が当時の時代を知るのに重要なことが記述された書物となるだろう。

しかし歴史書を残すのはなんらかの目的があって行われる。目的は自分達の出来事を子孫の為に後世に残して置くだけではない。

為政者の己の支配の正統性を主張する為の英雄譚を作るための政治的意図が組み込まれているなんてよくある話。

他にも、ありもしない噂話、誇張、誤解を纏めたものを『事実』と解釈してしまい、長年勘違いされることだってある。

しかも、どちらかの勢力に肩入れした資料など公平性に欠けるものもごまんとある。

どんな歴史書においても大なり小なり、『捏造』が入っている可能性が濃厚である。

アヴェリスの求める『公平で真実をしか記されていない歴史書』というのは、この世のどこにもないだろう。彼はそんなどこにもないものを作りたいらしい。

「公平で真実か…」

シャルは小さく呟く。

「そんなものが、本当に書けるのか?」

いつかアヴェリスの人生も、時代の都合で改変される。歴史は勝者が書くものだ。

統鋼党の誰かが、または同盟国が、敵国が、彼の物語を歪める。




シャルはアヴェリスの秘書として総統府内外の情報を整理・伝達する中枢的な役割、アヴェリスのスケジュール調整や会議の準備を行っている。

まだ弱冠22歳の若造にして、ミカイルの息子という真実が隠されている『アヴェリスの養子』たるシャルが背負うには、余りにも苦労が絶えない仕事内容だが、シャルは情報処理能力に長けていて、効率を重視しているからこそ出来ている。

それに、彼にとってこの仕事はあまり苦痛には感じない。

『理不尽に罵倒され、鞭で打たれる方』が、よっぽど耐え難いものだった。

「閣下、『連邦人民祭』のスケジュールです。ご確認ください」

連邦人民祭は、総統の誕生日、革命記念日、産業記念日、植民地解放記念日の年に四回行われる。連邦の首都クルアールグラードの中央広場で、三日間パレード、音楽、演劇が開催される。このイベントにはアヴェリス、そして党の最高意思決定機関である『中央執行委員会』の党最高幹部
通常『最高幹部』と呼ばれるアヴェリスに次ぐ五人の権力者。
そして他の大臣、地方長官、軍高官の重要人物の参加が必須である。

「ふーん……それより、シャル。明日は書類と勉強用の本を用意しとけよ。演説の合間と祝賀会の隙間時間、勉強する。民衆の死角になるよう、場所も確保しろ」

シャルは眉をひそめた。死角、か。いつもそうだ。アヴェリスは祭りの騒々しさを避け、まるで影のように動く。民衆の熱狂を煽りながら、自身は決してその輪の中に入らない。

まるで、祭りそのものが彼にとって「やらねばならぬ仕事」でしかないかのように

「閣下、イベントを楽しむ気なんてありませんね」

シャルは思わず口に出していた。言葉が空気に溶ける前に、アヴェリスの視線が鋭く彼を捉えた。だが、シャルは引かなかった。もう何年もこの男のそばにいるのだ。怖気づくわけにはいかない。

「本当はまた体を壊すまで勉強したいんでしょう? 毎晩、血反吐を吐くような勢いで本を読んでるじゃないですか。イベントくらい、そういうの抜きにしたらいいのに」  

一瞬、執務室に沈黙が落ちた。アヴェリスの笑みが消え、代わりに何か――苛立ちか、諦めか、シャルには読み取れない複雑な表情が浮かんだ。彼は立ち上がり、窓の外を見やった。

「シャル、お前は知らないだろうが、俺の故郷にはな、祭りってのはもっと素朴で純粋なもんだった。神輿を担いで、屋台で焼きそばとかとうもろこしとか食って、ダチと馬鹿笑いする。それが祭りだと思ってた」  

シャルは思い出した。アヴェリスが日本――彼の故郷について語るのは珍しくない。むしろプライベートではよく語るものだ。

「でもな、ここじゃ違う」

アヴェリスは続ける。窓に映る彼の真紅の瞳は、故郷を思い出してるようだ。

「この祭りは、俺が民衆を操る道具だ。結局は啓蒙と言いながらも、馬鹿にさせず賢くさせずを保つために、娯楽で目を背ける。それが連邦人民祭の正体だ。民衆にとっちゃ遊びだが、俺からしたらこれは政治だからな」

人民祭は統鋼党の支配を固めるための舞台装置だ。だが、それでも――

「閣下、これがパンとサーカスとして扱ってるのはわかります。でも本読んでるとこを万が一、万が一見られたら国民の盛り上がりも一気に水かけられた気分になりますよ?」

アヴェリスは振り返り、シャルをじっと見つめた。その視線に、シャルは一瞬たじろいだ。だが、すぐにアヴェリスは小さく笑った。それは、いつもの笑みではなく、どこか疲れた、しかし温かみのあるものだった。

「お前も大概、口が達者だな、シャル」

彼は机に戻り、書類を手に取った。

「ずっと見てる訳じゃないさ、ただこの世界に来てから仕事中毒者なんだ。ずっと離れてるとむしろ不安になっちゃうんだよ」

「…わかりました。書類と本、用意します。死角になる場所も確保しますよ」

シャルはスケジュール帳を手に、静かに答えた。
この人はおちゃらけるときはおちゃらけるが、政治になれば極端に仕事人間だと、感じるのだった
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