3 / 4
序章『歴史書』
連邦人民祭
しおりを挟む
「極秘の歴史書編纂か……」
総統アヴェリスから、『公平で真実しか記されていない歴史書』の制作を任じられたシャルだったが、はっきり言ってかなり難関なものとなるのは目に見えている。
歴史書は、後世の歴史家が当時の時代を知るのに重要なことが記述された書物となるだろう。
しかし歴史書を残すのはなんらかの目的があって行われる。目的は自分達の出来事を子孫の為に後世に残して置くだけではない。
為政者の己の支配の正統性を主張する為の英雄譚を作るための政治的意図が組み込まれているなんてよくある話。
他にも、ありもしない噂話、誇張、誤解を纏めたものを『事実』と解釈してしまい、長年勘違いされることだってある。
しかも、どちらかの勢力に肩入れした資料など公平性に欠けるものもごまんとある。
どんな歴史書においても大なり小なり、『捏造』が入っている可能性が濃厚である。
アヴェリスの求める『公平で真実をしか記されていない歴史書』というのは、この世のどこにもないだろう。彼はそんなどこにもないものを作りたいらしい。
「公平で真実か…」
シャルは小さく呟く。
「そんなものが、本当に書けるのか?」
いつかアヴェリスの人生も、時代の都合で改変される。歴史は勝者が書くものだ。
統鋼党の誰かが、または同盟国が、敵国が、彼の物語を歪める。
シャルはアヴェリスの秘書として総統府内外の情報を整理・伝達する中枢的な役割、アヴェリスのスケジュール調整や会議の準備を行っている。
まだ弱冠22歳の若造にして、ミカイルの息子という真実が隠されている『アヴェリスの養子』たるシャルが背負うには、余りにも苦労が絶えない仕事内容だが、シャルは情報処理能力に長けていて、効率を重視しているからこそ出来ている。
それに、彼にとってこの仕事はあまり苦痛には感じない。
『理不尽に罵倒され、鞭で打たれる方』が、よっぽど耐え難いものだった。
「閣下、『連邦人民祭』のスケジュールです。ご確認ください」
連邦人民祭は、総統の誕生日、革命記念日、産業記念日、植民地解放記念日の年に四回行われる。連邦の首都クルアールグラードの中央広場で、三日間パレード、音楽、演劇が開催される。このイベントにはアヴェリス、そして党の最高意思決定機関である『中央執行委員会』の党最高幹部
通常『最高幹部』と呼ばれるアヴェリスに次ぐ五人の権力者。
そして他の大臣、地方長官、軍高官の重要人物の参加が必須である。
「ふーん……それより、シャル。明日は書類と勉強用の本を用意しとけよ。演説の合間と祝賀会の隙間時間、勉強する。民衆の死角になるよう、場所も確保しろ」
シャルは眉をひそめた。死角、か。いつもそうだ。アヴェリスは祭りの騒々しさを避け、まるで影のように動く。民衆の熱狂を煽りながら、自身は決してその輪の中に入らない。
まるで、祭りそのものが彼にとって「やらねばならぬ仕事」でしかないかのように
「閣下、イベントを楽しむ気なんてありませんね」
シャルは思わず口に出していた。言葉が空気に溶ける前に、アヴェリスの視線が鋭く彼を捉えた。だが、シャルは引かなかった。もう何年もこの男のそばにいるのだ。怖気づくわけにはいかない。
「本当はまた体を壊すまで勉強したいんでしょう? 毎晩、血反吐を吐くような勢いで本を読んでるじゃないですか。イベントくらい、そういうの抜きにしたらいいのに」
一瞬、執務室に沈黙が落ちた。アヴェリスの笑みが消え、代わりに何か――苛立ちか、諦めか、シャルには読み取れない複雑な表情が浮かんだ。彼は立ち上がり、窓の外を見やった。
「シャル、お前は知らないだろうが、俺の故郷にはな、祭りってのはもっと素朴で純粋なもんだった。神輿を担いで、屋台で焼きそばとかとうもろこしとか食って、ダチと馬鹿笑いする。それが祭りだと思ってた」
シャルは思い出した。アヴェリスが日本――彼の故郷について語るのは珍しくない。むしろプライベートではよく語るものだ。
「でもな、ここじゃ違う」
アヴェリスは続ける。窓に映る彼の真紅の瞳は、故郷を思い出してるようだ。
「この祭りは、俺が民衆を操る道具だ。結局は啓蒙と言いながらも、馬鹿にさせず賢くさせずを保つために、娯楽で目を背ける。それが連邦人民祭の正体だ。民衆にとっちゃ遊びだが、俺からしたらこれは政治だからな」
人民祭は統鋼党の支配を固めるための舞台装置だ。だが、それでも――
「閣下、これがパンとサーカスとして扱ってるのはわかります。でも本読んでるとこを万が一、万が一見られたら国民の盛り上がりも一気に水かけられた気分になりますよ?」
アヴェリスは振り返り、シャルをじっと見つめた。その視線に、シャルは一瞬たじろいだ。だが、すぐにアヴェリスは小さく笑った。それは、いつもの笑みではなく、どこか疲れた、しかし温かみのあるものだった。
「お前も大概、口が達者だな、シャル」
彼は机に戻り、書類を手に取った。
「ずっと見てる訳じゃないさ、ただこの世界に来てから仕事中毒者なんだ。ずっと離れてるとむしろ不安になっちゃうんだよ」
「…わかりました。書類と本、用意します。死角になる場所も確保しますよ」
シャルはスケジュール帳を手に、静かに答えた。
この人はおちゃらけるときはおちゃらけるが、政治になれば極端に仕事人間だと、感じるのだった
総統アヴェリスから、『公平で真実しか記されていない歴史書』の制作を任じられたシャルだったが、はっきり言ってかなり難関なものとなるのは目に見えている。
歴史書は、後世の歴史家が当時の時代を知るのに重要なことが記述された書物となるだろう。
しかし歴史書を残すのはなんらかの目的があって行われる。目的は自分達の出来事を子孫の為に後世に残して置くだけではない。
為政者の己の支配の正統性を主張する為の英雄譚を作るための政治的意図が組み込まれているなんてよくある話。
他にも、ありもしない噂話、誇張、誤解を纏めたものを『事実』と解釈してしまい、長年勘違いされることだってある。
しかも、どちらかの勢力に肩入れした資料など公平性に欠けるものもごまんとある。
どんな歴史書においても大なり小なり、『捏造』が入っている可能性が濃厚である。
アヴェリスの求める『公平で真実をしか記されていない歴史書』というのは、この世のどこにもないだろう。彼はそんなどこにもないものを作りたいらしい。
「公平で真実か…」
シャルは小さく呟く。
「そんなものが、本当に書けるのか?」
いつかアヴェリスの人生も、時代の都合で改変される。歴史は勝者が書くものだ。
統鋼党の誰かが、または同盟国が、敵国が、彼の物語を歪める。
シャルはアヴェリスの秘書として総統府内外の情報を整理・伝達する中枢的な役割、アヴェリスのスケジュール調整や会議の準備を行っている。
まだ弱冠22歳の若造にして、ミカイルの息子という真実が隠されている『アヴェリスの養子』たるシャルが背負うには、余りにも苦労が絶えない仕事内容だが、シャルは情報処理能力に長けていて、効率を重視しているからこそ出来ている。
それに、彼にとってこの仕事はあまり苦痛には感じない。
『理不尽に罵倒され、鞭で打たれる方』が、よっぽど耐え難いものだった。
「閣下、『連邦人民祭』のスケジュールです。ご確認ください」
連邦人民祭は、総統の誕生日、革命記念日、産業記念日、植民地解放記念日の年に四回行われる。連邦の首都クルアールグラードの中央広場で、三日間パレード、音楽、演劇が開催される。このイベントにはアヴェリス、そして党の最高意思決定機関である『中央執行委員会』の党最高幹部
通常『最高幹部』と呼ばれるアヴェリスに次ぐ五人の権力者。
そして他の大臣、地方長官、軍高官の重要人物の参加が必須である。
「ふーん……それより、シャル。明日は書類と勉強用の本を用意しとけよ。演説の合間と祝賀会の隙間時間、勉強する。民衆の死角になるよう、場所も確保しろ」
シャルは眉をひそめた。死角、か。いつもそうだ。アヴェリスは祭りの騒々しさを避け、まるで影のように動く。民衆の熱狂を煽りながら、自身は決してその輪の中に入らない。
まるで、祭りそのものが彼にとって「やらねばならぬ仕事」でしかないかのように
「閣下、イベントを楽しむ気なんてありませんね」
シャルは思わず口に出していた。言葉が空気に溶ける前に、アヴェリスの視線が鋭く彼を捉えた。だが、シャルは引かなかった。もう何年もこの男のそばにいるのだ。怖気づくわけにはいかない。
「本当はまた体を壊すまで勉強したいんでしょう? 毎晩、血反吐を吐くような勢いで本を読んでるじゃないですか。イベントくらい、そういうの抜きにしたらいいのに」
一瞬、執務室に沈黙が落ちた。アヴェリスの笑みが消え、代わりに何か――苛立ちか、諦めか、シャルには読み取れない複雑な表情が浮かんだ。彼は立ち上がり、窓の外を見やった。
「シャル、お前は知らないだろうが、俺の故郷にはな、祭りってのはもっと素朴で純粋なもんだった。神輿を担いで、屋台で焼きそばとかとうもろこしとか食って、ダチと馬鹿笑いする。それが祭りだと思ってた」
シャルは思い出した。アヴェリスが日本――彼の故郷について語るのは珍しくない。むしろプライベートではよく語るものだ。
「でもな、ここじゃ違う」
アヴェリスは続ける。窓に映る彼の真紅の瞳は、故郷を思い出してるようだ。
「この祭りは、俺が民衆を操る道具だ。結局は啓蒙と言いながらも、馬鹿にさせず賢くさせずを保つために、娯楽で目を背ける。それが連邦人民祭の正体だ。民衆にとっちゃ遊びだが、俺からしたらこれは政治だからな」
人民祭は統鋼党の支配を固めるための舞台装置だ。だが、それでも――
「閣下、これがパンとサーカスとして扱ってるのはわかります。でも本読んでるとこを万が一、万が一見られたら国民の盛り上がりも一気に水かけられた気分になりますよ?」
アヴェリスは振り返り、シャルをじっと見つめた。その視線に、シャルは一瞬たじろいだ。だが、すぐにアヴェリスは小さく笑った。それは、いつもの笑みではなく、どこか疲れた、しかし温かみのあるものだった。
「お前も大概、口が達者だな、シャル」
彼は机に戻り、書類を手に取った。
「ずっと見てる訳じゃないさ、ただこの世界に来てから仕事中毒者なんだ。ずっと離れてるとむしろ不安になっちゃうんだよ」
「…わかりました。書類と本、用意します。死角になる場所も確保しますよ」
シャルはスケジュール帳を手に、静かに答えた。
この人はおちゃらけるときはおちゃらけるが、政治になれば極端に仕事人間だと、感じるのだった
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる