神様自学

天ノ谷 霙

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12月30日 盛装

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豪奢な着物に袖を通し、化粧を施される。頭の先から爪先まで着飾った状態だ。せん様は紅色を基調とした着物であり、足元は黒へとグラデーションしている。細かな花は雪のように描かれており、白や桃などの薄めの糸で縫われた花々が美しい。私は薄い黄色地に波紋や大輪の花が刺繍された着物だった。私の瞳の色に合わせた朱色の帯がよく映える。白粉おしろいをはたき紅をさした顔は、いつもより大人っぽく見えた。鏡に映った着飾った自分は、皆の本気が伺える会心の出来だった。
「お美しいですわ、扇様、夕音様」
「えぇ、芸術作品のようです」
メイド達が口々に褒めてくれる。何だか気恥ずかしかったので、一歩後ろに下がってしまった。そんなところで、ノックの音と聞き覚えのある声がドア向こうから聞こえてきた。
「お嬢様、夕音様、御支度は終わりましたでしょうか」
敬称を付けられ距離を感じたが、間違いなく花火の声だ。扇様が肯定の返事をすると、花火が入室する。表情一つ変える事なく、花火は次の指示を出し始めた。
「それでは会食の方へ参りましょう」
「わかったわ」
扇様が返事をしたのを見て、ホッと安堵する。しかし私の方を向いて手を差し出した扇様を見て、頭の中を疑問符が支配した。
「どうしたの?」
「え、あの…?」
「夕音様もいらしてください」
「えっ!?」
「最初に申し上げましたでしょう?夕音様には、片時も離れずお嬢様の側にいて欲しい、と」
まさか会食の時も同じだとは思わないじゃないですか。
そんな私の心のツッコミは口に出せるはずもなく。曖昧に微笑んで返すしかなかった。私は扇様の手を取り、廊下まで出る。帯の前で手を揃えた扇様を見て見よう見まねで美しい所作を取り、会場へ向けて歩き出した。
「良家の御子息がいらっしゃいます。お嬢様、くれぐれも暑さに負けないようご注意ください」
「わかってるわ」
「夕音様は何も知らぬ存ぜぬでお通しください。そして、名字を名乗らぬように」
「は、はい」
知らぬ存ぜぬと言われても、私も未だ何が起こっているかわからない。会食会場になんて私が入っても良いのだろうか。それならいっそ着飾らずに召使のフリをして入りたかった。身分的にはそちらの方が合っている筈だ。
しかし、私の思惑は打ち砕かれることになった。会場の扉を開ける役目を終えたら、花火は会場に足を踏み入れる事なく何処かへ去ってしまったのだ。つまり、会場には召使の1人すらいない状態。給仕はいるが、皆誰か専用といった雰囲気ではない。平等で公平な動きをしている。身分に合わせた動きでもない。そして、国家において最重要人物の娘である扇様に、入場と共に視線が集まった。その視線だけで私は倒れてしまいそうな重圧に、扇様は耐え切って朗らかに笑みを浮かべる。堂々とした態度で、最も豪奢な着物に身を包んだ男女の元へ向かう。私も後を追う。その際、ヒソヒソと私の存在を問う声が聞こえた。
「お父様、お母様、ご機嫌麗しゅう。こちらはわたくしの友人の夕音様で御座います」
「初めまして、夕音です」
とりあえず指示通り名字を名乗らず、礼だけを行う。扇様に似た朗らかな笑顔で、2人は私を出迎えてくれた。花火から多少話は聞いていたようだ。
緊張と隣り合わせの会食が、始まる。
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