483 / 812
1月1日 駄目
しおりを挟む
※流血描写があります。苦手な方はご注意ください。
「貴方さえ、いなければ!」
そんな叫び声と同時に、じわりと熱が広がっていく。目の前では琥珀色の瞳がゆっくりと大きく見開かれ、唇がわなわなと震え始めた。横腹のあたりが強い熱を帯びている。そんな体とは裏腹に、思考は段々冷静になっていった。「静かだな」とか「ドレス汚しちゃうな」とか、そういったことばかりが脳裏を滑っていく。
「夕音!」
扇様の悲痛な叫び声が聞こえる。私は指先に力を込めて、手を水平にまっすぐ伸ばした。
駄目。貴方が出て来ては、私が先に気付いた意味が無くなってしまう。
「…な、なんで…!?」
目の前の令嬢は酷く気が動転しているようで、焦りの滲んだ戸惑いの声を上げた。すぐにナイフから手を離してくれたので、押されて更に深く刺さることもない。
「…駄目、ですよ」
ぽたり、ぽたりと零れ落ちる赤が、床を汚していく。私の低いヒールに引き摺られて、掠れた。
「壊しちゃ、駄目です。望みのない恋でも、大切な思い出として割り切るしかないんです。そこで思いやる心を壊してしまったら、きっと自分の想いすら壊れてしまう」
脳裏に浮かぶのは、恋に囚われ禁忌に手を出した神様のこと。根も葉もない噂を信じ、盲目的に恋使の力に執着してしまった虹様のこと。
同じように道を踏み外してはいけない。まだ戻れる。滲んだ熱から裂けるような痛みが襲って来たが、まだ私で良かったと思える。私が堪えれば、彼女は人殺しにはならない。
瞬きの間に、黄色の花弁が宙を舞う。令嬢の瞳が、花びらを映した。私は目の前にいる令嬢に1歩近付く。一瞬だけ意識の中に私を案じる声が聞こえて来た。彼女達の1人を受け入れて、私はゆっくりと足を引く。
「貴方の花が、赤く咲き誇る日を」
付け焼き刃などではない、完璧な淑女の礼を返す。意識の端で桜色の光が淡く揺れる。どうやら私を心配して、こんなところまで出て来てしまったらしい。私は小さく笑みを浮かべて、「大丈夫」と心の中で返した。心配そうな彼女は、不安げな表情のまま桜の中へ戻っていく。その瞬間身体中の力が抜け、膝を折ってそのまま倒れ込んだ。
「…~ね!!」
「~~っ!」
「…!~く~~」
交わされる叫び声が意味として処理出来ない。冷たい床に身体中が冷えていく。銀製のナイフはまだ私の腹部に刺さったままだ。伝う赤い液体が、止まることなく零れ落ち、ドレスにシミを作っている。
ぼんやりと薄れゆく視界の中、舞い散る花弁は春先によく見る愛らしい花であった。幼子の手のようなチューリップ。黄色のそれは「望みのない恋」という花言葉を持っているけれど、赤く染まったならば、きっと。
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
「貴方さえ、いなければ!」
そんな叫び声と同時に、じわりと熱が広がっていく。目の前では琥珀色の瞳がゆっくりと大きく見開かれ、唇がわなわなと震え始めた。横腹のあたりが強い熱を帯びている。そんな体とは裏腹に、思考は段々冷静になっていった。「静かだな」とか「ドレス汚しちゃうな」とか、そういったことばかりが脳裏を滑っていく。
「夕音!」
扇様の悲痛な叫び声が聞こえる。私は指先に力を込めて、手を水平にまっすぐ伸ばした。
駄目。貴方が出て来ては、私が先に気付いた意味が無くなってしまう。
「…な、なんで…!?」
目の前の令嬢は酷く気が動転しているようで、焦りの滲んだ戸惑いの声を上げた。すぐにナイフから手を離してくれたので、押されて更に深く刺さることもない。
「…駄目、ですよ」
ぽたり、ぽたりと零れ落ちる赤が、床を汚していく。私の低いヒールに引き摺られて、掠れた。
「壊しちゃ、駄目です。望みのない恋でも、大切な思い出として割り切るしかないんです。そこで思いやる心を壊してしまったら、きっと自分の想いすら壊れてしまう」
脳裏に浮かぶのは、恋に囚われ禁忌に手を出した神様のこと。根も葉もない噂を信じ、盲目的に恋使の力に執着してしまった虹様のこと。
同じように道を踏み外してはいけない。まだ戻れる。滲んだ熱から裂けるような痛みが襲って来たが、まだ私で良かったと思える。私が堪えれば、彼女は人殺しにはならない。
瞬きの間に、黄色の花弁が宙を舞う。令嬢の瞳が、花びらを映した。私は目の前にいる令嬢に1歩近付く。一瞬だけ意識の中に私を案じる声が聞こえて来た。彼女達の1人を受け入れて、私はゆっくりと足を引く。
「貴方の花が、赤く咲き誇る日を」
付け焼き刃などではない、完璧な淑女の礼を返す。意識の端で桜色の光が淡く揺れる。どうやら私を心配して、こんなところまで出て来てしまったらしい。私は小さく笑みを浮かべて、「大丈夫」と心の中で返した。心配そうな彼女は、不安げな表情のまま桜の中へ戻っていく。その瞬間身体中の力が抜け、膝を折ってそのまま倒れ込んだ。
「…~ね!!」
「~~っ!」
「…!~く~~」
交わされる叫び声が意味として処理出来ない。冷たい床に身体中が冷えていく。銀製のナイフはまだ私の腹部に刺さったままだ。伝う赤い液体が、止まることなく零れ落ち、ドレスにシミを作っている。
ぼんやりと薄れゆく視界の中、舞い散る花弁は春先によく見る愛らしい花であった。幼子の手のようなチューリップ。黄色のそれは「望みのない恋」という花言葉を持っているけれど、赤く染まったならば、きっと。
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる