540 / 812
2月9日 意思と否定
しおりを挟む
パチン、と高い音が鳴り響く。明は目の前の男から顔を背け、その片頬を赤く染めていた。男は明に侮蔑の視線を送る。
「そんなこと知ってる奴はさぁ、いなかったわけよ。お前はただ黙ってれば良かったの。俺と付き合えて幸せですって顔してれば良かったわけ。今更声上げて何になるわけ?はぁ…もう少し頭良いと思ってたんだけどな」
明は唇を噛み、それでも顔を上げて真っ直ぐ目を合わせた。
「幸せじゃ、ない。幸せになんか、なれない。だって事実じゃない、から!嘘吐きと付き合いたくなんてない!」
明は自分の意思をはっきり告げる。怯むことなく声を出すが、それは余計男を苛立たせた。
「は?」
酷く冷淡な声。空気が冷えるような、こちらを人とも思っていないような見下した目。噂を流した本人らしい、下卑た姿であった。
「何、ソレ。誰のこと?嘘吐きって、へぇ、俺のこと言ったの?」
「貴方以外に誰がいるの」
「ふぅん」
男は冷めた目で明に近付くと、目で追えない速さで明の腹を膝蹴りした。苦痛に表情が歪んだのも一瞬で、次の瞬間には誰にも使われていない小屋へと突き飛ばされていた。倒れ込んだ明に慌てて駆け寄ると、気を失いかけていた。ぐったりとした様子で瞳を虚ろに開いている。
一瞬、火花が散った。
「痛ッ!?」
再度近付こうとしていた男が怯んだ。振り向く気も起きず、ただ明の名前を呼ぶ。脈拍を測り生きていることを確認する。泣き叫ぶように声を掛けるが、袴が視界に入り届いているか分からないことに気付く。観察者がいることすら気にせず、私は手を振り下ろして"恋使"の姿を解いた。
「………は!?」
急に何もない空間から現れた私を見て、狼狽する声が聞こえて来る。どうでもいい。許さない。再度明に声を掛けるが、反応はない。完全に気を失っている。誰か人を。救急車を。誰に言えば良い?誰を呼べば良い?混乱してくる頭の中で、冷静な声が響く。
『まず救急車を呼んで。演劇部がまだ残ってる。由芽とかいう子なら携帯を持ってるかもしれないわ』
その声に急激に思考が冷えていく。まるで侵食されるように、するりと行動に移ることが出来た。救急車を呼び、由芽に電話をして先生を呼んでもらい、それぞれの対応を待つことになった。呼び掛けを続けようとしたところで、ハッと後ろを振り返る。私の急な対応に戸惑っていた男が、犯人にされると気付いて慌てて逃げ出そうとしていた。その瞬間、彼に向かって強風が吹く。
「うわぁ!?」
驚いて転んだ瞬間、ゴロゴロと風に煽られ元の位置へと戻って来た。その表情には戸惑いが混ざっている。私は男に近付き、その顔を見下す。私の姿に何故か怯えた男は、恐怖が最高潮に達したのか腕を振り上げた。酷くがむしゃらな動きだ。明を壁に突き飛ばしたあたり腕力はあるのだろう。ガタイも悪くない。
だが、それは私には届かなかった。
「そんなこと知ってる奴はさぁ、いなかったわけよ。お前はただ黙ってれば良かったの。俺と付き合えて幸せですって顔してれば良かったわけ。今更声上げて何になるわけ?はぁ…もう少し頭良いと思ってたんだけどな」
明は唇を噛み、それでも顔を上げて真っ直ぐ目を合わせた。
「幸せじゃ、ない。幸せになんか、なれない。だって事実じゃない、から!嘘吐きと付き合いたくなんてない!」
明は自分の意思をはっきり告げる。怯むことなく声を出すが、それは余計男を苛立たせた。
「は?」
酷く冷淡な声。空気が冷えるような、こちらを人とも思っていないような見下した目。噂を流した本人らしい、下卑た姿であった。
「何、ソレ。誰のこと?嘘吐きって、へぇ、俺のこと言ったの?」
「貴方以外に誰がいるの」
「ふぅん」
男は冷めた目で明に近付くと、目で追えない速さで明の腹を膝蹴りした。苦痛に表情が歪んだのも一瞬で、次の瞬間には誰にも使われていない小屋へと突き飛ばされていた。倒れ込んだ明に慌てて駆け寄ると、気を失いかけていた。ぐったりとした様子で瞳を虚ろに開いている。
一瞬、火花が散った。
「痛ッ!?」
再度近付こうとしていた男が怯んだ。振り向く気も起きず、ただ明の名前を呼ぶ。脈拍を測り生きていることを確認する。泣き叫ぶように声を掛けるが、袴が視界に入り届いているか分からないことに気付く。観察者がいることすら気にせず、私は手を振り下ろして"恋使"の姿を解いた。
「………は!?」
急に何もない空間から現れた私を見て、狼狽する声が聞こえて来る。どうでもいい。許さない。再度明に声を掛けるが、反応はない。完全に気を失っている。誰か人を。救急車を。誰に言えば良い?誰を呼べば良い?混乱してくる頭の中で、冷静な声が響く。
『まず救急車を呼んで。演劇部がまだ残ってる。由芽とかいう子なら携帯を持ってるかもしれないわ』
その声に急激に思考が冷えていく。まるで侵食されるように、するりと行動に移ることが出来た。救急車を呼び、由芽に電話をして先生を呼んでもらい、それぞれの対応を待つことになった。呼び掛けを続けようとしたところで、ハッと後ろを振り返る。私の急な対応に戸惑っていた男が、犯人にされると気付いて慌てて逃げ出そうとしていた。その瞬間、彼に向かって強風が吹く。
「うわぁ!?」
驚いて転んだ瞬間、ゴロゴロと風に煽られ元の位置へと戻って来た。その表情には戸惑いが混ざっている。私は男に近付き、その顔を見下す。私の姿に何故か怯えた男は、恐怖が最高潮に達したのか腕を振り上げた。酷くがむしゃらな動きだ。明を壁に突き飛ばしたあたり腕力はあるのだろう。ガタイも悪くない。
だが、それは私には届かなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる