神様自学

天ノ谷 霙

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笑顔の魔法 羅樹

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僕は小さい頃、人の前に出るのが苦手だった。そのせいであまり喋るのも上手じゃなくて、人と仲良くするのが苦手だった。いろいろ考え込んでしまう癖があるのだ。全然目を合わせないし、声が小さいから皆面倒くさがって話さない。でも夕音ちゃ…夕音だけは違った。
「初めまして。あたし、夕音!」
「ぁっ…あっ…え、と…」
なかなか話せない。焦ったくてイライラする人が多いのに、夕音は目の前で静かに聞いていた。だから余計に考えすぎた。
どうしてこの子は黙ってるのだろう。
もしかして僕に呆れて何も言えないのかな。
そんな風に考えて、自分の名前を言えなかった。すると、ふいに夕音は動いて僕の手を掴んだ。僕より少しだけ背が高い夕音は、じっと僕の目を見て
「深呼吸」
と呟いた。僕の体は驚きと緊張でかたまったけど、手から伝わる熱が、じんわりと溶かしていくようだった。
僕は息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いた。目を開けると、夕音は優しく微笑んでいた。
「ぼ、僕は…さ、榊原、羅樹…」
つっかえながらだったけど、初めて言えた。初めて人の前でちゃんと名前を言った。すると夕音は長い睫毛まつげまたたかせた。
「羅樹くんね!友達になろう!」
その魔法のような言葉と、星が散らばるようなきらきらした笑顔に、僕はつられて笑った。そして、たくさん話した。長く自分のことを話せないことを理解して、話を続けられるように繋いでくれた。それでも話せない時は、黙って待っていてくれた。僕が考えすぎて混乱しだすと、また手を握って深呼吸、と教えてくれた。
僕はそれが嬉しくて、だんだん話せるようになった。小学校に上がると、もう人並みに話せるようになっていた。夕音以外の友達もできた。それでも夕音と仲良しで、「友達」から「幼馴染」と関係の名前は変わったけどそれでも今まで通り一緒にいた。
しかし、いつまでも「そのまま」でいることは難しいと気付いた。きっかけは夕音が呼び方を指摘してきたこと。ちゃん付けで呼ぶと、周りの人が茶化してきた。最初はどうしてかわからなかったけど、夕音が嫌がるから変えた。やがて、恋を知った。
「俺、あの子のこと好き」
「俺、あいつと付き合ってるんだ」
そんな話をよく聞くようになった。
それで、僕は気付いた。夕音があの時名前の呼び方にこだわったことやからかってくる人を嫌がるのは、僕と恋愛関係に見られることを嫌がったのだと。それで噂になることが、嫌なのかな、と思った。
僕と、恋愛関係になるのが嫌なのかな…。
少しだけ僕の奥が痛んだ。
それでも夕音が僕と話す時、あの時と変わらない笑顔を見せてくれるのが堪らなく嬉しかった。
さっきまで痛んでいたはずの心も、全く痛くなくなった。夕音の笑顔を見るだけで、暗い気持ちは忘れてしまう。
こんな日々が、できるだけ長く、続けば良いと思った。
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