神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
544 / 812

2月10日 そんな君だから

しおりを挟む
翌日、明は普通に登校して来た。前後の記憶が曖昧であり、怪我を負った時の話は出来ないらしい。強烈な痛みに気を失ったこともあって、私が恋使の姿を解いた時のことも覚えていないようだった。もしかしたら最初から見ていないのかもしれない。
男の方は停学処分だ。どのくらいかは分からないが、しばらく学校には来られないという。少し小耳に挟んだ話では、昨日のことを激しく後悔し、未だ謝罪と懺悔を繰り返している様子だという。もしかしたら精神的トラウマとなっているのかもしれない。明に暴力を振るったことは到底許せることではないが、だからといって私が仕返しをするのは違ったかもしれない。過剰だった自覚はある。重苦しい罪悪感が胸中に立ち込めるが、誰にも相談出来ない。信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとしても私がそんな人だと知られるのは嫌だ。相変わらず臆病で、逃げ腰である。
「…どうしたら、良かったのかな」
明を庇って飛び出すだけで良かった?
男が逃げないように押さえ込むだけで良かった?
分からない。考える程分からなくなっていく。
「何が?」
「わっ!?」
口に出てしまっていたらしい。いつの間にか隣にいた羅樹が私に問い掛けて来た。私は言葉に詰まり、逡巡する。視線が泳いでしまって、まともに答えられそうにない。長い付き合いである羅樹はそれで察してしまったのか、私に言葉の続きを促すことはなく目の前を向いた。
「夕音は昔からヒーローみたいだよね」
「え?」
ポツリと呟かれた言葉に、意図が読めず問い返す。羅樹は組んだ指を目の前に伸ばし、思いっきり伸びをした。
「悪いことが許せなくて、正義感が強くて。普段はあんまり前に出ないのに、ここぞというときには怯えずに前に出る」
何かを思い出すように目を細め、羅樹が笑う。私の方を振り向くと、水色の瞳に私の姿が写った。
「格好良いと思うよ、夕音」
きっと、昨日明とあの人の言い争い現場に突撃したことを言っているのだろう。私が明の怪我を阻止出来なかったことを、悔やんでいると思っているのだろう。微妙に違うのだが、それでも羅樹の言葉は私の心に優しく響いた。
その優しさに甘えて、少しだけ弱音を吐く。
「でも、私が責めるのは違ったかもしれない」
友達のためだという大義名分を掲げて、ストレス発散に使っていたのかもしれない。怒りがいつの間にか別のものに変わっていたのかもしれない。違うと言える保証は、何処にもない。
そんな風に呟く私に、羅樹はパチパチと瞳を瞬いた。やがて弾けるように笑い出した。
「ちょ、ちょっと!?何!?」
「あははっ、ごめんごめん。ふふっ、そっか、そうだね」
羅樹はその瞳に夕焼けを映して、楽しそうに呟く。
「夕音は優しいね」
「え?」
「だって、自分の友達だけじゃなくて相手のことも考えてる。責任を全部押し付けたって誰も怒らないのに、自分で気付いて自分で反省してる。それって偉いことだと思うよ?」
そうやって、欲しい言葉をくれる。
悩んでたのに、怖かったのに、羅樹の言葉1つで救われてしまう。ずるい。そんなの、もっと好きになってしまう。
「…ありがと」
「どういたしまして」
残り少なくなった帰路で、私は羅樹の方をあまり見ることが出来なくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...