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聞こえて来る"音"
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恋音さんの反応からして、その記憶はないのだろう。否守様は予想通りだったのか頷き、小さく苦笑いをした。
「我々の地には元々"何か"だったものも存在します。ヒト、虫、魚、動物、何かの破片、土塊、何でも構わないのです。勿論我々の地で生まれ育つ者も、何もない空間から突如発生する者もいます。不思議でしょう?でもそれが私達の常識です」
この世の神秘を覗いてしまった気分になる。そんな重要なことをさらっと言われても、どう処理すれば良いか分からない。否守様は悪戯が成功した子供のように笑うと、優しげに口角を緩めた。
「まだ聞きたいことがあるようですね」
「あ…はい」
一個人のことを聞くのは憚られるが、否守様は人間が好きな様子である。というかそもそも、言葉を交わせる者なら何でも好きなのかもしれない。萎縮する恋音さんにも楽しそうな目を向けている。その親しみやすさに感謝して、本当に聞きたかったことを問い掛ける。
「あの時、"彼の喉が潰れてしまう"と仰っていましたが、彼とは、その」
「はい。察しの通り貴方の想い人ですよ」
想い人。それで駆け巡ったのは羅樹の姿で、思わず目を見開いて硬直してしまった。
「そうですねぇ」
のんびりと間延びした声で、否守様は顔を動かす。外を向いて、懐かしそうに笑った。
「あの時と一緒ですね。声に出して叫んではないようですが、心の奥で酷く叫んでいます」
朱色の瞳が、差し込む光で金色に煌めく。まるで陽光を幾重にも反射しているかのような幻想的な輝き。その瞳に見惚れたことに気付いてからすぐに、否守様の言葉が引っ掛かった。
「…誰が?」
疑問が口に出ていたのか、心の声が聞こえたのかは分からない。けれど否守様はこちらを向いて、小さく首を傾げた。そして納得したように頷くと、困ったように微笑んで擦り足で私の側に寄った。額を合わせて、静かに告げられる。
「自分に向けられる声も、貴方は聞こえる筈ですよ。耳を傾けて、落ち着いて。我々を受け入れた貴方なら、きっと大丈夫ですから」
「…は、い」
本当は「何を?」とか「どういう意味ですか?」とか聞き返したかった。けれど唇から零れたのは全く別の言葉で、私が1番驚いた。
急に心臓がうるさく鳴り響き、それを抑えるかのように胸元に握り拳を当てる。ぎゅっと目を瞑り、深呼吸を繰り返す。知らない内に浅くなった息が、脈打つ心臓と共に心を急き立てる。苦しい。怖い。けれど否守様に信じてもらったのだ。答えなければ。
やがて暗闇の中を糸のように這う音が聞こえて来た。それは誰かの声のようで。集中すると、少しずつ鮮明になっていく。
『…ね、待って…』
『だめ、行かな…で』
『夕音』
『いなくならないで』
その声は、私の中で最も聞き覚えのある声。
羅樹の、必死に泣き叫ぶような声だった。
「我々の地には元々"何か"だったものも存在します。ヒト、虫、魚、動物、何かの破片、土塊、何でも構わないのです。勿論我々の地で生まれ育つ者も、何もない空間から突如発生する者もいます。不思議でしょう?でもそれが私達の常識です」
この世の神秘を覗いてしまった気分になる。そんな重要なことをさらっと言われても、どう処理すれば良いか分からない。否守様は悪戯が成功した子供のように笑うと、優しげに口角を緩めた。
「まだ聞きたいことがあるようですね」
「あ…はい」
一個人のことを聞くのは憚られるが、否守様は人間が好きな様子である。というかそもそも、言葉を交わせる者なら何でも好きなのかもしれない。萎縮する恋音さんにも楽しそうな目を向けている。その親しみやすさに感謝して、本当に聞きたかったことを問い掛ける。
「あの時、"彼の喉が潰れてしまう"と仰っていましたが、彼とは、その」
「はい。察しの通り貴方の想い人ですよ」
想い人。それで駆け巡ったのは羅樹の姿で、思わず目を見開いて硬直してしまった。
「そうですねぇ」
のんびりと間延びした声で、否守様は顔を動かす。外を向いて、懐かしそうに笑った。
「あの時と一緒ですね。声に出して叫んではないようですが、心の奥で酷く叫んでいます」
朱色の瞳が、差し込む光で金色に煌めく。まるで陽光を幾重にも反射しているかのような幻想的な輝き。その瞳に見惚れたことに気付いてからすぐに、否守様の言葉が引っ掛かった。
「…誰が?」
疑問が口に出ていたのか、心の声が聞こえたのかは分からない。けれど否守様はこちらを向いて、小さく首を傾げた。そして納得したように頷くと、困ったように微笑んで擦り足で私の側に寄った。額を合わせて、静かに告げられる。
「自分に向けられる声も、貴方は聞こえる筈ですよ。耳を傾けて、落ち着いて。我々を受け入れた貴方なら、きっと大丈夫ですから」
「…は、い」
本当は「何を?」とか「どういう意味ですか?」とか聞き返したかった。けれど唇から零れたのは全く別の言葉で、私が1番驚いた。
急に心臓がうるさく鳴り響き、それを抑えるかのように胸元に握り拳を当てる。ぎゅっと目を瞑り、深呼吸を繰り返す。知らない内に浅くなった息が、脈打つ心臓と共に心を急き立てる。苦しい。怖い。けれど否守様に信じてもらったのだ。答えなければ。
やがて暗闇の中を糸のように這う音が聞こえて来た。それは誰かの声のようで。集中すると、少しずつ鮮明になっていく。
『…ね、待って…』
『だめ、行かな…で』
『夕音』
『いなくならないで』
その声は、私の中で最も聞き覚えのある声。
羅樹の、必死に泣き叫ぶような声だった。
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