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内緒話 羅樹
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小さな頃教えてもらった、夕音と僕の秘密の話。
何度も体調を崩して寝込む夕音が、僕はいつも心配で側にいた。熱を出して苦しむ様子は胸が痛くなって、どうしたら早く治るのだろうといつも考えていた。夕音のいない学校はつまらなくて、この間に夕音が消えたらどうしよう、といつも不安になっていた。だから帰ったら一目散に家を飛び出して、夕音の家を訪れていた。夕音がいることを目の前で確認して、安心したかった。
そんなある日、夕音が落ち着いて眠っている間に、夕音のお母さんが僕の隣に座ったことがあった。夕音の頭を撫でて、未だ苦しそうだが落ち着いた表情を慈愛を込めて見つめる。それと同じ視線を僕にも向けて、夕音のお母さんは「ごめんね」と小さく苦笑した。
「何が、ですか?」
「夕音は、きっと愛されてしまったのね」
「何に?」
「…何かしらね」
その意味がよく理解出来なくて首を傾げていると、夕音のお母さんは泣きそうな顔をして、僕を抱き締めてくれた。その時呟かれた声は掠れていたけれど、僕の耳には届いていた。
「夕音を、忘れないでね」
離された後に、夕音のお母さんはぽつぽつと話し始めた。また夕音の頭を撫でて、目を細めて記憶を辿る。
「昔もね、同じことがあったの。夕音が居なくなって、随分長いこと探し回ったわ。けど何処にも居なくて、最後に行ったのが神社だった。もう神頼みしかないと思ってお願いしたら、急に目の前に現れたの。思わず抱きとめたのだけど、夕音は相変わらずきょとんとしていて。その温度が酷く冷えていたものだから、私は驚いて。夕音を抱き締めて熱を移そうと必死になったのだけど、きっと夕音はどうして私がそうしているのかは分からなかったんでしょうね」
その話は、何だか少し前にあった僕のことのようで。目の前で夕音が消えたと泣き叫んだ僕と同じ状況だったのではないかと、その心中が理解出来てしまって眉尻を下げた。そんな僕の様子に気付いたらしい夕音のお母さんは、僕の頭を撫でて笑ってくれた。それは病気を隠していた僕のお母さんの姿と重なって、苦しいのを必死に誤魔化そうとしているのだと本能的に気付いてしまった。
「お母、さん」
小さく呟いて、今度は僕が夕音の頭を撫でる。いつの間にか呼吸が落ち着いて、穏やかな寝顔に変わっていた。
「僕、絶対忘れないよ。夕音のことが好きなひとが何人いても、僕は絶対負けないから」
夕音のことを愛しているからと連れて行くのは、自分勝手というものだろう。それに夕音が納得しているのなら、構わないけれど。夕音が幸せなら、それでいいのだけど。
で
も、
それで
夕音が居なくなってしまうのはやっぱり嫌だから。
夕音に納得なんて、させるわけがないのだけど。
忘れた願いの先の言葉が、脳裏に浮かんで消えた。
何度も体調を崩して寝込む夕音が、僕はいつも心配で側にいた。熱を出して苦しむ様子は胸が痛くなって、どうしたら早く治るのだろうといつも考えていた。夕音のいない学校はつまらなくて、この間に夕音が消えたらどうしよう、といつも不安になっていた。だから帰ったら一目散に家を飛び出して、夕音の家を訪れていた。夕音がいることを目の前で確認して、安心したかった。
そんなある日、夕音が落ち着いて眠っている間に、夕音のお母さんが僕の隣に座ったことがあった。夕音の頭を撫でて、未だ苦しそうだが落ち着いた表情を慈愛を込めて見つめる。それと同じ視線を僕にも向けて、夕音のお母さんは「ごめんね」と小さく苦笑した。
「何が、ですか?」
「夕音は、きっと愛されてしまったのね」
「何に?」
「…何かしらね」
その意味がよく理解出来なくて首を傾げていると、夕音のお母さんは泣きそうな顔をして、僕を抱き締めてくれた。その時呟かれた声は掠れていたけれど、僕の耳には届いていた。
「夕音を、忘れないでね」
離された後に、夕音のお母さんはぽつぽつと話し始めた。また夕音の頭を撫でて、目を細めて記憶を辿る。
「昔もね、同じことがあったの。夕音が居なくなって、随分長いこと探し回ったわ。けど何処にも居なくて、最後に行ったのが神社だった。もう神頼みしかないと思ってお願いしたら、急に目の前に現れたの。思わず抱きとめたのだけど、夕音は相変わらずきょとんとしていて。その温度が酷く冷えていたものだから、私は驚いて。夕音を抱き締めて熱を移そうと必死になったのだけど、きっと夕音はどうして私がそうしているのかは分からなかったんでしょうね」
その話は、何だか少し前にあった僕のことのようで。目の前で夕音が消えたと泣き叫んだ僕と同じ状況だったのではないかと、その心中が理解出来てしまって眉尻を下げた。そんな僕の様子に気付いたらしい夕音のお母さんは、僕の頭を撫でて笑ってくれた。それは病気を隠していた僕のお母さんの姿と重なって、苦しいのを必死に誤魔化そうとしているのだと本能的に気付いてしまった。
「お母、さん」
小さく呟いて、今度は僕が夕音の頭を撫でる。いつの間にか呼吸が落ち着いて、穏やかな寝顔に変わっていた。
「僕、絶対忘れないよ。夕音のことが好きなひとが何人いても、僕は絶対負けないから」
夕音のことを愛しているからと連れて行くのは、自分勝手というものだろう。それに夕音が納得しているのなら、構わないけれど。夕音が幸せなら、それでいいのだけど。
で
も、
それで
夕音が居なくなってしまうのはやっぱり嫌だから。
夕音に納得なんて、させるわけがないのだけど。
忘れた願いの先の言葉が、脳裏に浮かんで消えた。
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