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3月16日 心境の変化
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空を泳ぐ黄色の魚が見える。
石の影に手足の生えた仮面が見える。
野を飛び回る青い炎が見える。
きっと他人に言えば、笑われるか頭がおかしくなったのかと心配されるような光景が私の視界を覆い尽くす。
知っていた。
かつての私は、これらを全て視界に入れ、認識し、そして怖がっていた。
それについて話すとお母さんが困った顔をして笑うから、私はいつの間にかそれらについて何も言わなくなっていた。いつの間にか視界は閉ざされて見えなくなっていたし、それらの存在など忘却の彼方に葬り去っていた。
ひび割れたのはいつからだろう。
ガラスの割れる音を聞いたのは、どうしてなのだろう。
白い筋と淡く輝く虹色の翅を持った蝶が舞う。思わず手を伸ばせば、何の躊躇いもなく止まって羽を休める。
ずっと、ずっといた。
この世界に当たり前のように存在していて、スイーツを食べたあの店の中にも、窓の外にも、ゲームセンターの天井にも、ベンチの下にも、自動販売機の裏にも、道の端にも、カラオケ屋の屋根にも、廊下にも、機器の後ろにだって、それらはいた。
気にしなかった。気にならなかった。
だって、わざわざ気にする必要もないくらい私の目にははっきりと映っていて。さして接点のないクラスメイトが視界に入ったかのように、知り合い未満の誰かとすれ違った時のように、私はそれらを気にする意味などなかった。
蝶が羽ばたいていく。
光の鱗粉が手に落ちるが、私はそれをさっさと払って終わらせた。
触れるのも、見るのも、聞くのも、全てが平気になっている。
怖いのも、嫌なのも、苦しいのも、嫌いなのも。
全部全部、羅樹が持っていってくれたから。
羅樹が私の代わりに嫌ってくれたから。
私はそれらを嫌わなくていいのだと、私1人で背負わなくていいのだと、知ってしまったから。
心の奥底で変わり果てた感情に、困惑と同時にどこか納得をしているのは、どうしてだろう。
「…どうして、だろう」
今日は楽しかった。すごくすごく、楽しかった。眞里阿のおすすめの苺タルトは甘酸っぱい味わいで美味しくて、由芽のクレーンゲーム技術が高くて、貰ったぬいぐるみは可愛くて、レースゲームでは紗奈が楽しそうで、カラオケでは皆の新たな一面が見られて、すごく楽しかった。
どうして、その場所に稲荷様は呼べないのだろう。
どうして私は、時々稲荷様のことを考えてしまっていたのだろう。あの神様なら、恋のことが分からないと言って自分で探ろうとする神様なら、きっと人の営みも娯楽も興味がある筈だ。どうやったら、どうしたら、あの神様にも私と同じように楽しませることが出来るのだろう。
"同じ過ちを繰り返すつもりですか"
否守様に問われて、酷く苦しそうな顔をしていたあの神様を、どうしたら笑わせることが出来るだろうか。
石の影に手足の生えた仮面が見える。
野を飛び回る青い炎が見える。
きっと他人に言えば、笑われるか頭がおかしくなったのかと心配されるような光景が私の視界を覆い尽くす。
知っていた。
かつての私は、これらを全て視界に入れ、認識し、そして怖がっていた。
それについて話すとお母さんが困った顔をして笑うから、私はいつの間にかそれらについて何も言わなくなっていた。いつの間にか視界は閉ざされて見えなくなっていたし、それらの存在など忘却の彼方に葬り去っていた。
ひび割れたのはいつからだろう。
ガラスの割れる音を聞いたのは、どうしてなのだろう。
白い筋と淡く輝く虹色の翅を持った蝶が舞う。思わず手を伸ばせば、何の躊躇いもなく止まって羽を休める。
ずっと、ずっといた。
この世界に当たり前のように存在していて、スイーツを食べたあの店の中にも、窓の外にも、ゲームセンターの天井にも、ベンチの下にも、自動販売機の裏にも、道の端にも、カラオケ屋の屋根にも、廊下にも、機器の後ろにだって、それらはいた。
気にしなかった。気にならなかった。
だって、わざわざ気にする必要もないくらい私の目にははっきりと映っていて。さして接点のないクラスメイトが視界に入ったかのように、知り合い未満の誰かとすれ違った時のように、私はそれらを気にする意味などなかった。
蝶が羽ばたいていく。
光の鱗粉が手に落ちるが、私はそれをさっさと払って終わらせた。
触れるのも、見るのも、聞くのも、全てが平気になっている。
怖いのも、嫌なのも、苦しいのも、嫌いなのも。
全部全部、羅樹が持っていってくれたから。
羅樹が私の代わりに嫌ってくれたから。
私はそれらを嫌わなくていいのだと、私1人で背負わなくていいのだと、知ってしまったから。
心の奥底で変わり果てた感情に、困惑と同時にどこか納得をしているのは、どうしてだろう。
「…どうして、だろう」
今日は楽しかった。すごくすごく、楽しかった。眞里阿のおすすめの苺タルトは甘酸っぱい味わいで美味しくて、由芽のクレーンゲーム技術が高くて、貰ったぬいぐるみは可愛くて、レースゲームでは紗奈が楽しそうで、カラオケでは皆の新たな一面が見られて、すごく楽しかった。
どうして、その場所に稲荷様は呼べないのだろう。
どうして私は、時々稲荷様のことを考えてしまっていたのだろう。あの神様なら、恋のことが分からないと言って自分で探ろうとする神様なら、きっと人の営みも娯楽も興味がある筈だ。どうやったら、どうしたら、あの神様にも私と同じように楽しませることが出来るのだろう。
"同じ過ちを繰り返すつもりですか"
否守様に問われて、酷く苦しそうな顔をしていたあの神様を、どうしたら笑わせることが出来るだろうか。
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