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3月16日 見えない
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絶叫とも、慟哭とも取れる叫び声がこだました。それを発しているのが自分だという自覚はあれど、抑えることは出来なくて。バタバタと駆け寄って来る母の足音も声も耳に入って来てはいたのだろうが、認識することは出来なかった。
恐れていたことが起きてしまった。
私と稲荷様を繋ぐものが、無くなってしまった。
嫌な予感がして避けていた。それが悪かったのだろうか。遠回しにしていたから、私が話をしに行かなかったから失ったのだろうか。珍しくはっきりと覚えていた夢で見たものが現実であったような気がして寒気がする。いや実際に起きたことなのだろう。私は現に、"同じ過ちを繰り返さないため"繋がりを絶たれたのだから。
嗚咽が漏れる。早鐘を打つ心臓を押さえ息を吐くが、酸素は体を巡ることなく吐き出され、脳が壊れそうになる。
背を摩られていると気付いたのはいつだっただろうか。何も聞かず抱き締めてくれた母の温もりに気付いたのは随分後で、私が顔を埋めていた肩が濡れていると知ったのはその時だった。崩れ落ちた手足に力は入らず、やっと呼吸の仕方を本能的に思い出した頃には、混乱が勝って自分の状況が読み取れなかった。
何かを探すように顔を上げて、母の肩越しに見た景色に気付いて、引き攣った笑みを溢した。
何一つ、なかったのだ。
いや家具はある。板張りの家もあるし、照明もあるし、見覚えのある我が家はそこにあった。けれど私の視界にだけは映り込んでいた筈の、この世のモノではない"何か"達は、何一つ存在していなかったのだ。
どうやら稲荷様とかいう神様は、私と繋がりを切る際に魔力やら神力やらと呼ばれるものの一切合切を、全て持って行ってしまったらしい。お陰で何も見えないし、中にいる筈の恋音さんの気配も感じない。私からの供給が絶たれたのなら稲荷様の元へ帰るか、似たような性質の誰かに取り憑いてまた回復しているかもしれない。けれどそのどちらを選んだのか、それとも別の選択肢があるのかすらわからない私は、恋音さんの行方を探ることすら出来ない状態だった。
こんなクリアな視界は、生まれて初めてだ。
だって私は知っていたのだ。最初からこの目にはヒトならざるモノの存在が映り込み、隠された後も何かがいることを本能的には理解していた。気付いてなかったのは意識だけだ。無意識下では全てを分かった上で気付かないふりをしていた。だから、それらが本当に"見えない"状況は生まれて初めてなのだ。見ようとしても見えない、こんな状況は。
「…っどう、して」
掠れる声で呟いたそれを最後に、私は全てを忘れるように滂沱の涙を流した。
恐れていたことが起きてしまった。
私と稲荷様を繋ぐものが、無くなってしまった。
嫌な予感がして避けていた。それが悪かったのだろうか。遠回しにしていたから、私が話をしに行かなかったから失ったのだろうか。珍しくはっきりと覚えていた夢で見たものが現実であったような気がして寒気がする。いや実際に起きたことなのだろう。私は現に、"同じ過ちを繰り返さないため"繋がりを絶たれたのだから。
嗚咽が漏れる。早鐘を打つ心臓を押さえ息を吐くが、酸素は体を巡ることなく吐き出され、脳が壊れそうになる。
背を摩られていると気付いたのはいつだっただろうか。何も聞かず抱き締めてくれた母の温もりに気付いたのは随分後で、私が顔を埋めていた肩が濡れていると知ったのはその時だった。崩れ落ちた手足に力は入らず、やっと呼吸の仕方を本能的に思い出した頃には、混乱が勝って自分の状況が読み取れなかった。
何かを探すように顔を上げて、母の肩越しに見た景色に気付いて、引き攣った笑みを溢した。
何一つ、なかったのだ。
いや家具はある。板張りの家もあるし、照明もあるし、見覚えのある我が家はそこにあった。けれど私の視界にだけは映り込んでいた筈の、この世のモノではない"何か"達は、何一つ存在していなかったのだ。
どうやら稲荷様とかいう神様は、私と繋がりを切る際に魔力やら神力やらと呼ばれるものの一切合切を、全て持って行ってしまったらしい。お陰で何も見えないし、中にいる筈の恋音さんの気配も感じない。私からの供給が絶たれたのなら稲荷様の元へ帰るか、似たような性質の誰かに取り憑いてまた回復しているかもしれない。けれどそのどちらを選んだのか、それとも別の選択肢があるのかすらわからない私は、恋音さんの行方を探ることすら出来ない状態だった。
こんなクリアな視界は、生まれて初めてだ。
だって私は知っていたのだ。最初からこの目にはヒトならざるモノの存在が映り込み、隠された後も何かがいることを本能的には理解していた。気付いてなかったのは意識だけだ。無意識下では全てを分かった上で気付かないふりをしていた。だから、それらが本当に"見えない"状況は生まれて初めてなのだ。見ようとしても見えない、こんな状況は。
「…っどう、して」
掠れる声で呟いたそれを最後に、私は全てを忘れるように滂沱の涙を流した。
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