神様自学

天ノ谷 霙

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3月27日 出入り口

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私は羅樹と、朝早くから霜月神社にやって来ていた。敷地内に人影はなく、霙も清歌さんも見当たらなかった。私は癖のように稲荷様がいつもいた場所に向かって、心の中で虹様を呼ぶ。私と羅樹の瞳がそれぞれの色に一瞬変化して、視界が変わる。いつも手を振り下ろして起こしていたそれは、瞬きを挟むだけで完了する。
『重ねます』
虹様の声で、私があちらの世に移る。何が変わったのか分からない視界だが、もう既に私達は人から見えない状態になっているらしい。
久しぶりの感覚だ。
ちょうど、清歌さんが本殿から出て来た。箒を持って駆ける彼女は、木陰から出てまっすぐ見える位置に立っても私に気付くことなく、鳥居の位置からゴミを掃き始めた。羅樹は戸惑っていたが、私は頷きを返して踵を返す。
そしていつものように上がり込んで、あの方がいつも居た部屋の障子を開け放つ。
そこには稲荷様が、───居なかった。
『やはり、稲荷はあちらの世に帰っているようですね』
いつも稲荷様が居た部屋の真ん中に座するのは、いつかカサマと呼ばれていた狐の子。私を見て驚いて、あわあわと小さな四肢で空を掻く。私は咄嗟にその手を掴んで、まっすぐ正面から見つめた。
「私、稲荷様に会いたいの。だから逃げられたら困るの。お願い、伝えないで」
言えば戸惑ったように、困ったように縮こまる。使つかいとして難しいのかと思えば、私の隣に虹様が現れた。
『使の狐子きつねごよ。少々糸を弄らせてもらった。少しの間だけこのヒトの子の話を聞くが良い』
そう話す指先には緑の雲が煙のように逆巻き、近くにある黄緑色の糸を遮るように浮かんでいる。それを見たカサマが慌てたように声を上げたが、どうやら稲荷様との通信が途絶えているようだ。カサマが唖然として虹様を見上げれば、なんてことのないように説明する。
『繋いでいる気の流れを弄っただけだ。こちらからの流れは止めて、先程まで流れていたものを輪のように繋げている。これでしばらくはこちらのことに気付くまい』
「あ、あぁ、貴方様は…っ」
『私か?アレが姉神と呼ぶモノよ。主は私を見ていたモノなのだから分かるだろう?』
言われたカサマは顔面を蒼白にしてこくこくと頷く。頭を低くして体を震わせる姿は、少し痛々しく見えた。
「あの、急に来てごめんね。私がどうしても稲荷様にもう1度会いたくて、虹様に手伝ってもらってるの。でもきっと私が来てるって伝えれば稲荷様は逃げちゃうでしょう?だから言わないでほしい。それで、あちらの世界に行かせてほしいの」
虹様ならば、こちらとあちらの出入りは簡単だろう。けれどヒトが何もない状況から出入りするのは難しい。だからこちらに近く、あちらに"出向く"形の出入り口が望ましい。
そう、元々こちらの世を中心に生きていて、今現在あちらの世に出向いている稲荷様が使うような出入り口が。
そういうことで私達は今、どうせ居ないだろう稲荷様を見越してその住処にて、カサマにお願いしているのだ。
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