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マサタケの話
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末は博士か大臣か。
そんな高みではなくとも、立派な社会人にってほしいと母に励まされ、名のある大学に無事合格。
叔父の家に下宿し、家の雑事を手伝いながら大学生活をスタートさせた。
叔母は褒め上手で、力の必要なことは大概進んで引き受けた。
「マサタケは本当に優しい子よね」
叔父の家は大きく広く、離れもあった。
とある春、離れの補修を頼まれた。
雨樋や屋根瓦など、気になるところを休みを潰して修理した。
叔父達は畳屋に張り替えも頼んでいた。
井草の香りが新しい。
その離れに妙齢の御婦人方が越してきた。
年齢でいったら俺とそう変わらない、若い御婦人方だ。
三人のうち一人は遠縁に当たり、その伝で入居に至ったらしい。
「これは甥のマサタケ。
困ったことがあったら遠慮なく使ってちょうだい」
叔母は笑顔で俺を紹介した。
だが、若い御婦人方には男が母屋にいるなんて嫌じゃないんだろうか。
しかしそれは杞憂だった。
「ここならって、やっと自立を許可されたのよ」
「まだまだ職業婦人への風当たりは強いわよね」
「やっと家を出られたんだから自由を謳歌しましょうよ」
女三人寄れば姦しい、を肌で感じた。
俺を男として警戒なんかしていない。
すでに社会人である彼女達にとって、親の脛をかじって大学へ通っている俺などはまだまだ半人前ということか。
それからは雑事を云いつけるのが離れの下宿人もプラスされた。
雨樋の掃除はもちろん、ガラス拭きや小包を郵便局へ発送に行くことまで多岐に渡った。
「なんか、おかしくないですか」
敬語を使うのもおかしいが、不満は出る。
その度に彼女らはきゃっきゃっと楽しそうに笑うのだ。
可愛らしい。
初恋、とまでいくかどうか、純情なマサタケ青年だ。
夏のある日、夕立に遭いびしょ濡れで帰宅した。
玄関に同じ境遇の彼女達がいた。
「災難だったわね」
「本当に」
俺は会釈だけして母屋へ入る。
自室で濡れたものを脱いでいると、小さな悲鳴が聞こえた。
振り返ると、ぱたぱたと遠ざかる足音。
廊下を覗くと、誰もいなかった。
後から知ったが、叔母が彼女らに母家の風呂を使わせていたのだ。
俺と鉢合わせしないように声をかけに来た一人が、裸の俺を見て驚いて悲鳴をあげたのだとか。
その一件から、彼女達が俺を遠巻きにし始めた。
寂しかったがあまり気にしないようにした。
「じゃあ、別にマサタケが何かしたって訳じゃないのね?」
立ち聞きをするつもりなんてなかった。
俺の名前が出たから、足を止めてしまったのだ。
「ええ、マサタケくんは悪くないの、ごめんなさいおばさん」
そうして離れに戻る途中の会話まで聞こえてしまった。
「悲鳴は失礼だったかな」
「仕方ないよ、あれは驚くよ、胸毛もびっしりだよ」
「毛深いのが気持ち悪くて、なんか、人間離れしてるっていうか」
「熊みたい」
「熊は悪いんじゃない、さすがに」
さざなみのような笑い声が耳について離れない。
毛深いのは自覚していたが、不快にさせるほどとは思っていなかった。
さすがに落ち込んで、それ以来離れには近づかなかった。
彼女達は二年そこに暮らし、越していった。
女性への苦手意識は心の奥底に澱み、肌を露出することを避けた。
中堅の銀行に就職でき、時折、同僚の女子行員が好意を示してくれることもあったが、勇気が出ずに時が流れた。
そんな高みではなくとも、立派な社会人にってほしいと母に励まされ、名のある大学に無事合格。
叔父の家に下宿し、家の雑事を手伝いながら大学生活をスタートさせた。
叔母は褒め上手で、力の必要なことは大概進んで引き受けた。
「マサタケは本当に優しい子よね」
叔父の家は大きく広く、離れもあった。
とある春、離れの補修を頼まれた。
雨樋や屋根瓦など、気になるところを休みを潰して修理した。
叔父達は畳屋に張り替えも頼んでいた。
井草の香りが新しい。
その離れに妙齢の御婦人方が越してきた。
年齢でいったら俺とそう変わらない、若い御婦人方だ。
三人のうち一人は遠縁に当たり、その伝で入居に至ったらしい。
「これは甥のマサタケ。
困ったことがあったら遠慮なく使ってちょうだい」
叔母は笑顔で俺を紹介した。
だが、若い御婦人方には男が母屋にいるなんて嫌じゃないんだろうか。
しかしそれは杞憂だった。
「ここならって、やっと自立を許可されたのよ」
「まだまだ職業婦人への風当たりは強いわよね」
「やっと家を出られたんだから自由を謳歌しましょうよ」
女三人寄れば姦しい、を肌で感じた。
俺を男として警戒なんかしていない。
すでに社会人である彼女達にとって、親の脛をかじって大学へ通っている俺などはまだまだ半人前ということか。
それからは雑事を云いつけるのが離れの下宿人もプラスされた。
雨樋の掃除はもちろん、ガラス拭きや小包を郵便局へ発送に行くことまで多岐に渡った。
「なんか、おかしくないですか」
敬語を使うのもおかしいが、不満は出る。
その度に彼女らはきゃっきゃっと楽しそうに笑うのだ。
可愛らしい。
初恋、とまでいくかどうか、純情なマサタケ青年だ。
夏のある日、夕立に遭いびしょ濡れで帰宅した。
玄関に同じ境遇の彼女達がいた。
「災難だったわね」
「本当に」
俺は会釈だけして母屋へ入る。
自室で濡れたものを脱いでいると、小さな悲鳴が聞こえた。
振り返ると、ぱたぱたと遠ざかる足音。
廊下を覗くと、誰もいなかった。
後から知ったが、叔母が彼女らに母家の風呂を使わせていたのだ。
俺と鉢合わせしないように声をかけに来た一人が、裸の俺を見て驚いて悲鳴をあげたのだとか。
その一件から、彼女達が俺を遠巻きにし始めた。
寂しかったがあまり気にしないようにした。
「じゃあ、別にマサタケが何かしたって訳じゃないのね?」
立ち聞きをするつもりなんてなかった。
俺の名前が出たから、足を止めてしまったのだ。
「ええ、マサタケくんは悪くないの、ごめんなさいおばさん」
そうして離れに戻る途中の会話まで聞こえてしまった。
「悲鳴は失礼だったかな」
「仕方ないよ、あれは驚くよ、胸毛もびっしりだよ」
「毛深いのが気持ち悪くて、なんか、人間離れしてるっていうか」
「熊みたい」
「熊は悪いんじゃない、さすがに」
さざなみのような笑い声が耳について離れない。
毛深いのは自覚していたが、不快にさせるほどとは思っていなかった。
さすがに落ち込んで、それ以来離れには近づかなかった。
彼女達は二年そこに暮らし、越していった。
女性への苦手意識は心の奥底に澱み、肌を露出することを避けた。
中堅の銀行に就職でき、時折、同僚の女子行員が好意を示してくれることもあったが、勇気が出ずに時が流れた。
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