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第八章『最後の晩餐と安土饗応』

35『我が弟子、信長』

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「そうじゃったか、信長様が句を練るのに時間がかかって……

それで愛宕山に信忠様がこられるのが……」と光秀。

当初の計画では、連歌会開始の前までに信長の歌が届いている手筈であった。

当然、その方が『百韻連歌』をスムーズに制作しやすいからである。


もちろん、何らかの事情で信長の歌が届くのが遅れても、連歌の天才里村紹巴がいるので、いつ信長の歌が届いても大丈夫なように即対応可能な態勢にはなっている。


「まぁ、それもある。

父上も歌を詠むのが大好きであるからな、

――まぁ、紹巴師匠のお陰ですな」

信長の歌の師匠である紹巴は、当然信忠・光秀らにとっても師匠である。


「そうですか、信長様はそんなに時間をかけられて……」

紹巴は、感慨深げに、

信長と初めてあった将軍上洛戦成功直後の京の町での、

あの『二本の扇』のやり取りを思い出して、少し目蓋を潤ませる。


信長は紹巴に、上洛戦成功の祝いとしてもらった二本の扇を、

一本づつ両手に持って、即興で舞いなから――



『舞ひ遊ぶ 千世万代の 扇にて』



と、先に紹巴が詠んだ歌――

『二本手に 入る今日 の喜び』への返歌を詠う信長。


「さすが信長様、自らが二本の扇で楽しげに舞っているのと、

これから世が安定して、みなが喜び舞い遊べるような日本になることを――かけていますかな」


は、は、はははは……


二人で楽しく笑う信長と紹巴。


……あの時の信長様のほがらかな笑顔、今でも想い出す。

そして、誰もが断った義昭様のご上洛を颯爽と成し遂げたあの行動力・決断力。

優しさと強さを合わせもつ凛々しい青年の姿に――

……あの時、このお方こそ、この乱世を終わらせる英雄ではないかと感じたものじゃ。


……あの時に、


私が信長様に感じたのは間違いなかった……。


新しい将軍様ではなく、


この目の前で歌っている信長様こそが――


百年の乱世に終止符を打つ、英雄ではないか、と――


「――では、我弟子でもある信長様の……


――人生最期の一句を拝見致しましょう――」




――次回、『信長、最期の歌』

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