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第2章

第22話 砂糖じゃない甘い物

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-1-
 蜂蜜が切れた。
 朝食でパンにつけたり粥に入れたりしながら大事に使ってきたが、思った以上に消費が早い。
 買うのは簡単だし金もないこともないが、高いんだよな。大瓶一つで金貨2枚だぜ?
 日本円に換算すると20万くらいしやがんの。
 そりゃ気軽には使えないわな。

 ちなみにこちらの世界でもファンタジーの例にもれず、甘味は高級品だ。
 それに蜂蜜がメインで、黒砂糖(白砂糖)はほとんど見かけない。
 なので一般家庭で甘味を使いたいときは、何かの葉っぱとか蔓草を煮たり絞ったりして独自に作るしかない。
 しかしそうやって作った物は、実際問題それほど甘くなく「まぁ確かにちょっと甘いね」といった程度のものだ。
 チョコレートは無理にしても、菓子パンもどきくらいなら気軽に食えるようになりたい。
 というわけで、記憶を頼りに作ってみることにした。

 用意するのは、大麦とジャガイモ。
 大麦は種籾を使うので、村長に頼んで貯蔵してあるものからひと掬いだけ貰ってきた。
 ジャガイモは保存に失敗してちょっとカビたり変色したもので十分。
 ただそこそこ量がいるので、居酒屋に頼んで少し量を分けてもらった。

「ディーゴさん、今度は何を始めるつもりですかな?」
 クズ芋を横に、大麦を水に浸していると、興味を持ったエレクィル爺さんが声をかけてきた。
「や、ちょっと甘いものが食いたくなりましてね」
「ほぅ、麦を水に浸すと甘いものが作れますか?」
「これはまだ準備段階でね。出来上がるのはもう少し先になります」
「ただ、うろ覚えの記憶でやってますから、上手くいくかは微妙なところですね」
「それもディーゴさんの世界の知識ですかな?」
「ええ。先人の知恵というやつです」
「ほっほ、そうですか。それは楽しみですな」
 そう言ってエレクィル爺さんは去っていった。あの様子じゃあまり期待してないな。
 まぁ、俺も半信半疑でやってるから人のことは言えないが。
 というかまぁ、普通に考えたら麦を水に浸して砂糖ができるとは考えんわな。

-2-
 数日後、水に浸した麦が芽吹き始めたので本格的に作業を開始する。
 思い出すのは福島だったか長野だったかの、山の中の農産物直売所。
 突然の雨に追われて逃げ込んだ先で、暇を持て余していた店番の婆ちゃんに野草茶を勧められながら聞いた昔話。
「昔はねぇ、こんなのも自分ン家で作ってたんだよ」
 と、薄茶色いたぐり飴の入った瓶を手に笑った婆ちゃん。
 婆ちゃんに聞いた材料は餅米と麦だったが、要は麦芽によるデンプンの糖化作用なわけだから、大麦とジャガイモでもいけるはず。だと、思う。多分。

 貰ってきたジャガイモから腐ったり変色した部分を取り除き、皮をむいておろし金ですり下ろす。
 すり下ろしたものを布で濾し、ゴミや繊維質を取り除く。
 布で濾したデンプン液に、少し水を加え、すり鉢ですりつぶした麦芽を入れて人肌に温める。
 ホントは適した温度があるのだろうが、この辺りはうろ覚えだ。
 要は酵素が活動しやすい環境にすればいいわけだからな。
 半日もかきまぜているとデンプン液が甘くなってくるので、もう一度布で濾して麦芽のかすを取り除く。
 ちなみにここで濾したデンプン液からコップ1杯ほど取り置いておくと次に作るときに麦芽の代わりになるわけだ。
 後は残りのデンプン液をひたすら煮詰めて出来上がり。
 焦げないようにと煮詰めていたが、少し焦げたのはご愛敬だ。
 薪での火加減難しい。

 出来上がったものを少し掬って舐めてみる。
 うん、砂糖や蜂蜜に比べると少し甘みが弱い気がするが、まぁ上出来の類だろう。
 それに麦の匂いがちと強いが、これは仕方あるめぇ。何回か作れば麦の匂いも薄まるさ。
 今のところは直接舐めるしか思いつかないが、ハプテス爺さんに渡せば上手く使ってくれるだろう。
 甘いパンとか作ってもらえないだろうか。

「おやディーゴさん、いかがされました?」
「前に言った甘いもんが出来上がったから、ハプテスさんに料理に使ってもらおうかと思ってね」
「ほう!麦から砂糖が作れましたか」
「砂糖というか、水飴だね。蜜といったほうがいいかな」
 そう言ってエレクィル爺さんに水飴を渡す。
「少し、頂いても?」
「構いませんよ」
 エレクィル爺さんは水飴を少し掬って口に含むと、眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「うーむ……」
「大旦那さま、ディーゴさんどうされました?」
 そこにハプテス爺さんが顔を見せる。
「ハプテスや、ちょっとこれを舐めてみなさい」
「数日前にディーゴさんがおっしゃった、水……?」
「水飴です」
「おお、確か、麦から作る砂糖でしたな。これが完成品ですか」
「ええ、そうです」
 ハプテス爺さんも少し掬って口に含むと、眉間にしわを寄せて固まった。
「不味かったかな?」
「いえ……これですが、本当に麦から作られたので?」
「正確には大麦とジャガイモですが。ジャガイモが主な材料ですね」
「ですが確かジャガイモは、クズ芋を使ってましたな?」
「ええ」
「そして魔法は一切使っていない」
「はい」
「大旦那さま……」
「ハプテス、わかっております」
「……ディーゴさんや、これは大変なものですぞ」
「そんなに大変なものですか?」
「ええ。大変なものです」
 ハプテス爺さんが深刻な顔をしてうなずいた。
「従来、甘味と言えば砂糖か蜂蜜くらいのもので、どちらも高価なものです」
「それが、大麦とクズ芋からこのような蜜が作られると知れれば、食卓に革命が起こりますぞ」
「そんな大層なものですか?」
 落ち着いて考えれば、酒づくりでも似たようなことやってるし。穀物酒なんかみんなそうだよ?
「まったく……この前の脱穀機といい、ディーゴさんは危機感がなさすぎます」
「いや、責めているのではありません。そこがディーゴさんらしいといいますか」
「ちなみにディーゴさんはこれを商売にする気は……」
「ないですねぇ。元手もないし面倒だし」
「前の脱穀機みたいに、幾ばくかの金になるなら御の字かな」
「また欲のない……」
「とは言いますがね、考えてもみてくださいよ」
 と、いったん言葉を切って俺は二人を見た。
「お二人の言葉なら、これは確実に、とんでもなく大量に売れることになるでしょう?」
「それはもちろん」
「となれば、秘密を探ろうとあちこちから間者がやってくるのは目に見えてるわけです」
「でしょうなぁ」
「しかも拙いことに、これは作り方さえ知ってれば誰でも作ることができます」
「つまり、これで大儲けしようと思ったら、秘密を守るのにそりゃもう気を使わなくちゃいけない」
「一度秘密が漏れたら、モノがモノだけにあっという間に広まりますな」
「そうなると発売元の優位性なんてなくなってしまうわけです。たくさんの類似品に囲まれてウチが本家だと言ったところで意味がなくなってしまうわけですよ」
「そりゃ、秘密が守られて相応の規模で商売できるなら、こ以上ないくらいおいしい商売になるかも知れませんがね、それでもどこぞのたちの悪い貴族に目をつけられたら終わりでしょう」
「それもそうですな」
「秘密を探るために、誘拐されて拷問なんて目に遭うのはまっぴらごめんです」
 まぁさすがにそこまでする奴はいないと思うけど。
「ふむ、それも十分あり得ますな」
 あるのかよ。異世界怖いな。
「なるほど、ディーゴさんの危惧はわかりました」
「これは一つの商会に任せるにはいささか荷が勝ちすぎますな」
「ディーゴさん、これと同じものはまだ作れますかな?」
「芋が余ってるからできますよ」
「ではそれを領主さまへの献上品にしましょう。ハプテスは村長さんと代官様に連絡を」
「畏まりました」

-3-
 エレクィル爺さんに作り方などを説明していると、ハプテス爺さんに話を聞いた二人がふっ飛んできた。
「ディーゴさん、砂糖が作れたというのはまことですか?」
「ディーゴ、冗談ではないのだろうな」
「砂糖というか、水飴です。甘い、蜜みたいなもので」
「お二方、こちらが今回ディーゴさんが作られたものです」
 詰め寄る二人に、エレクィル爺さんが横から試作品を差し出した。
「ほう、これが……」
「どれ……」
 村長と代官がそれぞれ水飴を口に含むと、やっぱり眉間にしわを寄せて固まった。
「ディーゴさん、これはいったいどうやって作ったのですか?」
「いや、それもあるがディーゴ、これは何を材料にした?村の者でも作れるのか?」
「代官様の質問から答えますが、材料は大麦と屑芋です。魔法も使っていないので少し面倒ですが誰でも作れます。作り方としては……」
「ああ、そういう細かいことは後でいい。そうか、魔法なしで誰でもこれが作れるのか……」
「代官さま……」
「うむ。ディーゴ、でかした!これは素晴らしい特産品になるぞ‼」
「これは領主さまに献上するが構わんな?」
「それは明後日まで待ってもらえます?それはあくまで試作品なんで、もうちょっとマシなもん作りたいんですよ」
「ましなものとは、これからどう変わるのだ?」
「麦の匂いをなくすことができると思うんですよね、恐らく。それと作り方も紙に書いてまとめておきたいんで」
「そうか。わかった。明後日だな」
 代官は大きく頷くと去っていった。
「それにしてもディーゴさん、あなたという人は……脱穀機といい手押しポンプといい……まるで魔法の碾き臼のようなお人ですな」
「?」
 なんか前にも聞いたな、魔法の碾き臼って。
「こちらの民話の一つでしてな、願いを込めて臼を挽くと、粉の代わりに砂金が出てくる碾き臼というものがあるんです」
 ああ、打ち出の小槌みたいなもんか。もっとも、俺の場合は使いすぎるとネタ切れになるが。
「ちなみにディーゴさん、これも?」
「俺の故郷の先人の知恵、というやつです」
「……ふぅ、改めてディーゴさんの故郷の豊かさを実感しますよ」
 エレクィル爺さんがため息をついた。
「ほう、ディーゴさんの故郷というのはそんなに豊かだったのですか」
「ま、その話はまた後日にでも。領主さまに渡す水飴を改良せにゃなりませんので」
「おお、そうでしたな。ではディーゴさん、頑張ってくださいよ」
「わかりました。朝にはできてると思うので、適当な時間に来てください」
 俺の言葉にうなずくと、村長は去っていった。

 さて、そいじゃ改良品に取り掛かろうかね。
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