【魔力ゼロ】と嘲笑されて男爵家を追放された私。――実は、この偽りの世界を修復する『古代の究極魔法』を使える唯一の器でした。

ninjin

文字の大きさ
17 / 35

憎悪の変貌と影の軍勢

しおりを挟む
 表向きは完璧な紳士である執事クロノスが去った後、ギルバート・シュヴァルツ男爵は、その書斎で一時間以上大声で泣き続けた。

 ギルバートは、爵位こそ持つものの、領地経営は常に赤字。その原因は、後妻の贅沢な無駄遣い、親や親戚、兄弟の度重なる散財、そして何よりギルバート自身のやる気のなさと無能さにあった。赤字を埋めるために、彼は常に税収を上げ、領民の生活は極めて貧しかった。そのような男爵家が存続できていることは、誰の目から見ても不思議な謎であった。

 ギルバートが泣き叫ぶと、心配した従者が書斎に入って声を掛けたが、男爵は近くにあった書物や置物を従者に投げつけ、八つ当たりをして追い払った。妹のリリアだけが、父に駆け寄って声を掛けるが、ワンワンと泣きわめくギルバートをなだめることはできない。

 二時間泣き叫んだギルバートは、ようやく冷静さを取り戻した。泣き止んだ後の彼の顔は、肉がたるんだ間の抜けた顔であることに変わりはないが、その瞳は変わっていた。それまで宿っていた死んだようなやる気のなさは消え失せ、代わりに憎悪に満ちた卑しい目つきに変貌していた。

「アイツらのせいだ。アイツら(ハスクとリクト)が全てわるい」

 ギルバートは立ち上がると、屋敷にいる全ての従者、使用人を大広間に集め、ハスクとリクトの捜索を命じた。捜索が始まった一日目、二人は見つからない。夜にはギルバートの顔色は青白くなり、食欲は完全に失せていた。二日目にも二人は見つからなかった。ギルバートは精神的に疲労困憊し、頭の頂点にはいくつもの円形脱毛症ができていた。睡眠はほとんど取れず、自室でただ壁を見つめていた。

 焦燥と恐怖に駆られたギルバートは、恐ろしい手段に出た。彼は男爵家が統治する小さな町の住人の女子供を、従者たちに命じて強制的に屋敷へ連れて来させた。そして、男性陣を含む全ての住人に伝えた。

「二日以内にハスクとリクトを見つけ出すことができなければ、連れて来た女子供を火あぶりにする」

 男爵家の領内の全ての男たちが必死に捜索したが、二人は見つからなかった。約束の期日が過ぎ、ギルバートは迷うことなく、女子供たちを火あぶりにした。それは、クロノスへの恐怖に支配された、血に塗れた自衛行為だった。四日間も徒労に終わり、ギルバートの体は目に見えてやつれていた。彼はほとんど何も口にできず、そのだらしない体躯は、服がぶかぶかに見えるほどに萎んでいた。

 そして、ハスクとリクトが消えて五日目。絶望の淵に立たされたギルバートの前に、完璧な紳士の姿のまま執事クロノスが戻って来た。クロノスが書斎に入ったとき、ギルバートはまるで別人になっていた。以前の傲慢で無能な男ではなく、恐怖に魂をすり減らされた病人のようだった。

「ギルバート様。二人を発見できましたか」

 ギルバートは体が震えながら、か細い声で答えた。

「もう少し時間をください。必ずや見つけ出します」

 クロノスは、その哀れな姿を見ても表情一つ変えなかった。

「この状況では、残り二日では無理だな」

 クロノスはそう言うと、わずかに唇の端を吊り上げた。

「貴様に与えた猶予は一週間だ。だが、貴様の極限状態と、これまでの残虐な努力を考慮して、猶予を五日間伸ばしてやろう」

 ギルバートは一瞬、希望の光を見たかのように顔を上げたが、すぐにその光は消えた。彼に残された猶予は七日間。しかし、家族を殺された領民たちは、ギルバートに二度と協力はしないだろう。以前、絶望の淵に立たされているギルバートに、クロノスは静かにある秘策を与えるためにギルバートを屋敷の外へ連れ出した。

「無能な領民に頼る必要はない。伯爵様は、貴様のために専門家を用意された」

 クロノスは、控えていた二百名で構成された罪人の集団である【紅蓮の猟犬】をギルバートの前に引き出した。皆、黒ずんだ重厚な鎧を身に着けていた。その鎧には、至高の国アルスの紋章(金色の翼を持つ鋭角な剣)が刻まれていた。

 クロノスは、この紅蓮の猟犬をギルバートに預けた。罪人集団のリーダーであるバルカスが、ギルバートに向かって傲慢な笑みを浮かべた。

 バルカスは、一般的な人間を遥かに凌駕する筋骨隆々の巨躯を持ち、全身が分厚い筋肉の塊で構成されていた。顔にはこれまでの壮絶な犯罪歴を物語るかのように深い傷跡が複数走り、無精に伸び放題の髭とボサボサで毛玉になったような髪が、彼の野獣のような雰囲気を際立たせていた。

「俺はバルカス。俺たちは行方不明の二人を見つけることができれば、無罪放免となり、このお前の領地に住むことが約束された」

 ギルバートは震えながら問う。

「お前たちは本当に見つけ出すことができるのか」
「もちろんだ」

 バルカスはそう言い放つと、何の躊躇もなく、従えていた紅蓮の猟犬たちに命じた。罪人たちは剣を抜き、屋敷から出てギルバートの配下の領民を次々と殺害し始めた。

「どうだ、俺たちは容赦はしない。お前の配下の領民はいいこちゃんすぎるのだ。そして、この町は俺たちの新たな住処になる。軟弱者など必要ない」

 ギルバートはバルカスたちの残虐性に、恐怖と同時に大きな歓喜を覚えた。彼が持つ卑しい憎悪と欲望が、バルカスの残虐性によって満たされるのを感じた。

「どんな手を使っても良いから、二人を見つけ出してくれ!」

 ギルバートはバルカスに懇願した。

「もちろんだ」

 そのとき、クロノスがバルカスに最終的な命令を与えた。

「北にある大きな町へ向かえ。そこの住人を全て殺せ。お前達の恐ろしさをこの国に轟かせるのだ。そうすれば、隠れている二人は必ず姿を現すだろう」

 バルカスはクロノスに深く跪き、「御意」と答える。

 こうして、バルカスを長とする紅蓮の猟犬が、アルス国の戦士の身なりで無差別な虐殺を開始した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました

山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。 生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

緑の指を持つ娘

Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。 ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・ 俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。 第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。 ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。 疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

処理中です...