悪役令嬢と聖女をひとつの島に詰め込む話 ~生やされたくないので戦争をする~

U輔

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第1話 ギロチン令嬢「ヤンデレ親友に殺されてしまいましたの」

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 レイネの意識が覚醒したのは、鬱蒼とした森の中だった。

「……なんでやねん」

 思わず前世の言葉が方言を孕みつつ飛び出したとしても、レイネを責められるものなど誰もいない。
 何せ森だ。というかジャングルだ。人などいないし、いそうもない。
 あるのはキィキィというよくわからない生き物の鳴き声と、どこまでも続く大樹の連なり、そして不快指数の高い、温度と湿度を含んだ大気だけだった。

 レイネの体は若返っている。
 全盛期、というものが己の場合何歳なのかは諸説あるが、少なくとも節々の痛みや理由のないダルさというものとは無縁の時期だ。
 加えて言えば、この体は王立学院3年次の制服を纏っていた。つまりはゲーム主人公の前に、「悪役令嬢」としてレイネが現れた時期。
 すなわち、

「……18歳」

 レイネは確信した。
 己が、2度目の転生を果たしたことを。

 》

 レイネ・ドルキアンは悪役令嬢だったが、己の人生に極めて強い満足を感じていた。
 ひとえに努力の賜物である。

 ゲーム「さんぎょうかくめい!」は、レイネが前世でプレイしていた乙女ゲームだ。その中において、「レイネ・ドルキアン」は中盤で主人公の前に現れる悪役令嬢だった。
「パンがなければ……こいつを食らいなさい!」というキメ台詞と共にギロチンを背後から召喚する能力を持つレイネは、「王命」という至極まっとうな理論を振りかざし、庶民出身の主人公から、友達以上恋人未満状態の第一王子を奪い取ろうとしてくる。

 だが、ゲーム知識を持ってゲーム世界に転生した「レイネ」は、王子と結ばれても己は幸せにはなれない、ということを知っていた。加えて主人公と王子のカップリングは推しだった。ゆえにレイネは、自らの破滅を回避しつつ、ふたりの部屋の壁になる(比喩)ことを己の命題と定めた。

 レイネの前世における「さんぎょうかくめい!」の周回数は900を越える。だが、己の望む「無いルート」へと流れを誘導することは、困難を極めた。

 何しろ自分は悪役令嬢。本来レイネの結末は、ルートによって「没落」・「斬首」・「追放」・「ビームで領地ごと消滅」の4つに分かれることを彼女は知っていた。無論そのいずれも、バッドエンドと呼んで差し支えない。

 この中である程度マシなのは、命までは落とさずに済む「没落」または「追放」だ。しかしレイネは、それらのルートを辿る安全策をよしとしなかった。
 実家のコネ、そして転生知識で得た資金を最大限に用い、全てのバッドエンドを回避することに注力したのだ。

 そうしてレイネは主人公と王子の両方と懇意にしつつ、古代遺跡に眠る超古代機関戦士「マンダム」の復活を目論む実の父を断罪し、次代の英雄の1人に名を連ねることに成功したのだった。

 レイネは幸せだった。主人公と王子は無事結ばれ、ふたりの息子娘から「おばさま」と呼ばれて懐かれる。己はそこそこの家柄のそこそこのイケメンと結婚し、趣味に精を出しながら子育てに奔走する。

 過ぎた欲は身を滅ぼすことを肝に銘じながら、レイネは己の人生を歩み続け──。

 そうしてレイネは、齢90にして、天寿をまっとうしようとしていたのだった。

 》

 床に伏せたレイネの周りには家族の姿があった。

 先立たれた夫、助けられなかった妹たちの姿こそないものの、見えるのは最愛の息子と娘、その嫁と夫、孫、ひ孫たちの姿。
 ゲーム内の「レイネ・ドルキアン」は王子との結婚に拘り、己に平伏する下僕や従者を執拗に求めたが、きっとそこにはこれほどの幸せはなかったに違いない。

 ゲーム世界に転生、などという奇異な経験を経たレイネは、しかしこのまま閉じる己の人生に「次」があるとは考えていなかった。「前」の死因が病死だった、ということもあるが、今のレイネは自分の人生に満足がいっていたのだ。

 転生、という現象が、己の死を悔いる気持ちを汲んだ神様による気まぐれであるのなら──そうとも限らないが──、きっと己の人生はここで幕を閉じる。レイネにはその確信があった。

 人は死ぬ。そんな当然のことを今、レイネは完遂しようとしていた。

 だが、

「──!」

 大勢の人がレイラの最期を看取ろうと集まったその中、大音を響かせたものがあった。

 扉だ。英雄として名を馳せたレイラは清貧を望んだが、立場がそれを許してくれなかった。豪華絢爛。その4字こそ相応しい寝室の扉が不躾といっていい勢いで開かれ、その向こうには、

「クーさま……!?」

 それが誰の声だったのか、今際の際のレイラにはわからなかった。だが、扉の向こうに現れた来訪者が、70年来の親友──つまりはゲーム「さんぎょうかくめい!」の主人公──であることは、ベッドの上からでもわかった。

 わからなかったのは、

「──」

 レイラと70年のもの間苦楽を共にした親友が。

 まぎれもないこの国の先王妃が。

 ついでに言うと己の推しが。

 どうして、もはや寿命をまっとうしようとしている自分の胸に、ナイフを突き立てたのか、ということだった。

 》

 誰かが止める間もなくレイネの胸にナイフを突き立てた親友。その華奢な体がこちらから引き剥がされる寸前、レイネは確かに聞いた。

 鈴を転がすような、しかし相応に年齢を重ねた掠れ声が、

「——世界に名を馳せた『聖女』は、非業の死を遂げると楽園へ導かれると聞きます。だから——」

 しかし、その言葉を最後まで聞くことなく。

 レイラの意識は、手放すまでもなく闇に落ちた。

 》

 そうして、今だ。

 見覚えのないジャングル。若返った体。王立学院、3年次の制服。

 とりあえず確かめるべきは、

「……本当に18歳でしょうね?」

 もしもこの体が28歳とかでこの制服を着ているのであれば、レイネはその辺の葉っぱと蔦を加工して着替えるにやぶさかではなかった。だが、近くを流れていた小川に顔を映す限りその必要はなさそうで、レイネは安心のため息をついた。

 レイネは考える。

 己は死んだ。その確信がある。何故ならはっきりと覚えているからだ。
 ベッドの上で今まさに天寿をまっとうしようとしていたレイネの胸に、冷たいナイフの感触がぬるりと差し込まれてくるのを。

 レイネはうなだれる。

「……私はまた、寿命では死ぬことができませんでしたのねー……」

 レイネがなぜゲームの世界に転生したのか。それは解らないが、レイネの「前世」は病死によって生涯に幕を閉じた。それは明確な悔いだ。そのためレイネは、今度こそ健康のまま、天寿をまっとうして死ぬことを望んで生きてきたのだ。

 それが、最後の最期でこれである。
 レイネは殺された。
 しかもゲーム世界の主人公に、だ。「主人公」と「悪役令嬢」という構図から見るとそれ自体は正しいものであるのだが、彼女は70年を共に生きてきた親友だったのだ。

 なぜ。どうして。疑問は尽きない。
 だがこうして、レイネが3度目の生を得たのは事実だ。
 否。それはもういい。何せ転生は2回目だ。そこまではいい。だが、

「……異世界への転生ではなく、『レイネ・ドルキアン』のまま若返るというのは……どういうことですの?」

 転生、という事態を1度経験したレイネだが、転生先が割とフィクション薄めの乙女ゲーだったこともあり、そういったファンタジー現象とは無縁だったのだ。
 ギロチンはまあ、そういう個性であると解釈している。掌からケーキを出す令嬢もいれば口からトランプを出す令息もいたので、その延長線上、というわけだ。ある意味で手品みたいなものだろう。ちょっとレイネの場合が物騒だっただけで。

 レイネはつぶやいた。

「日本で死んで転生して、ゲーム世界で死んでまた転生して……なんだかまるで、そういう種類の地獄みたいですのね」

 とはいえ、地獄にしては現実感がありすぎる気もする。
 汗が染みて肌に張り付く制服の不快感は、紛れもなく本物だ。もしもここが地獄であるなら、もう少しそれっぽい罰があってもいいはずだろう。例えば、

「釜茹でとか……針山とか……」

 ややボキャ貧な感の否めない己の想像に嫌気が差しながら、レイネは歩き始めた。特に目的はなく、とりあえず、という行動だった。

 目の前にあった大樹の根を超え、その先で、

「……」

 目が合った。

 巨大なドラゴンだった。

 》

 レイネは前世でも転生先でもオタクだった。
 ゲームは嗜むしアニメも漫画も好んだ。転生先にそういうものはなかったが、なので作った。同人草紙とでも言うべきものを同好の志と一緒につくり、嗜んだのだ。

 何を隠そう転生先で「神」と呼ばれた同人作家、「マリー・わんころネッコ」は己だ。特に30~40歳の頃は精力的に活動に勤しんだ。今思うとずいぶんと無茶もした。7徹もした。引退を発表したときには主な顧客層である貴族界が揺れに揺れ、王国の経済が若干傾いたほどだった。マジで傾いたので王子に身バレした。

 つまりは、レイネはドラゴンという存在を、フィクション越しにではあるが知っていた。

 最強種。巨大なトカゲ。火を吐く、空を飛ぶ、人語を話す。
 習性も逸話も色々あるが、前世・今世問わず共通しているのは、これが「人に恐れられる存在である」ということだ。

 なぜ恐れられるのか。それはただ、この存在が「強い」という単純明快な特徴を有しているからに他ならない。

 竜がこちらを見ている。見上げるような大きさだ。体高だけで5メートルはあるだろう。体長ではない。体高が、だ。

 その前足が一瞬、ず、と地面を擦り、

「————————!!!」

 大口からの咆哮が、レイネの体を貫いた。

 》

 それが単なる威嚇である、という事実に、レイネは身震いをした。

 風がある。熱がある。吐息には衝撃が伴っており、レイネの体を殴打する。
 一瞬でも気を抜けば、この体は枯葉のように宙を舞うことになるだろう。

 吹き飛ばされそうになるそれらに耐えながらも、レイネは思う。

 ……間違いなくここは、「前世」でも「今世」でもない、第3の「異世界」……!

 根拠はある。竜がいることだ。

 ならば、 

「……やっぱりここ、地獄ですの!?」

 前世知識で歴史を変え、己の思い描くままに人を操り、身内を断罪し、その挙句助けたかった大事なものをこそ取りこぼした。

 己への罰。

 そう、レイネが予感を確信に変えようとしたときだった。

「……下がれ!」

 声がした。
 次の瞬間、

「!」

 空から降ってきた「何か」が竜へと衝突し、その巨体を地面へと縫いつけた。

 》

 女性らしくありながら凛々しさを含むアルトボイス。銀色に輝く絹糸のような髪。纏うのは舞台衣装かと思うほどのわざとらしい騎士服。

 空から降ってきて、鞘入りの剣を一閃して竜を打ちつけた少女は、レイネの目の前に降り立った。

 背はレイネの肩口ほど。「地球」の基準で考えるなら栄養失調を疑うほどに細っこい。こちらを見上げる眼光は髪と同じ銀色で、アーモンド型の吊り目はキツさよりも可愛らしさを強く引き立てている。

 竜を殴り倒した少女が言った。

「……どうしてこんなところに学生が居る?」

 どうして、というならそれはこちらの台詞なのだが、とレイネは思った。
 しかし反論したところで、何がどうなるわけでもない。何よりレイネは、「悪役令嬢」が迎える悲惨な末路を避けるため、初対面の相手には丁重に接するものと決めていた。

「……ごきげんよう。私の名前はレイネ・ドルキアン。……念のため聞くのですけれど、ここ、デスカーナ王国の敷地ではありませんのよね?」
「何? ……君、異世界人か」
「え?」

 異世界。確かにレイネは「そういうもの」があるという現実を知っているし、「竜」という存在を説明するにはそのくらいの世界観が必要だ。

 だが、初対面の相手が、今の短い会話だけでそのことを察するとなると、

「あなたもどこか、別の異世界から来た方ですの?」
「その質問に答える前に、君に確認しなければならないことがある。……心して答えろ。場合によっては……」

 そう言ってレイネに対して身構えをつくる少女。レイネは、彼女の手の先に淡い光が宿り始めているのに気がついた。

 普通の人間の体にそのような現象が発するという常識は、地球はもちろん、「さんぎょうかくめい!」の世界にもなかった。探せば掌から蛍か何か出す令嬢もいたのかも知れないが、これはたぶんそういう類のことではないだろう。

 であるならば、残った可能性は、

「それはまさか……指先にペンライトか何かインプラントしていらっしゃる……?」
「オタ芸が捗りそうで結構だがそうではない。『衝撃』の初級魔法だ。これでも竜を殴り倒すくらいの威力はある。殺せないまでもな。……質問はこうだ」

 言う。

「君は、『悪役令嬢』か。『聖女』か。……私に嘘は通じないぞ? 心して答えろ」

 》

 ドラゴンを倒し、「魔法」とやらを扱う少女は、しかしレイネに対し誰何を問う前に「悪役令嬢」か「聖女」かを問うた。

「ええ、と……」

 レイネは困惑した。

「嘘やごまかしはやめておくんだな。君の言葉遣いでわかる。君は転生者で、『誰か』の人生を送ったあとにここに送られてきた。何故わかるかって? ここがそういう世界で、ここにはそういう人物が送られてくるからだ」

 まあそんな気はしていた。だが、

「そんな、言葉遣いだけで相手のジャンルまで当てられます?」
「は。私を誰だと思っている」
「知りませんけど」
「私の転生先、ゲーム『ギャラクシー羅生門』を私は45周ほどプレイした。攻略人数は7人。推しが攻略対象外だったものでな、スチルの回収が終わった後もワンチャン目指してあらゆるルートを探索しつくした」
「へえ」

 レイネは空返事を返した。そうせざるを得なかったからだ。

「そんな私が言うのだから間違いない。君の言葉遣いは『悪役令嬢』か『聖女』のどちらかだ」
「モブ令嬢とか継承権低めの王女とかのパターンありません?」
「それはない。君の言葉遣いからは極めて高位のゲーム貴族特有の『お嬢感』が散見される。己から進んで『役割』に没入した証拠……さては転生が遅かったな? 出生時から意識があった場合、もっと『ゲーム感』が薄れるからな」
「プロがいますね……」

 そこまで言われたならもうしょうがない。レイネはおとなしく質問に答えることにした。

「私は……『悪役令嬢』です。王子を寝取るタイプの」
「そうか。何か証拠はあるか?」
「痛くないのに音の大きくなるムチの打ち方を知っています」
「間違いなさそうだな」

 そんなんでいいのだろうか。実のところこれは地球の知識なのだが。
 だが事実として、少女は矛を納めてくれるようだった。その掌に集まっていた光は、少女が構えを解くのと同時に霧散した。

 少女が言う。

「許せ。少し事情があってな。神経質になっている」
「いえ、初対面の人間にそうなるのは理解できますの。……それよりちょっと気になるのは」
「解っている。どうして『悪役令嬢』か『聖女』かを問うたのか、だな」

 まあ気になることはそれだけではないのだが。

 少女が言った。

「ここは……この島では、今、戦争をしている。……『悪役令嬢軍』と『聖女軍』でな」

 聞かなきゃよかったかな、とレイネは思った。

 》

 その瞬間、レイネは思い出した。

 前世。地球でのことではない。ゲーム「さんぎょうかくめい!」の世界での、最後の一幕。己を刺し殺した、親友の言葉だ。

 ……非業の死を遂げた「聖女」が導かれる楽園……。

 ここがそうなのだろうか? と思い、だがレイネはその可能性を即座に否定した。

 己は、悪役令嬢なのだから。
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