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第3話 銀河令嬢「魔法が効かないだと!?」/ギロチン令嬢「倒してしまっても構いませんの?」

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 城壁を伝って空へ登ったグーラは、そこで見えた景色に息を呑んだ。

 ……多いな!

 大型で40超、小型は数えるのも嫌になる。
 幸い、過半数は本来通りのもふもふドラゴンやらもふもふユニコーンやらのようで、かの「昆虫聖女」の使役体は10かそこらに留まるようだ。
 襲撃の規模としては上の下のいったところだろうか。
 これ以上となるとほとんど全軍での進撃であるため、使役する聖女たちのほうが嫌がると聞いた事がある。

 グーラは空中に「安定」の魔法で足場を作り続ける傍ら、鞘に入ったままの剣を振り、とりあえず近場にいた羽付きカピバラのような生き物を叩き落とした。
 聖女の使役体は大体が頑丈で、たとえ死んだとしても術者のもとにリポップする。
 ゆえに殺すのではなく、こうして壁内の居住区画あたりにおとしてやるのが1番だ。
 すると眼下から、

「ちょっとみなさま! もふもふが、もふもふが落ちてきましたのよ!」
「羽つきの……なんですのあれ! カピバラ! カピバラですわ! 聖女軍め、あのようなものを日常的にモフッていらっしゃるとは、なんて羨ましい! みなさま猫じゃらしは持ちまして!?」

 猫じゃらしはカピバラに効くのだろうか。いや、羽の生えたカピバラをカピバラと呼んでいいのかはわからないが。

「ちょっとみなさまステイ! ステイですわ! これはあくまでグーラさまの獲物! お許しを賜りませんと!」

 それを聞いたグーラは、2匹目と3匹目と4匹目を別の場所に落としながら叫ぶ。

「好きにしろ!」
「ん?」
「ん?」
「今なんでもって」
「いや言ってねえですわよ! ていうかテンプレかましてる場合じゃありませんわ!」

 うおお、と黄色いのか野太いのかよくわからない歓声を上げながら、令嬢たちがカピバラをモフりに行った。

 こうなればもう、カピバラは術者のもとには戻れない。無論、強制送還は可能であるはずだが、それには対象生物の同意が必要だ。これからカピバラはストレスを与えないよう丁重にモフられつつ、最大限甘やかされながら食べ物と水に困らない生活を強いられることになる。
 場合にもよるが、送還成功率は3割といったところだ。

 見れば、城壁の上あるいは空中に飛び出してきた戦闘系の令嬢たちが、グーラと同じように小型のもふもふたちを叩き落とし始めていた。
 だが無論、もふもふたちもやられてばかりではない。
 グーラの反対側で戦っていた一団が声をあげた。

「散ってくださいみなさん!『散華』の魔法です!」

 グーラが見ると、その周囲、羽の生えたカピバラや犬猫、ワニやタコ、小型の幻獣種など数十匹が、円陣を組むように隊列を変えつつある。
 周囲の令嬢たちが数匹を落とすが、数瞬のうちに円陣は完成し、

「!」

 およそ50ほどの小型動物たちが、それぞれを中心とする魔法陣を展開。組み合わさったそれらが直下へと生じる大火を生み出し、悪役令嬢軍の陣地を襲った。

「キャア!」

 直前の警告があったのだ。人的被害はないと思いたいが、それでも建物が焼け落ちる音と悲鳴は多重になって響いた。

「2発目、打たせないでください!」
「いや、それより……!」

 令嬢軍陣地へと散発的に攻撃を仕掛けていた大型──ドラゴンやユニコーン、昆虫など──が、一斉に高空へと舞い上がった。
 誰かの声が、

「攻撃の準備だ! やらせるな!」

 悲壮を伴って叫ぶ。
 即応できたのはグーラだけだった。

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 グーラは「安定」の魔法を連続使用し、階段を昇るように空を行く。

 ゲーム世界で2年の修行期間を経て冒険者になったグーラは、八面六臂の大活躍をした。
 そもそも「魔法」は、「ザ・ギャラクシー羅生門」の世界において、貴族のみが有する秘匿技術であったのだ。
 それを理論立てて解明し、人々の生活に根付いた「日常魔法」として確立したのがグーラである。
 つまりグーラの得意魔法は、人を殺したり戦争を有利にする魔法ではなく、もっと身近なものとして進化していったもの。そして今、それらは逆にグーラの強さの根幹になっている。

 誰よりも早く空を駆け上ったグーラは、大型もふもふ部隊たちよりもはるか上空へと至り、眼下を見下ろした。すると、他の令嬢たちもそれぞれに大型への対処を初めたところだった。
 植物の蔦をドラゴンにけしかけているのは、没落する家を出て農業を始めた悪役令嬢だ。
 飛行型のゴーレムを駆るのは、錬金術師の家系に生まれた悪役令嬢。主人公より先に賢者の石を開発したらなんか懐かれてレズに目覚めた。あ、こっち見た。なんだそのウインクは。
 そして、冒険者として数多の日常魔法を開発したグーラは、

「……昆虫型、最低でも3匹は持っていくぞ!」

 昆虫型はモフれないので(正確にはモフれる性癖を持った令嬢がいないので)、殺して送還する以外に方法がない。

 右手の指を下に振り、

「『火炎』」

 続けて、左手の指を上へ向ける。

「『紫電』」

 今度は右手をぐっと握り込む。指は崩したが「火炎」の制御は続けたまま、

「『氷結』」

 最後に左掌を前へ突き出し、

「『波濤』」

 全て、開発後100年に渡り庶民の日常を豊かにし続けた優秀な日常魔法だ。
 だがそのリミッターを外す術を持つグーラにとって、これらは人を守る──あるいは人を害す──戦いの手段に他ならない。
 4属性の魔法が、瀑布の勢いで使役体たちに迫っていく。
 炸裂する。たが次の瞬間、

「な……!」

 その全てが、命中と同時に霧散した。

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 その様子を見ていた悪役令嬢軍の陣地、そして戦闘中だった全ての令嬢たちから、声が上がった。

「よくあるヤツだ……!」

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 グーラは思う。

 発想としては存在していた。あるいは「魔法を打ち返す魔法」ならば存在していた。
 反魔法物質。あるいはアンチマジックシールド。呼び方は色々あるだろうが、要はそれだ。

 だが、これまで「それ」を根幹に据えた戦術は存在していなかった。
 錬金系の令嬢が少なかったのもあるが、そういう「世界観」から来た令嬢がいなかったからだ。
 つまりこれは、そういう「世界観」から来た「聖女」が、向こうの戦力に加わった、ということだろう。

 対策を練るのは簡単だ。実際、下にいる植物やゴーレムの攻撃は通じている。魔法以外の攻撃は通じる。よくある話だ。対処はできる。間違いなく。
 だが、数の有利で攻めてくるこれら相手に、「魔法」という手段が封じられるダメージは計り知れず、それに何より、

「今はまずい……!」

 戦術上、グーラが空へ上がってきた時点で、範囲攻撃はほぼほぼグーラの役割になってしまっていた。
 実際、ゴーレム令嬢の切り札には日本軍の戦闘機を模した色々があったりするが、今回は温存してしまっている。
 今からの出撃は可能だろうが、

「攻撃、来ます! 大型の同時攻撃、およそ35……!」

 未だかつてない規模。
 最終的には勝てるだろうが、この攻撃で陣地は焼かれる。被害も出る。
 そしてそれらを最も安全な位置から見る羽目になるのが、空中へと躍り出ていたグーラだった。

 グーラは叫ぶ。悲痛が滲み出ているなと、そう自覚できる面持ちで、

「皆、逃げ……!」

 次の瞬間だった。

「──」

 突如として、巨大なギロチンの刃が宙に数百の規模で出現した。

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 グーラの魔法がかき消される少し前、レイネは陣地中心部にある、四角い石材で構築された不思議な建物の上に登っていた。
 レイネには魔法も不思議な薬もないので、無論、自力でだ。
 己は生粋の貴族ではあるが、木登りは「おもしれー女」の必須項目である。そのため、高感度稼ぎとして最低限程度は嗜んでいた。問題はない。

 もっとも、下からは先の屈強令嬢たちが、

「お嬢さん! いきなりそんな高いとこ登って、『強化』の魔法も筋肉もないのに無茶ですぜ!」
「そうですぜお嬢さん! 世界観的に戦闘手段のない悪役令嬢は、後天的に筋肉を鍛えたり魔法を覚えたり筋肉を育てたりするもんです!」
「まずは筋トレを! 筋トレを!」

 なんだか独特の宗教感を押し付けに来ているが、レイネは気にせず上を見る。
 もふもふの数は大型で35。小型で無数。あれら全て、「聖女軍」と呼ばれる一派によってけしかけられたものであるとのことだ。

 ……正直、いまだ状況はわかりませんが……。

 悪役令嬢軍。聖女軍。なぜ戦っているのか。どちらが悪か正義か。この世界はなんかのか。
 疑問は尽きない。だが、

 ……妹やあの子たちが、もしも「ここ」にいるのなら……!

 その居場所がどこであるにせよ、レイネの力は目立つはずだ。
 ギロチン召還のギフト。戦うための力ではないがゆえの、イレギュラー。
 この力は、一歩違えば際限なく人を傷つける。だからレイネは「前」の世界でも出来うる限りこの力を使うまいと心を砕いた。

 だが、

「──まあ人間じゃないならオッケーですの」

 次の瞬間、上空の影と同数、否、正確にそれを2倍した数のギロチンが、無数の使役体の前後に出現し、

「──」

 音を立てて閉じた。

 上空に存在していた全てのもふもふたちが、首と胴体を切り離される憂き目にあった。

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 レイラは正座をさせられていた。

「なんだあれは」

 仁王立ちでレイラを問い詰めるのは、レイラと比べれば小柄な体から信じられないような圧を放つグーラだった。

 ……ギロチンですけど?

 そう言って納得されないのは明白だったので、レイネは内心で頭を抱えた。
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