29 / 32
第29話 トワイライト・レイド
しおりを挟む》
俺は、過去の俺に対して剣を振るう。
無心になって剣を振るう。
いくつもの剣閃が木刀に叩き込まれるが、しかしそれをもつ相手は怯まない。
インパクトをのタイミングをズラし、俺の剣に対応をする。
コンパクトに立ち回り、俺の動きを制限する。
それは言うなれば、こちらの手数を相手の技術が上回っていくような相対だった。
無論のこと、体のサイズではこちらの方が上だ。
しかし力での圧倒が通じない以上、足を運ぶ速度では過去の俺が上回り、結果として俺は決定打を叩き込めずにいた。
剣風の中、俺は言う。
「上手いな。さすがだ」
「そっちこそ、最近の大人にしてはなかなか。だけど」
過去の俺は不敵に笑い、それから床を強く蹴ってこちらから距離をとった。
「『閃雷』」
その呟きと同時、少年の木刀とは逆の指先に紫電が生じる。
一瞬、目をつぶすような光が道場内に満ち、術式由来の放電現象が電速で俺の体を貫いた。
「殺す、とか言い出す不審者さんに遠慮はいりませんよね!」
そう言った過去の俺の声は、その時すでに俺の直近にまで迫っていた。
具体的には、俺の右後ろ。放った紫電を追いかけ、あるいは追い抜き、そのまま俺の死角へと回ったような格好だろう。
放電により体を貫かれた俺に、回避の術はない。
最低限の魔力消費で最大限の効果を狙う、よくも悪くも容赦のない戦法だった。
だが、剣術ならまだしも「それ」だったら俺にだって造詣はある。
「『閃雷』」
右へと流し見る視線の先、木刀を振り切らんとしていた過去の俺の顔が驚愕に染まった。
溢れるような光が、俺の体から出でて道場内を満たした。
》
光が収まったあと、こちらの剣の間合いに過去の俺はいなかった。
ただ、道場の板張りの床と壁に、俺を中心とした放射状の焦げ跡がついている。
あくまで目潰しのために撃ったものなので、威力としては期待していない。
だが目算よりもやや広範囲に流れた紫電の痕跡を見て、俺はふう、とため息をついた。
「なまっているな。久々にしては上々だが」
そう言いながら左手を開閉する俺を見て、数メートル前方に着地した過去の俺が言った。
「……何ものですか本当に。近接系かと思いきや魔術式までおさめているなんて」
「別に。珍しいものでもないだろう」
そう言って俺は、また左の指先に紫電を巡らせる。
「これくらいの術師、最前線にはゴロゴロいるぞ。まあ……子供の君が知らないのも、無理はないが」
それを聞いた過去の俺は、見るからに不機嫌そうな感情で顔を染めた。
「……煽ってるつもりでしたら、残念ですね。知ってるんですよそれくらい。大体、俺が使えるのが魔術式だけだなんて勘違いしてもらっちゃ困るんですけど」
そう言って過去の俺は、木刀の剣先で空中をなぞり、そこに直径一メートルほどの赤色をした光陣を描き連ねていく。
「どうですか。俺の家には優秀な呪言使いの方も多数出入りしてましてね。俺には才能があるんだそうです。知ってますか? この陣は」
「知っている」
そう言って俺は、たった今過去の俺が描いたものと同じ赤の光陣を宙に描き、それを正面に設置した。
過去の俺が描いた陣とこちらの陣が、ぴたりと顔を突き合わせるようにして相対する。
「陣式呪言の良いところは、発動のタイミングや効果の重複を時間をかけて設定できるところだ。そんな単一効果の陣をこれ見よがしに描いても、期待するような効果は得られない」
ああ、それとも、
「そんなことも知らなかったのかな。だとしたら悪いことを言った。今度その出入りする呪言使いとやらに教えを請うといい」
俺の陣を見てまたも驚愕の表情を浮かべた少年は、しかしそれでも不遜な態度を崩そうとしなかった。
「……減らず口を! 大体ですね、どれだけ精度の高い陣を構築できても、その威力の多寡は注いだ魔力量によるでしょう!」
だったら、と過去の俺は言う。
「たとえそれが世界一の呪言使いによるものだろうと! 俺の陣が誰かのものに引けを取るはずがない……!」
そう言葉を落としたなり、過去の俺の前にある光陣が回転を始めた。
それに伴い、俺もまた自らの側にある陣に起動の命令を送る。
「確かに、魔力量、というのであれば『今の俺』は少し不利か。だがな少年」
俺は言った。
「結局、どっちが強いか、だろう。御託が多いんだよ、君は」
俺はその発言がかなり自分にも刺さっていることを自覚しながら、陣を起動した。
両者の陣が共に蒼炎を放ち、それが道場の中央で拮抗した。
》
蒼炎が道場の中央で弾け、熱波が波のように周囲一帯を包んだ。
だが俺は油断なく感じとる。
正面、炎が弾けた位置の向こうには、すでに過去の俺の姿はない。
左。
それこそ紫電のような速度で、過去の俺が木刀を握ったまま突っ掛けに来ていた。
振り下ろされる木刀を俺は、「ミカヅチ」の剣身で受け止める。
その受け太刀の際、俺は「ミカヅチ」の力を一瞬だけ解放した。
光の量こそが攻撃力であるこの剣だ。一瞬ではその真価には到底足りないが、
……どうだ?
瞬間的な光の解放は、瞬間的にだけ刃を光の分だけ伸張した。
その切れ味は無論、「虹」の名が示す通りの折り紙付きだ。
少年が無策であれば、振り下ろした木刀は勢いを一切落とさないまま輪切りにされてしまうだろう。
だが少年の木刀は輪切りにはならなかった。
こちらの剣と木刀がぶつかるその間際、まるで俺が力を解放するのをわかっていたかのように、少年の体が下へと沈んだからだ。
するり、という音が聞こえたようだった。
こちらより一回り小さいその体が、俺の剣の下を通り、俺の体の左脇を抜け、木刀を手にしたままの戦闘態勢がそっくりそのまま背後へと回った。
……なにそれ……。
何かと言えば昔の俺である。大人を相手どり、なおも無敗で、ありとあらゆる剣術と戦種をスポンジのように吸収していた当時の俺である。
それにしてもこんな動き俺のレパートリーにあっただろうか。いや、実際にあったのだからこの「過去」にそれが再現されているのだろうが、それにしたってこれはちょっとすごいな。
俺は体勢を崩しながらも咄嗟に体を振り向かせ、半ば反射任せに「ミカヅチ」を振り上げた。
運よくそれは予測とぴたり同じ位置で少年の木刀を捉え、二本の剣ががぶつかり合って互いを弾いた。
それに伴い、俺と少年の剣を持つ手が共に一瞬だけ緩む。
その間隙をつくようにして、少年の口が動いた。
「『あぎと』」
少年の背後に音式呪言由来の「もや」が煙のように生じ、それが次の瞬間に狼の牙になった。
「『ふぶき』」
だが、俺の音式呪言が生んだ轟風が牙を一瞬だけ押し留め、その合間を縫って俺は少年の懐に潜り込む。
「『閃雷』」
俺が放った魔術式の紫電が音を立てて突っ走った。
「……っ、『神の盾』!」
少年が唱えた神聖術理が、目に見えないフィールドを形成して走る紫電を弾き飛ばした。
俺はそれに構わず、剣を下から上へと振り抜いた。
少年の「盾」が衝撃に耐えきれず粉々に砕け、俺が放った切っ先が少年の顎先を掠めた。
しかし、
「『轟雷』!」
負った傷を気にもとめず、少年は先のものより高ランクの術式を撃ち放つ。
落雷のような音が鳴ったなり、俺の手にあった「ミカヅチ」が衝撃に耐えかねて宙を舞う。
少年が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それを見た俺は、自由になった両手を胸元で組み合わせる。
それを見た少年が目を見開いた。
俺の両手が、その指先を花弁に見立てたかのように薄く花開かれていく。
両掌が合わさり、体を巡って集まった闘気が一瞬、そこに熱のこもった光として灯り、
「『竜舌蘭』」
容赦のない両掌による掌底が、少年の薄い胴体に吸い込まれた。
》
ごほ、と息を落とした少年は、しかし揺れる足元の不確かさに構わず立ち上がった。
苦しそうに歪む口端からは血が一筋こぼれ、「竜舌蘭」を受けた上半身に纏う服はもはやボロ切れのようになっている。
過去の俺が言った。
「……どう、して! 俺は強いのに、どうして、こんな……」
こんな、
「負け、……っ、く! なんで! どうして……!」
もはや自分でも何が言いたいかわかっていないのだろう。
揺れる足元にどうにかして力を込めながら、しかし本能が意識を手放しそうになるのを堪えられない、といった様子だ。
俺は言った。
「……期待はずれだったな」
「何……!?」
過去の俺が今の俺を睨みつけてくる。
「全盛期、よりは少し前か。だが、今の俺よりは確実に強い俺。剣術に優れた俺。体術に優れた俺。魔力に優れた俺。勝てたのは……」
うん。
「偶然か」
「偶然……!?」
それを聞いた過去の俺が気色ばむ。
「偶然、って言うんですか、今の結果を……! 俺があなたみたいな才能のない大人に! 何の理由もなく! 負けたって言うんですか!」
「才能、か」
俺は目の前でふらふらになる少年に向かい、指をさした。
「……何、を」
「少年」
俺は言った。
「近い将来、君は深い挫折を味わうことになる。ここで俺に負けた君ならまだマシだが、その挫折に行き着くのは『負けたことのない君』だ。その時に味わう屈辱と後悔は、今の比ではない」
「……俺は、負けない」
「勝ち負けではない。言っただろう、君が味わうのは『挫折』だ。どうだ? 想像できるか?」
そう、言い含めるようにして語りかけてやると、やがて少年は俺を睨みつけるのをやめた。
長く、深呼吸をするように息を整えながら、少年らしい輝きの灯った視線が俺の目を貫いてきた。
「……俺も、そうできたらよかったんだがな」
そう言った瞬間、俺の周囲にあった道場の壁が、音もなく崩れ始めた。
否。崩れるのは壁だけではない。その向こうにあるはずの外の景色を含めた「この世界」──つまりは、魔獣が作り出した「過去」そのものだ。
今わかった。
あの大魔獣の「食事」はきっと、相手の精神に介入し、そこに再生される「過去」を観測することで成立する。
それを防ぐには今俺がやったように、再生される「過去」を何かしらの手段で阻害し、実際にあった出来事とは異なる流れを作り出せば良い。
ここにいる「過去の俺」は今、俺に対して負けを認めた。だからこの世界は、魔獣の能力から離れて崩壊を始めたのだ。
だがきっと、それは言うほど易いことではない。
だって魔獣は美味い飯が食いたいだろう。
過去を阻害しろ、と言ったって、簡単に「そう」されるような甘いものではないはずだ、この能力は。
今俺が「そう」できたのは、さっき言ったように偶然の産物か。
それとも、
「時期がよかったかな。あの時の俺は強くはあったが……」
だが、
「あの時の俺には。お前がいなかった」
そう言葉を落としたのを最後に、俺の意識は闇の中に沈んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる