神代永遠とその周辺

7番目のイギー

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#19 永遠と庸子と広大 ―私史上初―

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 午前の授業が終わって、やっとお昼休み。いわゆる『昼食』の時間。

 周りを見渡せば、あるグループは机を寄せお弁当を広げ、あるグループは急ぎ足で購買へと、慌ただしく動き始める。
 それを横目で見ながら私はいつもの通り、慌てず騒がずバックパックからお弁当と水筒を取り出した。ズシっと重たいお弁当箱が主張する。
 私のお弁当箱はちょっとだけ大きい。体が大きいからか、このくらいないと満たされないのだ。というか、他の女子のお弁当箱、なんであんなに小さいのか不思議でならない。まぁダイエットとか色々諸事情があるんだろうけど、それにしたって小さすぎないかな?

 今日はコーちゃんと食べる約束をしている。いつもの中庭で先に場所を確保してくれてるはずだから、待たせるのも悪いので足早に教室を出ようと――

神代かみしろさん、これからお昼?」

 穏やかな笑顔を浮かべた中見なかみさんが目前にいた。私、急いでるんだけど……どうしよう。

「う、うん、中庭で食べようかなって……」
「私もお弁当なんだけど、一緒に……いいかな?」

 えっと。私、コーちゃん以外と一緒にお昼した経験がないんですが。別に断る理由はないんだけど、コーちゃんがいいって言うかな。

「あの……私、隣のクラスのコー……茶渡さわたり君と約束してて」
「あ、茶渡君も一緒なんだ。それならたぶん大丈夫だと思うよ」
「……え? な、なんで?」

 たぶんすごく無数なハテナを頭上に踊らせる私に、あぁそっかと得心したらしき中見さん。

「私と茶渡君、一年の時、クラス一緒だったの。クラス委員も一緒だったし、そこそこ、というか結構面識あるから。大丈夫だよ、茶渡君なら」
「そ、そうなんだ」

 そういえば一年の二学期、クラス委員やってたって言ってたなコーちゃん。まぁ確かに中見さんの言う通り、一人増えたところでとやかく言うような人じゃないしね。

「そういえば茶渡君と神代さんって仲良いよね?」
「えっと……小学校からの幼なじみで」
「へえぇ、そうなんだ。で、二人はその……不躾かもだけど、どういう関係?」

 もしかして、私とコーちゃんが付き合ってるって思ってる? 
 ……ってあれ? もしかして中見さん、コーちゃんのこと好きだったり? ……しないか。

「……ただの幼馴染で、仲のいい男子の友達だよ」
「そっか。もし二人が付き合ってるなら、邪魔しちゃ悪いかなって思ったの。変なこと聞いてごめんね」

 さすがクラス委員、こういった小さな気遣いができるからこそ皆んなにんだね。でも、あの時、ちょっと嫌そうな顔してたような気もしたんだけど……。だから、という訳じゃないんだけど、私が手伝えること――例えば職員室までクラスメイト全員のノートを届けたりとか――は手伝うようにしてる。どう考えても重そうなんだもん。

「一応茶渡君にはメッセ送ってみるね」

 普段『茶渡君』なんて呼ばないから、なんだか知らない人のこと話してるみたいでこそばゆい。ササッとメッセを飛ばすと【いつでも来いやー!】って秒で返ってきた。

「茶渡君だいじょぶだって。じゃあ中見さん、いこっか」
「うん! ……ふふ、なんか楽しみ」

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

 中庭でコーちゃんと合流した私たちは、さっそく各々持参のお弁当を広げる。

 相変わらずコーちゃんのお弁当デカい。この大きな体に相応しい巨大なお弁当箱。そんな大きいのどこで売ってるんだろう。
 一方、中見さんのお弁当は、いわゆる女子っぽいこじんまりとした可愛い花が幾つもプリントされたお弁当箱。そして私といえば、彼女の1.2倍はある女子っぽくないネイビーブルーに染まるお弁当箱。

 それぞれお互いのおかずを交換しながら、私史上初の『高校で三人以上で食べるお昼ご飯』は、コーちゃんの余計な一言から始まる。

永遠とわが俺以外と昼飯食うなんて珍しいな。いや、初めてか?」
「そうかも。コー……茶渡君以外とは、初めて、かな」
「ってか『茶渡君』とか不気味なんだけど」
「コーちゃんうるさい……あ」
「……ふふっ」

 ほら、中見さんに笑われちゃったじゃないか。ついコーちゃんって呼んじゃったし。

「中見、なんか俺おかしなこと言ってるか?」
「いいえ。ちっとも。神代さん、茶渡君のこと『コーちゃん』って呼んでるんだ。本当に仲良しなんだね」
「い、いやそれ「おう! 俺と永遠はずっと仲良しだからな! あとツナもな」ってコーちゃん!?」
「ツナ?」

 また余計なこと言って。中見さん困ってるじゃん。いきなりツナのこと言っても分からないってば。

「えっとね、ツナっていうのは私の友達「ツナは俺の彼女な!」で、って、えぇぇぇ!」
「……っぷ、ぷぷぷ……」

 なんかすごいウケてるんですけど中見さん。そんなにおかしかった? というか中見さん、普段がどっちかというと凛とした佇まいだから、こんなふうに笑うなんて意外。いや、これは私の勝手なイメージだ。私、中見さんのこと『綺麗で人望あるクラス委員』ってこと以外何も知らないんだから、決めつけはダメだね。

 中見さんは箸で摘んだ卵焼きをプルプル震わせながら、

「……笑ってごめんね。悪気はないの。そんなに慌てる神代さん、初めて見たから」
「そうか? まぁ永遠は学校じゃ大人しいけど、俺ら三人の時はこんな感じなんだけどな」
「っ! も、もう! コーちゃん! ってなんで写真撮ってるの!?」
「いや、永遠に友達が出来たからツナに教えてやろうと思って」
「「友達!?」」

 え、違うの? って言いながらすでに画像、ツナに送っちゃったし。

「私と中見さんはその……クラスメイト「神代さん!」はいぃっ!?」
「……神代さん。ここからは真面目な話ね。私、神代さんに興味があるって言ったと思うんだけど」

 急にそれまで笑っていた中見さんは私に真剣な表情を向けた。横にはあっという間にお弁当を平らげてお腹をポンポンするコーちゃん。中見さんこんなに真剣な顔なのに、コーちゃん緊張感なさすぎ。

「うん……言ってたね」
「私……その……」

 中見さんは、何か言いかけて、そして少し口元が滞る。ここで私は彼女の言葉を、少しだけ早くなった鼓動と共に待ち受ける。

 どれだけ待ったのか。いや、そこまで待っていない。ただ私たちの時間だけがゆっくり流れているだけ。そしてようやく、彼女の口元が堰を切った。

「か、神代さんとお友達になりたいの!」

 っ! 友達!? 興味があるってそういうことだったのか……。こんなこと面と向かってズバッと言われたのツナ以来だよ。でも、彼女なりに覚悟を決めて、真剣に伝えてくれたのは私にもよくわかる。わかるけど……。

「……」

 どう応えたらいい? 断りたい? ……ううん、違う。私、中見さんの真っ直ぐな言葉に躊躇ってるだけなんだ、私なんかでいいのかなって。だから私も彼女同様に言い淀むしか出来なかった。

 そんな私を察してか、それまで静観を決めていたコーちゃんがフォローに回るように話し始めた。

「なぁ中見。どうして永遠と友達になりたいって思った?」
「それは……」

 時間は私たちを待ってくれなかった。お昼休み終了のチャイムがいつものよう無慈悲に仕事を始めたから。

「うわ、もう昼休みお終いかよ。この話、放課後にしないか?」
「コーちゃんこう言ってるけど、中見さんはどうかな……? 私は放課後、大丈夫だから、ね?」
「っ! ……うん。そうだね。そうしてくれると嬉しい。あと、できれば茶渡君も一緒に……」
「俺? ……いいぞ、用事ないし」

 そんなこんなで、これも私史上初。

『放課後に友達(?)と寄り道』が開催されることになった。
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