神代永遠とその周辺

7番目のイギー

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#22 永遠と庸子と広大そして刹那 ―伝えたい―

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「そもそもね、この眼鏡、伊達なの。ほら」

 そう言いながらスッと眼鏡を外すヨーコさんの横顔から、日本人には珍しい綺麗なEラインが浮かび上がる。手渡されたその眼鏡のレンズを覗くと、確かに度が入っていない。彼女はなんで伊達眼鏡を? そしてなぜまん丸なこの眼鏡を?

「おぉ~ヨーコさんヤバい……まじ綺麗」
「俺は知ってたけどな!」

 ツナとコーちゃんは彼女の顔を真正面から見て思い思いを口にする。こらツナ、ありがたや~とか言って拝まないの。

「これね、中学を卒業した時に、お年玉貯金で買ったの」
「そうなんだ……どうしてこの形を選んだの?」
「それは後で説明するね……私、目が悪いわけじゃないから、中学生の時は裸眼だったの。自分で言うのも恥ずかしいんだけど、沢山告白もされた」

 だよねだよね、こんなに綺麗で気遣い上手なんだからモテるのも頷ける。
 けど、ヨーコさんにはそれが嫌なものだったみたい。

「でね、当時すごく仲良しだった同級生の女の子がいたの。私は彼女を親友だと思ってたんだけど……バスケ部で一番かっこいいって言われてる先輩がいて、その子は彼のこと好きで、よく相談もされたんだ。どうやって告白しようかとか、バレンタインのチョコの渡し方、とか」
「うんうん、よくある青春の1ページ、ってやつだね」

 そういうの、よくあるんだ。ツナはもうコーちゃんと付き合ってたからそんな話、したこともないけど、もしかしてツナも告白とかされてたのかな。

「そうね、私もそう思って、できる限り相談に乗った。でも……」
「……でも?」
「ある日ね、そのバスケ部の先輩に、私、告白されちゃったの」
「お? 修羅場の匂いがそこはかとなく……」
「ツナ、茶化さないの。それで、ヨーコさんはどうしたの?」

 ここでヨーコさんの口が止まる。私は彼女が口を再び開けるまで静かに待つ。ツナはもう目がワクワクしちゃってて、少し身を乗り出してる。それをコーちゃんが黙って聞いてるっていう、ちょっとした沈黙がボックス席に漂う。

「……まだ私、その頃は恋とかあまり興味なくて、その通りに『今はそういうの興味ないんです。ごめんなさい』ってお断りしたの」
「そっか。興味がないならそう返すしかないよね」
「うん。永遠とわさんの言う通りだと思ってた。でもね、そうじゃなかったみたい」
「?」

 もし自分がヨーコさんの立場でも、そう断るのがヨーコさん流に言えば『最適解』だと思うんだけど、違うのかな。

「そのあと、彼女に言われちゃったの。『なんで庸子ようこばっかり! なんで庸子ばっかり選ばれるんだよ! 大体アンタ庸子は私の好きなもの、どれだけ奪えば気が済むんだよ!』って。そこからは罵詈雑言を浴びて最後に……引っ叩かれちゃった……辛くて痛かったなぁ」
「うわ、うぜぇその女」
「……えっとヨーコさん。今はその子とは会ったりとか、まだ親友だと思ってる?」
「ううん……会ってもいないし、連絡もしてない。一度だけ外で偶然会ったけど、あからさまに嫌な顔されたから。私としては……もう無関心、かな」
「そかそか、ならいいか……その女呪われればいいのに。ヨーコさん悪くないじゃん……悪くないよ……」

 こらこら物騒なこと言いながら泣かないのツナ。でも素敵だよ、人の辛さ悲しみに寄り添えるツナは。

「ありがとう。でも泣かないでツナちゃん。もうその件は気にしてないから……でね、クラスメイトからあとで聞いたんだけど、私がそれまで告白を断った男子、軒並み彼女が好きだった男子だったんだって」
「……私もね、恋愛は疎くて、身近にいるカップルがこうこの二人だから、恋愛ってもっと素敵でキラキラしたものだと思ってたけど、それだけじゃないんだね……」
「そうね。茶渡さわたり君とツナちゃんは素敵なカップルだと私も思う。さっきはその……いきなりキスするからビックリしちゃったけど」
「「そんな褒めんでいいって」」
「褒めてないよ二人とも。素敵だけど。あ、褒めちゃった」
「やっぱり永遠さん、素敵」
「わ、私……?」

 ヨーコさんの『素敵』って言葉にどう反応していいのかわからずにあたふたする。彼女は小さく「ふふっ」っと笑って話をあるべき方向に進路を戻した。

「この容姿のせいでそんなことになったものだから、だったらその容姿を男子が興味を持たなくなるようなものにしちゃえばいい、って思った。まず、それまで彼女に言われるがままにしてた茶髪をやめて黒くして。次に、手っ取り早く容姿を変えられるものってなんだろうって考えて、女子がかけなさそうなこの形の眼鏡にした、ってわけなの」
「そんなことが……でも、私ヨーコさんのその眼鏡、好きだよ。ツナもさっき言ってたけど、ヨーコさんって感じするもん」
「ありがとう永遠さん。でもね、この眼鏡が嫌ってわけじゃないの。むしろ好き。だってこれね、私の憧れてる人が眼鏡のレプリカなんだよ」

 そっか。そういうのなんかいいね。私もブラ◯アン・セッツァーが履いてるみたいなラバーソールシューズ買うつもりだもん。もちろん黒ね。
 ……というか、? 、じゃなくて?

「そう。、の。もう亡くなってる人だから」
「そ、そうなんだ……それって聞かないほうがいい?」
「ううん、大丈夫。むしろ聞いてほしいな……その人って……ジョ◯・レノンなの」

 一見そういったことには興味がなさそうなヨーコさんから、まさかジョ◯・レノンって言葉が出るなんて。ビー◯ルズならわかるけど。
 でも、もしかしたら私が思ってる以上にヨーコさんとは仲良くなれそうな予感をヒシヒシ感じる。もっともっとヨーコさんのこと知りたいよ。

 ううん、違う。知りたいだけじゃダメだよね。知りたいのなら私のことも知ってもらわなきゃ。

 だから。私も少しずつ、私という人間を目の前の彼女に伝えなきゃ。
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