神代永遠とその周辺

7番目のイギー

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#30 永遠と庸子と終三そして零 ―Yoko meets Billy―

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「えっと……ヨーコさん? ぼーっとして、どうしたの?」
「……はっ! と、永遠とわさん、こちらの方が……?」
「うん、そう。私のおじいちゃん」

 まぁ。じじは見た目がアレだから。
 いきなり眼前にとんでもない長さの顎髭を生やした怪しさマックスの老人が現れたらね、こうなる唖然とするのも無理はない。
 じじは彼女を見るや否や、さりげなくその手を取った。っていきなりなにやってるのじじ!?

「永遠の祖父で、終三しゅうぞうです。ふむ……噂通りの素敵なお嬢さんだ」
「っ! お、お嬢さん……」
「あぁ。実に素敵なお嬢さんだ。永遠の言ってた通りだ」
「あ……あの……悪い噂でなければいいのですが……」

 もう、だめだよじじ! ヨーコさん困っちゃってるよ。真っ赤になってるじゃん。じじはじじでなんで? みたいな顔してるし。

「じじ! あんまりヨーコさん困らせないで」
「んなこと言ってもなぁ、俺は正直に言っただけなんだけどな」
「今はそういうのセクハラっていうんだよ?」
「そ、そうか。いきなり悪かったな……ヨーコちゃん」

 普段、年頃の女子と絡む機会が私とツナしかいないからなのか、じじはどうにも距離感が掴めないみたいだ。じゃないといきなりお年頃の女性の手なんか取らないもん。
 でもさすがのヨーコさん、すぐに凛とした『クラス委員モード』の顔つきを取り戻して、じじを真っ直ぐに見据えて、

「い、いえ。大丈夫です……初めまして、私、永遠さんのクラスメイトでお友達になりました、中見なかみ庸子ようこといいます。今日はお招きいただいてありがとうございます」

 彼女の会釈は言葉遣いに負けないくらい綺麗で、これは私も見習いたいほどだ。じじもその所作に感心した様子で、うんうんと頷く。

「おぉ、これはご丁寧にありがとう。そうか、今日は泊まっていくんだな?」
「はい、ツナちゃん……いえ、砂山さんが企画してくれて、こういった機会を設けていただきました」

 ほんとヨーコさんって、しっかりした受け答えができてすごいと感心する。最初は驚いていた様子だったけど、すぐにきちんとした対応ができて。私もこんなふうになりたいな。

「そうかそうか、ツナとも友達になったのか! アイツ、煩いだろ?」
「いえ、元気があって私は好ましく思っています」
「まぁ元気なのがアイツの取り柄だからな。永遠ともども、これからもよろしくお願いします」

 そう言って、深々と頭を下げるじじに、心底びっくりした様子のヨーコさん。
 傍で見てる私としてはちょっと面白い光景で、いつまでも見ていたいんだけど、困ってるヨーコさんを放っておくのもよくないから、

「じじ。私たちもう家に戻るからね。はい、これハンバーガー」
「お、そうだったな。ありがとな永遠。ってことはヨーコちゃんも付き合ってくれたんだな、ありがとう」
「っ! いえ、ここまでの道すがらですから、気になさらないでください。私までご馳走になってしまって、かえってご迷惑ではなかったですか?」
「いやいや、永遠の友達なんだろ? なら俺にとっちゃ孫も同然。孫にうまいモン食わせたいのは当たり前だからな。迷惑なんてあるもんかよ」

 そうやって距離を縮めるじじに、終始困惑するヨーコさんだけど、

「そう言っていただけて嬉しいです。えっと……」
「俺のことは『ZZズィーズィー』、それか『ビリー』でいいぞヨーコちゃん」

 いやいや初対面でいきなりZZズィーズィーとかビリーってハードル高いでしょ。
 でもヨーコさんは怯まずに、

「はい! ありがとうございますビリーさん」
「おう! じゃあまた後でな」
「うん、今日は一緒に夜、食べるんだよね?」
「あぁ、零に言われてるからな。今日は早めの店仕舞い、だ」

 ヨーコさんとじじの邂逅はなかなかの見もの(失礼な言い方)だったけど、彼女もじじもなんとなく打ち解けたみたいでよかったよ。というか、ヨーコさんは『ビリー』を選んだんだね。まぁお店が『アクアリウムビリー』だから、かな。

 じゃあ後でねと、じじとはお店で別れ、マンションのエントランスに入る。

「ごめんねヨーコさん。じじってちょっと、というかかなり変わってるから」
「ううん、大丈夫……ところでビリーさんっておいくつなの?」
「えっと……今年で59歳、だったかな」
「えーっ!? そ、そんな若いんだ。というか……かっこいい……っ」

 えーっ!? はこっちのセリフだよヨーコさん。私にはよくわからないけど、ヨーコさんの顔、もしかしてこれが『恋する乙女』の顔? いやいやだってじじだよ? あんな筆みたいな髭生やした怪しい老人(には見えないけど)だよ?

「そんなことないよ永遠さん。ビリーさんはかっこいいおじさまだと思う。羨ましいなぁ、あんなお爺様がいて」
「そ、そうかな……じじも喜ぶと思うよ。ありがとうヨーコさん……って、エレベーター呼ぶの忘れてた」

 慌てて『直通エレベーター』のボタンを押す。『ニンショウカンリョウ』と女性の機械的なアナウンスが流れたあと、静かにドアが開いた。

 このマンション、初めからじじと私とママ、そしていつ同居するのかもわからないパパも一緒に住む前提で作られている。11階建のここは、10階が私とママが住む部屋と、来るべき時――それがなんなのかは教えられていない――のための空き部屋が二つの計三部屋。11階がじじの家の一部屋、という作り。パパがそういう立場世界的ギタリストだから、セキュリティは高い方がいいという理由で、1~9階までしか行けないエレベーターとは別に、10~11階しか止まらなく、しかも指紋が認証されないと稼働すらしない『私たち家族』専用のエレベーターが設置されてるのだ。
 ちなみに2~9階は各階9部屋。単純に考えると私の家はその三倍の広さになるんだけど、実際に他の部屋を見たことがないからなんとも言えない。
 あ、ちなみに『家族専用』とはいうけど、その登録はじじの家のPCから追加できるから、ツナとコーちゃんも登録されてたりする。

 当然ヨーコさんはびっくりした様子で、おろおろしながらエレベーターに乗り込む。

「私、もしかしてとんでもないところに来ちゃったの……かな?」
「ううん、大丈夫。このエレベーターは私の家族しか乗れないようになってるだけだから」
「だけ、って……それってすごいことじゃない?」
「うーん……よくわからないけど。だってこのマンションってじじがオーナーだから、好きに建てちゃっただけなんだよ?」
「っ! いや、充分すごいでしょそれ……」

 確かに普通に考えたらすごいんだろうけど、私は深く考えないようにしてる。他と比較しても意味ないし、ね。

「着いたよヨーコさん。ここが私のうち。改めて、いらっしゃいヨーコさん、今日はほんとにありがと。じゃあ入ろっか」

 ディンプルキーを鍵穴にしてぐるっと捻る。ディンプルキーって防犯性が高くて、ピッキングもできない鍵らしいんだけど、そもそもエレベーターが私の家族しか動かせないのに、ここまでする必要があるのかな。まぁ私がこんなことに疑問を差し挟むのは、これまた意味もないんだけど。

「ただいまー」
「お、お邪魔します……」

 私の呼びかけに、部屋の奥からパタパタとスリッパの音が近づいてくる。もちろんそれはママのもので、私がツナとコーちゃん以外のお友達を連れてきたのがよほど嬉しいのか、ここ最近見たことがないくらいにニコニコしてる。

「いらっしゃい! アナタがヨーコちゃんね。永遠から聞いてたけど、ほんと美人さんねぇ」
「っ! は、初めまして。私、永遠さんのお友達で、中見庸子です。今日はお世話になります」

 やっぱりどんな時もすぐさまきちんと対応するヨーコさんの態度に、ママはいたくご感心の様子で、うんうんと嬉しそうに頷く。

「言葉遣いもしっかりしてて、ほんと永遠の言ってた通り、素敵な女の子ね!」
「ちょっ! も、もう何言ってるの!?」

 ママまでじじみたいなこと言って! もう恥ずかしいよ……。
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