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#40 永遠と庸子と刹那そして広大 ―正座―
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「さて、と」
状況を全く理解してないながらも、小さくなって正座するコーちゃんと、その目前で腕組みをして、恋人の頭に視線という銃口を突きつけるツナ。
そんな『絵に描いたような修羅場』にいる私とヨーコさん。この修羅場はヨーコさんも、というよりヨーコさんが起点になっているのは明白だ。
つまりこの場において蚊帳の外なのは私ひとりで、おまけに『ヨーコさんが撮ったコーちゃんの写真』がこの状況を生んでるから、考えなしに口を挟むと余計に拗れるだろう。私には押し黙ることしか出来なかった。
ツナの真意がわからない以上、どう仲裁するのが正解なんだろう? せっかくの楽しいお泊まり会を、こんなカタチで過ごすのは嫌だよ……。
この場の全員が鉛を呑み込んだように沈黙してたけど、それを吐き出して口火を切ったのはやっぱりツナだった。
『008』のアルバムを片手で開き、コーちゃんの眼前にバッ! と突きつけて尋問さながらに、
「これ、どういうこと? さっきヨーコさんに見せてもらったんだけど」
「? どういうこともなにも――」
特に悪びれる様子もなくコーちゃんが答える。さっきヨーコさんが言ったように『浮気とかじゃない』のが真実なのだろう。どういう経緯で撮られた写真なのかを説明する彼の言葉は、完全にヨーコさんのそれと一致していた。
ただ、コーちゃんの言葉に納得してない様子のツナはパタンとアルバムを閉じ、ヨーコさんに後ろ手で返しながら続ける。
「で、なんでこのこと私に言わなかったのかな? やましいことしてないんでしょ? 私、広大とヨーコさんのこと疑ってないし信じてるけど、一応理由聞かせてくれる?」
ツナの背中から発していた『負のオーラ』が徐々に弱くなるのがわかる。けど、完全には消えずに燻ってる。付き合いの長い私にはわかるよ。
「それは……ツナと中見、その頃はお互い知らない同士だろ? でさ、まぁツナに変な勘ぐりされるのも嫌だなって思って、どう言おうかって考えてるうちにその……言うの忘れたんだよ。隠すつもりも理由もなかったしな。『言うの忘れてた』、これが理由だ」
「……そう。わかった……でも私、浮気がどうとか、そういうことで怒ってるんじゃないの。わかる?」
「「「え?」」」
そこに怒ってるんじゃないの? 私たち三人、思わずハモっちゃったけど、それが原因でツナは怒ってるのかと思ってた。ならツナはどこに怒ってるんだろう。
もう立っていいよとコーちゃんを促しつつ、くるっと体をこちらに向けて、背後で事の一部始終を見守る私とヨーコさんの顔を一度ずつ見て、そして一つ深呼吸をしたツナが、いつもの可愛い表情に戻る。
「ヨーコさん」
「……何? ツナちゃん」
ピっと姿勢を綺麗に正したツナが、ゆっくりと頭を下げて、
「まず、こんな空気にしてごめんなさい」
「……え?」
それから下げた速度と同じに頭を上げた彼女は、淡々とした口調を崩さず、
「あのね、私どこに怒ってたかっていうとさ、『私に言わなかったこと』に怒ってたんだよ。だって――」
少しの間を置いて、その理由がツナの口から紡がれる。
「言ってもらわないとさ、ヨーコさんにお礼できないじゃん?」
「……ツナちゃん、それって」
「だってさ、広大のこんなかっこいい写真撮ってくれたでしょ? だったら彼女の私はヨーコさんにきちんとお礼したいよ。『広大を最高にかっこよく撮ってくれてありがとう』って」
……そっか。ツナはそこに怒ってたんだね。少し安心しちゃって、全身の筋肉が一気に脱力する。
それでも。そこまで怒ることなのかな……。
「ツナちゃん……」
「今はいいけどさ、私と広大ってさっきも言ったけど高校卒業したら結婚するでしょ? そうなると『夫婦』になるからさ、今からこういうことはきちっとしなきゃって思うんだよ……で、広大――」
またくるっと体を翻してコーちゃんに向き合うと、身長差30cm以上の彼の顔を見上げて、そして諭すような口調で言った。
「結婚して広大が社会に出てさ、そしたらこういう『お礼を言うこと』って今より増えると思う。それができないと恥かくのは広大なんだよ? 私はいいけど、そんなつまらない理由で恥かく広大なんか見たくないんだよ? だからさ、ちゃんとこういうことは私に言ってくれないと――」
そのあとの言葉はあまりにもか弱くて、私たちには聞き取ることができなかったけど、コーちゃんはすぐに察したみたい。最後まで言わなくても通じ合う二人は、やっぱり最高に素敵だよ。
「悪かったツナ。そういうことだったんだな。ごめんな」
「……もういいよ広大……だからちゅーしろっ!」
「おう」
えっとですね。こういう時にちゅーを要求するツナの気持ちもわかる。それに応えてすぐにおでこにちゅっとしたコーちゃんの行動もわかる。わかるけど!
一応私とヨーコさんもいるんですけど! ものすごく放置されてるんですけど! という私のちっぽけな怒りをツナはすぐに傍受して、いつもの調子に切り替わった。
「というわけでヨーコさん! 広大の写真、めっちゃいいよ! ヨーコさんならカメラマン、絶対なれると思うよ。私と広大にできることならいくらでも協力するから、遠慮しないで言ってよ!」
「そ、そうだよヨーコさん。私にも遠慮しないでほしいな……?」
「みんな……ありがとう。そうだね、遠慮しないで言うことにする!」
「と、いうわけで! この話はお終い! あ……そういえばヨーコさん、永遠に髪の毛触られた?」
「え?」
はい。さっき膝枕して心ゆくまで堪能しました。瞼を閉じて手に残ったあの滑らかな感触を思い出しながら少しだけ顔が緩めば、ツナがニヤーっと笑って……ってまさか!?
「実は今週さ、毎晩永遠と電話してたんだけど。『ヨーコさんの髪の毛触ってみたいんだけど、何て言ったらいいのかな?』とか『あの眼鏡を私もかけてみたいんだけど、どう切り出せばいいのかな?』とか――」
「あーーーっ!! も、もう! は、恥ずかしいから言わないでっ!」
そう。今週は毎日ツナにこんなことを相談してたのだ。さすがに仲良くなったばかりで『髪の毛触らせて』とか『眼鏡かけさせて』とか言えないよ! 変な子って思われるかもしれないじゃない。ツナは「そんなの普通に言えばいいじゃん」って言ってたけど、ツナはともかく私には無理だよ……。でも、それも両方とも叶っちゃったから嬉しいんだけど。
顔を両手で覆いつつ、指の隙間からヨーコさんをちらっと見ると、呆れてるのか微笑んでるのかわからない顔を浮かべてた。ほどなく少し薄めの唇が彼女の言葉を音にする。
「そんなことで悩んでたの? 永遠さん」
「……は、はい……そう、です……」
「なんで敬語? ……まぁいいわ。そんなことはいつでも言ってくれていいのよ? いくらでも触らせてあげるし、眼鏡だっていつでも貸してあげる」
「ヨーコさん……そうだね、遠慮しないようにする」
「髪を触るくらい、いちいち断らなくてもいいのよ? 私もその……嫌じゃないし……」
この修羅場で私は『隠すくらいならまずは言ってみる・迷うくらいならまずはやってみる』っていうことを学んだように思う。もちろん相手のことを思いやったり考えたりした上で、だけど。
「でもほんとヨーコさんの髪、ツヤッツヤだよね~。私も触っていい?」
「うん、もちろんいいよ。というか、来週の今頃は二人もツヤッツヤかも」
「ん? どういうこと?」
そっか、ツナにはまだ言ってなかったんだった。私から言うより、発案者のヨーコさんが言うべきだよね。
状況を全く理解してないながらも、小さくなって正座するコーちゃんと、その目前で腕組みをして、恋人の頭に視線という銃口を突きつけるツナ。
そんな『絵に描いたような修羅場』にいる私とヨーコさん。この修羅場はヨーコさんも、というよりヨーコさんが起点になっているのは明白だ。
つまりこの場において蚊帳の外なのは私ひとりで、おまけに『ヨーコさんが撮ったコーちゃんの写真』がこの状況を生んでるから、考えなしに口を挟むと余計に拗れるだろう。私には押し黙ることしか出来なかった。
ツナの真意がわからない以上、どう仲裁するのが正解なんだろう? せっかくの楽しいお泊まり会を、こんなカタチで過ごすのは嫌だよ……。
この場の全員が鉛を呑み込んだように沈黙してたけど、それを吐き出して口火を切ったのはやっぱりツナだった。
『008』のアルバムを片手で開き、コーちゃんの眼前にバッ! と突きつけて尋問さながらに、
「これ、どういうこと? さっきヨーコさんに見せてもらったんだけど」
「? どういうこともなにも――」
特に悪びれる様子もなくコーちゃんが答える。さっきヨーコさんが言ったように『浮気とかじゃない』のが真実なのだろう。どういう経緯で撮られた写真なのかを説明する彼の言葉は、完全にヨーコさんのそれと一致していた。
ただ、コーちゃんの言葉に納得してない様子のツナはパタンとアルバムを閉じ、ヨーコさんに後ろ手で返しながら続ける。
「で、なんでこのこと私に言わなかったのかな? やましいことしてないんでしょ? 私、広大とヨーコさんのこと疑ってないし信じてるけど、一応理由聞かせてくれる?」
ツナの背中から発していた『負のオーラ』が徐々に弱くなるのがわかる。けど、完全には消えずに燻ってる。付き合いの長い私にはわかるよ。
「それは……ツナと中見、その頃はお互い知らない同士だろ? でさ、まぁツナに変な勘ぐりされるのも嫌だなって思って、どう言おうかって考えてるうちにその……言うの忘れたんだよ。隠すつもりも理由もなかったしな。『言うの忘れてた』、これが理由だ」
「……そう。わかった……でも私、浮気がどうとか、そういうことで怒ってるんじゃないの。わかる?」
「「「え?」」」
そこに怒ってるんじゃないの? 私たち三人、思わずハモっちゃったけど、それが原因でツナは怒ってるのかと思ってた。ならツナはどこに怒ってるんだろう。
もう立っていいよとコーちゃんを促しつつ、くるっと体をこちらに向けて、背後で事の一部始終を見守る私とヨーコさんの顔を一度ずつ見て、そして一つ深呼吸をしたツナが、いつもの可愛い表情に戻る。
「ヨーコさん」
「……何? ツナちゃん」
ピっと姿勢を綺麗に正したツナが、ゆっくりと頭を下げて、
「まず、こんな空気にしてごめんなさい」
「……え?」
それから下げた速度と同じに頭を上げた彼女は、淡々とした口調を崩さず、
「あのね、私どこに怒ってたかっていうとさ、『私に言わなかったこと』に怒ってたんだよ。だって――」
少しの間を置いて、その理由がツナの口から紡がれる。
「言ってもらわないとさ、ヨーコさんにお礼できないじゃん?」
「……ツナちゃん、それって」
「だってさ、広大のこんなかっこいい写真撮ってくれたでしょ? だったら彼女の私はヨーコさんにきちんとお礼したいよ。『広大を最高にかっこよく撮ってくれてありがとう』って」
……そっか。ツナはそこに怒ってたんだね。少し安心しちゃって、全身の筋肉が一気に脱力する。
それでも。そこまで怒ることなのかな……。
「ツナちゃん……」
「今はいいけどさ、私と広大ってさっきも言ったけど高校卒業したら結婚するでしょ? そうなると『夫婦』になるからさ、今からこういうことはきちっとしなきゃって思うんだよ……で、広大――」
またくるっと体を翻してコーちゃんに向き合うと、身長差30cm以上の彼の顔を見上げて、そして諭すような口調で言った。
「結婚して広大が社会に出てさ、そしたらこういう『お礼を言うこと』って今より増えると思う。それができないと恥かくのは広大なんだよ? 私はいいけど、そんなつまらない理由で恥かく広大なんか見たくないんだよ? だからさ、ちゃんとこういうことは私に言ってくれないと――」
そのあとの言葉はあまりにもか弱くて、私たちには聞き取ることができなかったけど、コーちゃんはすぐに察したみたい。最後まで言わなくても通じ合う二人は、やっぱり最高に素敵だよ。
「悪かったツナ。そういうことだったんだな。ごめんな」
「……もういいよ広大……だからちゅーしろっ!」
「おう」
えっとですね。こういう時にちゅーを要求するツナの気持ちもわかる。それに応えてすぐにおでこにちゅっとしたコーちゃんの行動もわかる。わかるけど!
一応私とヨーコさんもいるんですけど! ものすごく放置されてるんですけど! という私のちっぽけな怒りをツナはすぐに傍受して、いつもの調子に切り替わった。
「というわけでヨーコさん! 広大の写真、めっちゃいいよ! ヨーコさんならカメラマン、絶対なれると思うよ。私と広大にできることならいくらでも協力するから、遠慮しないで言ってよ!」
「そ、そうだよヨーコさん。私にも遠慮しないでほしいな……?」
「みんな……ありがとう。そうだね、遠慮しないで言うことにする!」
「と、いうわけで! この話はお終い! あ……そういえばヨーコさん、永遠に髪の毛触られた?」
「え?」
はい。さっき膝枕して心ゆくまで堪能しました。瞼を閉じて手に残ったあの滑らかな感触を思い出しながら少しだけ顔が緩めば、ツナがニヤーっと笑って……ってまさか!?
「実は今週さ、毎晩永遠と電話してたんだけど。『ヨーコさんの髪の毛触ってみたいんだけど、何て言ったらいいのかな?』とか『あの眼鏡を私もかけてみたいんだけど、どう切り出せばいいのかな?』とか――」
「あーーーっ!! も、もう! は、恥ずかしいから言わないでっ!」
そう。今週は毎日ツナにこんなことを相談してたのだ。さすがに仲良くなったばかりで『髪の毛触らせて』とか『眼鏡かけさせて』とか言えないよ! 変な子って思われるかもしれないじゃない。ツナは「そんなの普通に言えばいいじゃん」って言ってたけど、ツナはともかく私には無理だよ……。でも、それも両方とも叶っちゃったから嬉しいんだけど。
顔を両手で覆いつつ、指の隙間からヨーコさんをちらっと見ると、呆れてるのか微笑んでるのかわからない顔を浮かべてた。ほどなく少し薄めの唇が彼女の言葉を音にする。
「そんなことで悩んでたの? 永遠さん」
「……は、はい……そう、です……」
「なんで敬語? ……まぁいいわ。そんなことはいつでも言ってくれていいのよ? いくらでも触らせてあげるし、眼鏡だっていつでも貸してあげる」
「ヨーコさん……そうだね、遠慮しないようにする」
「髪を触るくらい、いちいち断らなくてもいいのよ? 私もその……嫌じゃないし……」
この修羅場で私は『隠すくらいならまずは言ってみる・迷うくらいならまずはやってみる』っていうことを学んだように思う。もちろん相手のことを思いやったり考えたりした上で、だけど。
「でもほんとヨーコさんの髪、ツヤッツヤだよね~。私も触っていい?」
「うん、もちろんいいよ。というか、来週の今頃は二人もツヤッツヤかも」
「ん? どういうこと?」
そっか、ツナにはまだ言ってなかったんだった。私から言うより、発案者のヨーコさんが言うべきだよね。
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