「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

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第5章 ギルド壊滅

第37話「皇帝と勇者と退任について」

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 王都の近くの森へ着いたのは、夜が明ける頃だ。

 
「ベル、手を」

 先に馬から降りたグレンが、手を差し出して微笑む。

「……ん」

 口には出さないけど。絶対に出さないけど……なんかちょっと、お姫様になった気分だ。

 だってさぁ、自分の理想を詰め込んだ絶世のイケメンにこんな扱いされたら……「あれ? もしかしてオレってお姫様だっけ」って気分にもなるよ!!
 
 ねぇ??!! 井上さん!!!

 でもオレは女の子でもお姫様でもない(当たり前だ)ので普通にクールに冷静に、差し出された手を取って馬から降りる。

「……っ」

「っと……大丈夫ですか?」

 よろけたオレを、グレンは片手で受け止めた。腰に回された腕の頼もしさに、羨ましいよりも先にときめいてしまったのでオレはもうダメかもしれない。
 
 ここがお母さんが読んでたような古い少女漫画の世界だったら背景に薔薇が咲いただろうし、大きな目には星が映ったことだろう。

 ――大丈夫。BLの世界でもよくあることだよ。受けが攻めの逞しさにときめいてなにが悪いのさ。ほら、抱き合え。

 井上さん……!! ここはBLの世界じゃないし、オレは受けじゃないよ。

 でも少女漫画の世界でもないからね……落ち着こうねオレ。

 文字通り地に足をつけて、街の方に視線をやった。
 王都を取り囲む壁が見える。入り口での検問はあるが、オレ勇者サマなら問題なく通れるはずだ。

 
「ここからは歩いて行きましょう」

 そうだね、白馬なんか乗って行ったらそれこそ王子様のパレードみたいだもんね。

「ああ、うん。……そういえば、今更だけど勇者辞めるときって、はじめに王都ギルドに行くので合ってる?」
 
 『追放皇帝』の中のグレンがそうしてたから、って思考停止で同じ行動をしようとしてたけど、ここは小説の世界じゃない。現実だ。

 果たして同じようにしていいんだろうか、と気づいて問いかけた。
 
「俺も経験がないのでよくわかりませんが……王家からの方が、いいかもしれませんね」

 うん、普通に考えたらそうかも。
 だって勇者は王家と王都ギルドの承認によって選定される……って言ったって、どう考えても王家の方が立場は上だ。
 
 辞表はできるだけ上の人間に出した方が手っ取り早そうな気がする。

 
 なんで『物語』のグレンは先にギルドに向かったんだろう。……深く考えずに書いた気がする。

 勇者の選定の話とか、そういう細かい部分は叔父さんが考えてくれたし。
 ……てか叔父さんすごくない??? めちゃくちゃこの世界とリンクしてるんだけど……。

 いや、叔父さんがこの世界を知っているはずはないから――やっぱり、ここは『物語』の世界じゃないにしても、少なからず関係があることは確かなのだろう。

 
「……“歪んだ物語“の世界、か」

 どうせなら、ベルンハルトが幸せになれるように歪めてくれればよかったのに。

「ベル?」

 グレンを利用せずに――オレ一人で、幸せになれるような世界にしてほしかった。

「いや……なんでもない。行こう」

 
 大丈夫。この旅ももう、終わりだ。
 そうなったら――話そう。あの日伝えられなかった、全てを。

 それで彼がオレから離れるなら……それも、仕方がない。
 

「ベル、大丈夫……オレが傍にいます」

 オレの不安を悟ったのか、グレンはまた、その言葉を囁いた。

「……うん」

 この腕が離れていくのが惜しい。
 いっそのこと、なにかが起こって――旅が、終わらなければいいのに。

 つい、そんなことを考えてしまう。


 
 ◇◇◇



 ――頼むから早く終わってくれ。

 終わらないでほしいと願ってから数時間後。オレは真逆の感情を抱いていた。

 
「突然辞めるなんて一体どうして……! 貴方の代わりなんて他にいません!!」

「何度説明すればわかるんですか? ベルンハルト様は退任をお望みなんです。だいたい、勇者候補ならいくらでもいるでしょう? ほら、ここにミルザム伯爵からの書状もあります。はやく手続きを終わらせてください」

 グレンはいつ書かせたのか、ブルーノ・ミルザムの署名の入った紙をはためかせる。

 それでも、オレたちの前に立ち塞がる男――クラウス・ベネトナシュはひかなかった。



 ◇◆◇


 
 王都の門をくぐるのにはそれなりの身分と証が必要だったが、それはオレもグレンも問題なかった。
 なにせオレたちはまだ勇者とそのパーティーの一員だ。

 脱ぎ捨てた勇者の衣から抜き取っておいた身分証を使い難なく王都に入り、王宮へ突然訪問しても追い返されることはなく――そこまでは順調だった。



 ◇◆◇


 
「納得がいきません! どうして急に……貴様がそそのかしたのではないだろうな、グレン・アルナイル!」

「違います。彼の意思です」

 ――いいじゃん……辞めさせてよ……辞めるって言ってるじゃんか!!!

 王宮の一室に通され、この辞める、辞めないでくれの問答が始まってからもう一時間近く経つ。

 オレはただソファーに座って二人が言い争うのを聞いてるだけなんだがそれだけで疲れた。
 うんざりして仕方ないが、この男が“勇者“の担当者である以上、どうにか説得するしかない。
 

「あー……ベネトナシュ卿。勇者退任は間違いなくオレの意思だ。だから……」
 
「ベルンハルト様……っ、どうかお考え直しを――」

 男の手が縋るようにオレの手を掴もうとする。

「触るな」

 勿論、グレンがそれを許すはずもなく……。
 はぁ……この独占欲が嫌などころか嬉しくなってるのが怖い。かっこいい、好き、抱いて……。

 
「……っ、貴様! やはり身の程知らずにベルンハルト様に懸想していたのだな」

「ええ。そうですがなにか? 大体、身の程知らずは貴方も同じでしょう。ベネトナシュ卿」

 あ、またオレ抜きで話進んでる……。

「選定のとき、彼を選んだのは貴方ですよね。どうして、彼でなくてはいけなかったんですか?」

「それは……ベルンハルト様は、【予言オラクルム】と【グラディウス】という二つの素晴らしい能力スキルを持っておられて、その上見目麗しく……勇者として、この方以上に相応しい方がおられるか? いや、おられない!!」

 オレの話なんだ。
 てかやっぱ勇者、顔面で選んでるよねぇ……そうだよね。

「表向き、でしょう? 知っているんですよ……貴方が、彼を何度も私的に呼び出していたことを」

「は……なにを、言って」

「しらを切っても無駄です。証拠もあります。必要とあらば……貴方がベルンハルト様に、どんなことをしたか、どんなことをするために彼を勇者に選んだのか……俺が、王の前で証言しても構いません」

 ベネトナシュは顔を青くして、視線を泳がせる。

「ベ、ベルンハルト様……!! 貴方も、合意の上でしたよね??!!」

「……さぁ。オレにはなんの話かわからないな」

 ほんとになにがなんやら……。
 
 ベルンハルトの記憶を探ってみても、この男の名前やら役職やらはあるが、グレンの言う“私的な呼び出し“は見当たらない。

 ……思い出したくない記憶なのかな。


「――グレン。出直そう」

「ええ。これ以上この男と話していても埒があかない」


 呼び止める声を無視して部屋を出た。



 ◇



「さて……どうする? いっそ王に直訴でもしようか、皇帝陛下」

「揶揄わないでください。……あのクソ猫を思い出す」

 グレンくん、スピカのこと嫌いだね。そういえば……スピカと言えば……。

 ――もうちょっと明瞭な基準をくれ。
 ――え~じゃあ、どちらかがムラっとしたとき?
 
「ベル? どうかしましたか」

「……いや。なんでも」

 あの言葉を基準にしたら、ほんとに毎日することになるなって思っただけです。……グレンくんには言わないけど。絶対に言わないけどね。


 挙動不審なオレにクスリと笑って、グレンはオレの手を取った。

「なら、いきましょうか。俺のお姫様」

 え、エスパーだったりする……??
 なんでオレの、対グレンくん限定お姫様願望を知ってるのさ……。

「人前で、そういう恥ずかしいこと言うな……」

「二人っきりならいいんですか?」

 ……いいですよ。


 ――すっかりチョロインだね、赤谷くん。

 井上さん、自覚はあるんで黙っててください。
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