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【後日譚】幸せ貞操危機生活 〜ちゃすてぃてぃくらいしす・らいふ!〜
Days2.5『貴方のならご馳走ですよ』
しおりを挟む―― side:グレン ――
「幸せで死ぬ前にキスしていいですか」
「トドメじゃんそれ……いいけど」
立ち上がって、ベッドの上に乗る。
ベルンハルトはもう俺が突然触れても緊張することはあまりないけど、こうやって宣言してから近づくと、警戒……いや、期待するみたいに少しだけ目を逸らすのが可愛い。
「っ、あ……グレ、ん……」
キスのときに、いつも俺を呼ぶのが可愛い。
「ベル……好き、可愛い……」
「あ、っう……いちいち、うるさ、い……っ」
可愛いって言うとまだ照れるところも可愛い。
「ん……う、っ」
最近は、どうにか主導権を奪おうとしてきて、それも可愛くて好きだ。
今もそう。
滑り込ませた舌に自分から舌を絡めてきて、手が俺の腰のあたりをさまよってる。
「疲れてるのに、キス以外もするんですか?」
「……いやなの?」
俺が拒んだりしないことを分かりきってるくせに。そうやって愛を確かめるみたいに毎回訊いてくるところも可愛い。
「まさか」
俺の答えに安心して、頬を緩めるのが可愛い。
「ん、っ……あ」
しばらくは触らない約束の胸元から視線を逸らして、唇を触れ合わせながら彼のスラックスに指を滑り込ませる。
「あ……まって、きょう、は……オレが……」
「ベルが……なに?」
「っ、……してやる……から、お前は動くな……」
――とうとう、行動で主導権を奪うことは諦めて命令することにしたらしい。
震える声で宣言すると、彼は俺の身体をベッドに転がして――押されたので俺が自主的に寝転がった――下腹に指を這わせた。
カチャカチャと、金具の鳴る音がする。
上体だけ起こして見れば、彼は案の定手間取っているようで、眉を顰めながら必死で手を動かしている。
「……ベル、俺、自分で脱ぎましょうか」
「あ? いいから黙って見てろ……いや、見るな。寝転がってろ」
見るな、と言われたが目が離せない。
だって彼が……俺が今もなお、焦がれてやまない人が俺などの汚れた欲望に触れようとしているのだ。
「……やっぱ、大きいな……むかつく」
彼はどうにかスラックスの前をくつろげることに成功して、まじまじと俺のモノを見ながら憎々しげに呟いて。
「っ――ベルンハルト」
それから、下腹部に顔を寄せて、すでに反応したそこへ舌を這わせた。
びっくりした。
手で、してくれるものだと――それだけでも十分すぎるぐらいだと思っていたのに。
「ん……っ、黙ってろって……言った、だろ」
彼はモノを小さな手で支えながら、赤い舌で先端をチロチロと舐める。
お世辞にも上手いとは言えないが、吐息が皮膚を掠めるのが……なにより、彼の必死な表情が、たまらない。
――下賤な連中が、娼婦には絶対に口淫させる、とか言ってた理由がなんとなくわかった。
男としての征服欲が満たされるのだ、などと語るその姿を見下していたが……彼らの気持ちを理解してしまった。
あのベルンハルトが――。
そんな下劣な淫欲が自分の中にもあるのだと認識して、悔い改めるどころか興奮してしまう。
視覚に、状況に煽られて肥大していくモノに気をよくしたように指と舌を絡めていたベルンハルトの動きが止まる。
「……変な味する」
先走りが舌に引っかかったのか苦々しく呟いた。
「そりゃそうですよ……」
なにに影響を受けたのか知らないが――いや、知ってるけど――そんなのが美味しいはずもない。
「だってなんかさ……“君のは甘くて美味しいね“とか、言うじゃん……」
「ああ……なんか“貴方のならご馳走ですよ“とかね……でもあれフィクションなんで」
はた迷惑な先祖への愚痴を口の中で転がして、ベルンハルトの唇を撫でる。
「ほら……無理しなくていいですよ」
「ここでやめたら、なんか負けた感じじゃん。やだ」
勝ち負けとかの問題なのか、と思いつつも、そんな妙なこだわりが可愛くて笑った。
「俺はずっと貴方に負けてますよ。ね、俺にさせて?」
背骨を、その先の小さな尻を撫でると、彼は不満そうに頷いた。
「はぁ……可愛い。好きです……」
それが可愛くて、抱き上げながら思わず口に出す。
「……飽きないね、お前。オレが可愛くなくなったらどうすんの?」
自分が可愛いって自覚し始めたところも可愛い。
「わかってるくせに。貴方が可愛くなくなることなんてありませんよ」
「……グレンさ、そういうの……他の人にも言ったことある?」
「ありません」
「ないんだ……でも、オレが初めてじゃないんだろ」
俺が彼と違って清らかじゃなかったことも不満らしい。可愛い。
「それは……まあ」
「なんで?」
誤魔化したくなるが、ここで変にはぐらかしてこじれるのもよくないだろう。
クソ猫……いや、スピカからも、「隠し事なんかしてもいいことないからね。隠していいのは【ピー】と【ピー】と(以下略)」と有難い含蓄のある言葉をいただいたことだし。
「…………ベル。俺はおそらく貴方が思ってるよりも欲深いんです。自分で言うのもなんですが……見た目のせいで、そういう欲求が少なそうだと思われますし、実際そうですが……貴方に対しては別です」
自分の顔が、この瞳の色を抜きにすれば――ベルンハルトほどではないが――整っていることはさすがにもう自覚している。
半ば強引に連れて行かれた娼館でも、俺の長い前髪をかき上げてその下を見た娼婦に歓声を上げられたこともあった。
そしてよくわからないが、俺は穏やかな優男に見えるらしく……抱き方が思っていたよりも激しいと、よく言われた。
「ずっと貴方を壊れるぐらいに抱きたくて……それを発散するために、別の人間を代替品にしていたんです」
いつか、歪んだ欲を彼にぶつけてしまわないようにと。
下賤に混じって女を買った俺も奴らの同類だ。
「でも……なにも楽しくなかった。貴方もこんなふうに誰かに触れるんだと思うと……気が狂いそうでした」
ベッドの上で考えるのは、いつもベルンハルトのことだけだった。
ベルはどんな風に乱れるんだろう。
ベルはどんな女を抱くんだろう。
どんな――。
「なので、ちゃんと好きになったのは貴方が最初で最後です。俺もこの歳まで童貞だったも同然です」
手を握ると、彼はさっきまでとは比べ物にならないほど顔を赤くして、叫んだ。
「も、“も“ってなんだ……!! 人を童貞って決めつけるなよ!!」
あ。
あー……そうだ。これ、スピカに聞いただけで本人から聞いたんじゃなかった。
「…………ごめんなさい、スピカに聞きました」
隠し事なんかしてもいいことないんですもんね、と頭の中で彼女に罪をなすりつける。
「くそ……おい、グレン!」
「はい」
ベルンハルトはひとしきり喚いて唸ったあと、俺に噛み付くみたいにキスをした。
「そのうち! オレが童貞なこと忘れるぐらいの超絶テクニックでお前のことイかせるからな!! 覚悟しとけよ!!!」
言葉と、美しい顔のギャップがすさまじいけど……そんなところも可愛いです、ベル。
「はい、お手柔らかにお願いします」
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