近未来怪異譚

洞仁カナル

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人体実験

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僕と奨君と水鈴ちゃんは三人で列をなして駅までの道を歩いていた。


駅の近くのマンションに用事があるのだ。

雨は上がっており、雲の切れ間から青い空ものぞいていた。


しばらく進んでいくと、僕の前を歩く美鈴ちゃんの手首から何か落ちた。


黒いピラミッド型の石が付いたブレスレットだ。


流行中のパワーストーンだろう。


落ちたブレスレットを拾い上げると、触れた瞬間に動悸がするように、僕の中で何かが疼いた。


痛むわけではないが気持ちが悪い。


水鈴ちゃんはこんな物を身に付けていて平気なのだろうか?


ピラミッドの底の部分には文字が彫ってあった。


その文字はカタカナで『キリク』。


人の名前だろうか。



「水鈴ちゃん、落としたよ」


「あれ?」



水鈴ちゃんは自分の手首を確認した。


落ちたことに気づいていなかったらしい。



「ありがと」



僕は伸ばされた水鈴ちゃんの手のひらにブレスレットを置いた。



「その石、何の石?」


「わかんない。家の近くで遊んでたら見つけたんだよねー。お父さんに磨いてもらったんだ。森の中にあったからたぶん天然物だよ」



「人工じゃないんだ? 綺麗だね。そこの文字は水鈴ちゃんが掘ったの?」



「ううん、掘ってあった」



美しいとは思ったが、それ以上になにか嫌なものを感じた。


忌避したいような、不気味な空気をまとっている。


これがパワーストーンの力か。


女子はよくこんなものを身につけていられるなと感心する。



さらに歩を進めると目的のマンションが見えてきた。



近くによると、マンションは「子供の来るところではない」と圧力をかけてくるようだった。



恐る恐るエントランスをくぐる。



「煌君、押してよ」



先頭を歩いていた奨君が僕にインターホンを押すように促した。



「えー、奨君が押してよ」



会う約束をしているとはいえ、インターホンを押すのは緊張する。できれば避けたい。


僕と奨君がなすりつけ合っていると、水鈴ちゃんが前に出た。



「何号室?」


「301」



僕と奨君が同時に答える。


水鈴ちゃんは躊躇うことなく部屋番号を指定し、インターホンを鳴らした。



『はい』



部屋の主が出ると、先ほどの勇ましさはどこへ行ったのやら、水鈴ちゃんは僕を前に突き出した。



「あ、若林煌です。えっと、龍治さんはいますか?」


『ああ、今開けるからエレベーターで上がってきて』



インターホンを切ると、自動ドアのロックが外れる音がした。


僕達は言われた通りに中に入ってエレベーターを待った。




水鈴ちゃんから相談を受けた僕と奨君は、僕達の力ではどうしようもないと思い、誰かに助けを求めることにしたのだ。



「先生は?」


「言っても無駄だよ」


「保健室の先生」


「お医者さんでさえ分からないのに、分かるわけないじゃん」



僕達の提案を水鈴ちゃんは次々に却下する。


君のために言っているのにその言い草はないんじゃないか、とも思ったが、そんな事を言ったらもっと怒られそうだから余計なことは言わなかった。


こうやって僕達は女性に虐げられていくのかと、自分が不憫に思えてきた。


思い浮かぶいい策がなく途方に暮れていた僕は、手首につけたウェアラブルタイプのスマートフォンをいじった。


学校からレンタルしているものだ。


適当にメッセージアプリなどを見ていると、とある連絡先を見つけた。



「ねえ、奨君。呪いだったら陰陽師の出番じゃない?」



僕はそう言って奨君に視線を向け、ニヤリと笑った。


その一言で、奨君の目が輝いた。


僕達のピンチを救ってくれた陰陽師。


前回の絡新婦事件の際に、僕が彼との別れを寂しそうにしていたら連絡先を交換してくれたのだ。


しかしその後連絡を取るきっかけがなく、僕と奨君はヤキモキしていた。


また陰陽師の活躍が見られるぞ、と不謹慎かもしれないがワクワクしてしまった。


僕達が早速メッセージを送ったら、陰陽師はすぐに返信をくれた。


そして空いている時間と自宅の場所を教えてくれた。


こうやって僕達は陰陽師である 龍治りゅうじさんの自宅のマンションに来たのである。


エレベーターを降り、部屋の前の呼び鈴を鳴らすと、龍治さんは僕達を快く中に入れてくれた。



龍治さんは上下黒いジャージというラフな格好をしていた。


平安時代の水干すいかんなどを着ているんじゃないかと勝手にワクワクしていたが、そんなことはなくちょっとがっかりしてしまった。


我ながら自分勝手なヤツだ。



僕達はリビングに通されて、ソファに並んで腰掛けた。



「弟さんは出かけているんですか?」


「いや、実家にいるよ。ここは親父のセカンドハウスで、今は俺と親戚の二人で住んでる。実家からだと学校が遠くてな」



龍治さんはそう言いながら僕達に麦茶を出してくれた。


喉が渇いていたわけではないが、麦茶の喉越しがとても気持ちよく、一気に飲み干してしまった。



「で、相談っていうのは何か、教えてもらえるか?」



そう言われた水鈴ちゃんは、本日三回目の説明をした。


回数を重ねるごとに情報が整理され、僕達も初めて聞くかのような気になった。


年上の男の人を相手にするのは緊張するのか、僕達と話す時よりぎこちなく、時折龍治さんの顔を見ては顔を赤らめていた。



「その血が付いたものの現物を見せてくれないか?」


「明日持ってきます」


「明日だと都合が悪いから来週でもいいか?」



水鈴ちゃんが無言で頷く。



「あと、その手首についている石も借りていいか?」


僕達は一斉に水鈴ちゃんの手首を見た。


黒い石は水鈴ちゃんの手首で静かに光沢を見せていた。


目に見えないオーラのようなものが石からうねうねと漏れ出ているような錯覚に陥る。


やはりこの石は怪しいのだろうか?


水鈴ちゃんは不安そうな顔で龍治さんにブレスレットを手渡した。




話がひと段落すると、インターホンが鳴るのが聞こえた。


龍治さんが席を立つと、水鈴ちゃんは緊張の糸が切れたのか、麦茶を一気に飲み干し、「ふー」と息を吐いた。


龍治さんの前と僕達の前で態度が随分違うなと、僕はなぜか蔑まれたような気分になった。



「悪い、お客さんが来るんだけど、いいか? 急用らしいんだ」



僕達は無言で頷く。


しばらくすると玄関ドアが開いて声が聞こえてきた。


僕達は廊下の方を覗く。



「龍治、悪いんだけど、従兄の奥さんが大変なんだ。俺が診てもだめなんだ。診てくれねえ?」



龍治さんと同い年くらいの男の人が、心底困ったという表情で言った。



「いいよ」


「実は一緒に連れてきてるんだ」


後ろに女性をおんぶした男の人が見えた。


男の人は顔面蒼白で今にも泣き出しそうだった。


おぶっているのは子どもくらいの大きさの人だった。



「今、別のお客様が来ていまして、この部屋は防音ではないので彼らに話を聞かれてしまうかもしれません。それでも大丈夫ですか?」


「はい。助けてくれるなら誰がいてもいいです」


「じゃあ、和室の方へ」



お客さんが和室に入って行ったのを確認して、僕達は襖の隙間から部屋の中をのぞいた。


中央に敷いた布団に寝かされた人は、骨と皮しかないくらいに痩せていて、目も落ち窪んでいる。


子どもかと思ったが、ガリガリに痩せて小さくなった大人の女性だ。


苦しそうに微かに息をしている。



「病院に行ってもだめなんです。このままでは死んでしまいます」



男性の目から涙がこぼれ落ちた。



「ユウスケ君に相談したら、何かに取り憑かれているんじゃないかって……」


女性の状態をしばらく観察し、龍治さんは女性のおでこに手を当てて何か唱えた。



「確かに何かが取り憑いていますね」



そして箪笥から小さな紙、 硯すずりと墨、筆を出して隅にある机の上に置いた。



「この紙に誰かの名前を書かなければなりませんが、誰かいませんでしょうか?」



紙に名前を書くーー何を意味するのかその場の全員が理解した。


おそらく女性の身代わりを出せということだろう。


しかしそれでは、女性が救われても、誰かが取り憑かれて死んでしまう。


何も解決しないではないか。


暫くの沈黙の後、男性が口を開いた。



「俺が身代わりになります……息子のためにも妻が生き残った方がいい」



男性は、おそらく病人の旦那さんだろう。


彼は最初悲壮な表情を浮かべたが、意を結したのか、真っ直ぐ龍治さんに視線を向けた。



「だめ……そんなのだめ」



息も絶え絶えに奥さんが言った。


口を動かすのも苦しそうで、見ていて痛ましい。



「いや、いいんだ。俺の分まで幸せになってくれ」



そう言って男性は自分の名前の字を龍治さんに伝えて、龍治さんは紙に名前を書いた。


そしてその紙を小さく折りたたんで女性に握らせた。



「終わりました。あとは余計なことは考えずに普段通りお過ごしください。いいですね? 普段通りに過ごすんですよ」



龍治さんは念を押した。


夫婦は泣きながらお礼を言って、僕達が覗いていた襖とは別の襖から部屋を出ていった。


なぜか友人だけは嬉しそうに、「助かったよ。今度奢るわ」と軽い口調でお礼を言って帰っていった。



「陰陽師の仕事にそんなに興味があるか?」



覗いていたことがバレていたようで、襖越しに声をかけられた。


僕と水鈴ちゃんは後味が悪く黙っていたが、奨君は襖を開けて平然と答えた。



「意外に地味なんだね」



いきなりタメ口である。



「まあな。本来の陰陽師の仕事は占いとか風水とか地味なものだよ。お祓いとかの呪禁師の仕事もするようになって、お前たちが思い浮かべているような派手に悪霊と戦ったりするようになったのはここ最近だよ」



龍治さんは硯などを片付けながら、淡々と答えた。


あんなに悲しい出来事があったのに、龍治さんは全然動じていない。


それくらい精神力が強くないとやってられないのかな、と僕は少し寂しさを感じた。
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