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アンリミテッド・スノーマンの情景
1.
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「呪殺は証拠が残らない」
抑揚のない声で烏丸忠則が呟いた。優雅な仕草で、持っていた湯呑みををテーブルへ置く。彼の手によって古びた食器が、その所在地を掌から食卓の上へと移された。
この男が取り扱うと、安物の量販品さえ陶器でできた高価なティーカップを思わせる。日本人とは一見わからない程、綺麗に染められたブロンドの髪。無造作に伸びた毛先は、肩や耳のあたりで好き放題に跳ねている。眼尻が僅かに上がった切れ長の一重は、綺麗なアーモンドの形。長い下睫毛が踊る眦のその下で、表情の読めない唇が僅かに歪んだ。
右側の耳を飾る黒曜のピアスをつまらなさそうに弄りながら、ひどく気だるげな声が古風な日本家屋の狭い台所に落とされる。
「憎い相手を始末するのに、ナイフだの拳銃だのを使うのは野暮だと思うよ。俺が殺したって言っているようなものじゃないか。どれだけ巧みに凶器を隠滅したって、この世からそれを消し去ることはできないんだし。その点、」
まるで喪服のような黒いクラシカルスーツから、鮮やかなバーミリオンとライトグレーが織り成すドット柄の襟が覗いている。流行りのブランドメーカーの腕時計を違和感なく身に纏えそうな骨太の手首には、どこか野暮ったい印象の黒い数珠が通されていた。総合的にちぐはぐな格好をしている筈のその男のあらゆるアンバランスか、切れ長の相貌によって見事に調和されている。
湯呑みの縁をなぞるように動いていた烏丸の指が、ピタリと止まった。妖艶に歪む唇が、繰り返し物騒な単語を口にする。
「呪殺は証拠そのものがないんだよ。いかに優秀な科学鑑定を行ったところで、その命を絶たせた武器の手掛かりは掴みようもない。しかも確実に、標的だけを仕留めることができるというオマケ付きときたもんだ。それなのにわざわざ殺害方法にナイフを選ぶだなんて、馬鹿正直で能のない人間のすることだと俺は思うよ」
「はぁ」
つらつらと蘊蓄を並べ立てる烏丸に、紫野岡圭吾がやる気のない返事を寄越す。毛先にだけ緩い癖のある髪は、ダックグリーンの明度を落としたような色。衣替えを済ませたばかりの半袖には、ロイヤルブルーのラインが施されている。胸元のポケットにも同じラインがデザインされている筈だったが、今は隠れているため見ることができない。真正面にあるそれを目視できない原因は、上司である土屋恭介の体を背中から抱き込んでいるからだ。
くるくると湯呑みの縁を蠢いていた人差し指に力を込め、ついに烏丸は椅子から立ち上がり勢い良く圭吾を指差した。
「生返事をするな! 俺はお前に言っているんだよ! これは脅しじゃないからな!? 今すぐ恭介から離れないと、俺の呪術で以てして確実にそして正確にお前だけを呪殺するぞ!?」
指を差された圭吾はゆっくりと瞬きをひとつしてから、ゆうるりと自身の指先に視線を走らせた。
二つ上のバイト先の上司が、左手首より先を動かせなくなったという局所的な不自由を強いられてほぼ一週間。その引き金を引いたのは自分だからと殊勝に世話を焼きだしたのも等しく一週間だった。あれができないからやってくれなどと素直に甘えてくれるようなタイプではないことは重々承知していたので、圭吾の方から先回りをし、何くれとなく面倒を見ることが常になっていた。
烏丸は目くじらを立てて圭吾をそう責め立てるが、圭吾だってもともと過保護と指摘を受けるほどしゃしゃり出るつもりはなかった。けれど左手がほぼ機能しなくなってすぐの頃は、そのことをうっかり忘れた恭介が沸騰した鍋の蓋を開けようと無防備にその手を伸ばすものだから放っておくこともできず、ついあれやこれやと先んじて身の回りの世話をしてしまうようになってしまったのだ。今し方だって、無意識に左手で包丁を握ろうとするものだから、慌ててその袖を引き留めたばかりだ。
肘から手首へとその肌をなぞるように指を這わせ、辿り着いた左手を優しく握り込む。小さく震える恭介の背中を後ろから優しく抱きすくめて、いけない左手を咎めるように指の間に自身の指を差し込んだあたりで突如烏丸が呪殺の話を切り出し現在に至っている。
「だいたいだな! 恭介の左手は殆ど元に戻っているんだよ! お前がそこまでベッタリくっついて介護するもう必要はないだろ!?」
常日頃から特に理由もなく弟子をお姫様抱っこするばかりか特に理由もなく跪いて弟子の足に手を伸ばし愛用している草履の傷み具合を確認する男に言われたくなかったが、指摘された通り確かに恭介の左手は着々と快方へと向かっていた。烏丸の手による懇切丁寧な邪気払いの治療の甲斐もあり、物を持つまではいかないまでも、指先に少しだけ力を込めたり、やんわりと握ることはできる程度には感覚が戻っていたのは圭吾も知っている。
「……でも、何事も治りがけが肝心でしょう? まったく動かなかった頃より、中途半端に使えるようになった今の方が、危ないことの方が多いでしょうし」
それらしい理由を尤もらしく並べ立ててみたが、どうにも言い訳のように聞こえて圭吾はばつが悪くなった。一人の意志を持ち、自身で判断のできる年齢の同性相手に、どう考えてもここまでする必要がないだろうという烏丸の意見の方が概ね正しい。
やわやわと揉みこんでいた手から力を抜き、そっと恭介の体を離した。惜しむように、耳の裏に鼻先を押し込めて、髪の匂いを探るように息を吸う。飛び上がらんばかりに恭介が驚いたので、少しだけ胸のすく思いがした。
圭吾が謎めいた未練を見せて恭介の髪の匂いを嗅ぐのとほぼ同時に、彼の師匠がいよいよ椅子を立ち上がり、何やら怪しいものを詰め込んでいるらしいアタッシュケースの鍵を開けようとしている。命だけは勘弁してやってくれと啜り泣く犬神が必死に止める声をどこか他人事のように聞き流していたら、すぐ傍に従順な動物霊が現れた。
白く滑らかな毛並みには、虎に良く似た薄いグレーの模様が刻まれている。何かしらの凶器を出す可能性がある烏丸と圭吾の間に、丁度盾になるように行儀良く座った。
「白虎! しのはお前の主人だろ!? 最近引っ付きすぎだってお前からも言ってやれ!」
「それは致しかねます。私はマスターに身の危険がない限り、マスターの意向が第一ですから」
可哀想なほど真っ赤に染めた耳を隠すように左手で覆いながら恭介が、声を張って圭吾の持ち霊へ主の監督不行き届きを詰るが、あっさりと躱されわなわなと肩を震わせている。
おでこの形がわかるほど、短く切られた前髪が小さく揺れていた。気を落ち着けようと黒い浴衣の襟元を無意識に引っ張り、少し着崩れていた着物を正す。恭介の鎖骨が少し見えにくくなったななどと圭吾がよそ事を考えているうちに、自分からすっかり距離をとってしまった上司は何やら検討違いな説教を虎霊に始めていた。
ひとまず可愛い愛弟子と圭吾が離れたところをしっかり見届けて幾分か落ち着いたのか、烏丸は鼻息荒くアタッシュケースを持ち上げすたすたと玄関に向かっている。気まぐれな猫のようにしなやかな背を翻しつつ、大股で廊下を踏みつける音には体重以上の重厚さが感じられた。へそを曲げていることを欠片も隠さず早足で進む大人げないその背中は、恭介が引き留めるなら立ち止まりはするけどそれ以外の男、主に名前に「圭」だの「吾」だのつくやつは蹴っ飛ばしてでも家に帰ると暗に訴えているような気がした。
(タイミングとしては、最悪かもしれないな)
一瞬そう思いはしたが、リミットは近づいていたし、この気まぐれな猫が次にいつ神社を訪れるかもわからない。
少し考えてから、圭吾はその後を追った。
「お味噌汁くらい、飲んで行きませんか?」
烏丸が外羽根のプレーントゥシューズに片足を通す前に、愛想の欠片もない声が投げられた。訝しげに目をやると、柱に背を預けた圭吾が、腕を組みこちらの様子を伺っている。
「……遠慮しておこう」
自分から誘っておきながら、快諾されなかったことに欠片も傷ついていないような顔。圭吾が片眉を上げて見せた。わざわざ自分を追いかけてまで確認したかったことが味噌汁を飲むか否かではないだろうことは明白で、烏丸は僅かに警戒を走らせる。
玄関脇の古びた支柱に背中を預けながら、圭吾は長い足をもて余すように組んでいた。ライトグレーの涼し気なスラックスは、それなりに偏差値の高い中学の制服にふさわしい、品のある素材で仕上がっていた。恭介がこいつと同じ中学を卒業していなければ一切の関わりもなく、べたべたとひっつかれるようなセクハラを受けることもなかったのではないかと思うと、上品な仕立ての制服が恭介に超似合うと思ったからなどというミーハーな理由でいそいそと願書を取りに行ってしまった過去の自分を恥じたくもなってくる。けれど今現在のデメリットを以てしても、やっぱりどうしても萌え袖学ランの恭介は可愛かったし、夏服の半袖から覗く白い二の腕も眩しかったなあと思うから仕方ない。
烏丸が愛弟子とのメモリアルに想いを馳せている間も、圭吾は切り出す言葉に悩んでいるような顔で静かにこちらを見つめていた。
含みのある視線は、烏丸の僅かな動きも見逃さないように向けられているようで大変居心地が悪い。
「頼みがあるんですけど」
「それが人にものを頼む態度か」
嫌味な程スタイルの良い中学生は、組んだ足をそのままに、柱に凭れながらまるで意図の読めない言葉を放つ。食い気味に突っ込んでから烏丸は、正体のわからない宇宙人に話しかけられているようなそら恐ろしさを覚えた。
「だいたい俺が、恭介以外のお願いをホイホイ聞いてやる訳がないだろ」
「その」
引き止める言葉にこれ以上付き合う気にもなれず、烏丸は早々に靴を履きアタッシュケースを小脇に抱えたが、一人言のように発せられた単語の続きが耳を掠めて、意図せず足を止めてしまう。
「先輩が関わってくるお願いなら、さすがのあんたでも聞いてくれると思ったんで」
もう一度、圭吾を振り返る。
――それは、彼が修学旅行へ出発する二日前のことだった。
抑揚のない声で烏丸忠則が呟いた。優雅な仕草で、持っていた湯呑みををテーブルへ置く。彼の手によって古びた食器が、その所在地を掌から食卓の上へと移された。
この男が取り扱うと、安物の量販品さえ陶器でできた高価なティーカップを思わせる。日本人とは一見わからない程、綺麗に染められたブロンドの髪。無造作に伸びた毛先は、肩や耳のあたりで好き放題に跳ねている。眼尻が僅かに上がった切れ長の一重は、綺麗なアーモンドの形。長い下睫毛が踊る眦のその下で、表情の読めない唇が僅かに歪んだ。
右側の耳を飾る黒曜のピアスをつまらなさそうに弄りながら、ひどく気だるげな声が古風な日本家屋の狭い台所に落とされる。
「憎い相手を始末するのに、ナイフだの拳銃だのを使うのは野暮だと思うよ。俺が殺したって言っているようなものじゃないか。どれだけ巧みに凶器を隠滅したって、この世からそれを消し去ることはできないんだし。その点、」
まるで喪服のような黒いクラシカルスーツから、鮮やかなバーミリオンとライトグレーが織り成すドット柄の襟が覗いている。流行りのブランドメーカーの腕時計を違和感なく身に纏えそうな骨太の手首には、どこか野暮ったい印象の黒い数珠が通されていた。総合的にちぐはぐな格好をしている筈のその男のあらゆるアンバランスか、切れ長の相貌によって見事に調和されている。
湯呑みの縁をなぞるように動いていた烏丸の指が、ピタリと止まった。妖艶に歪む唇が、繰り返し物騒な単語を口にする。
「呪殺は証拠そのものがないんだよ。いかに優秀な科学鑑定を行ったところで、その命を絶たせた武器の手掛かりは掴みようもない。しかも確実に、標的だけを仕留めることができるというオマケ付きときたもんだ。それなのにわざわざ殺害方法にナイフを選ぶだなんて、馬鹿正直で能のない人間のすることだと俺は思うよ」
「はぁ」
つらつらと蘊蓄を並べ立てる烏丸に、紫野岡圭吾がやる気のない返事を寄越す。毛先にだけ緩い癖のある髪は、ダックグリーンの明度を落としたような色。衣替えを済ませたばかりの半袖には、ロイヤルブルーのラインが施されている。胸元のポケットにも同じラインがデザインされている筈だったが、今は隠れているため見ることができない。真正面にあるそれを目視できない原因は、上司である土屋恭介の体を背中から抱き込んでいるからだ。
くるくると湯呑みの縁を蠢いていた人差し指に力を込め、ついに烏丸は椅子から立ち上がり勢い良く圭吾を指差した。
「生返事をするな! 俺はお前に言っているんだよ! これは脅しじゃないからな!? 今すぐ恭介から離れないと、俺の呪術で以てして確実にそして正確にお前だけを呪殺するぞ!?」
指を差された圭吾はゆっくりと瞬きをひとつしてから、ゆうるりと自身の指先に視線を走らせた。
二つ上のバイト先の上司が、左手首より先を動かせなくなったという局所的な不自由を強いられてほぼ一週間。その引き金を引いたのは自分だからと殊勝に世話を焼きだしたのも等しく一週間だった。あれができないからやってくれなどと素直に甘えてくれるようなタイプではないことは重々承知していたので、圭吾の方から先回りをし、何くれとなく面倒を見ることが常になっていた。
烏丸は目くじらを立てて圭吾をそう責め立てるが、圭吾だってもともと過保護と指摘を受けるほどしゃしゃり出るつもりはなかった。けれど左手がほぼ機能しなくなってすぐの頃は、そのことをうっかり忘れた恭介が沸騰した鍋の蓋を開けようと無防備にその手を伸ばすものだから放っておくこともできず、ついあれやこれやと先んじて身の回りの世話をしてしまうようになってしまったのだ。今し方だって、無意識に左手で包丁を握ろうとするものだから、慌ててその袖を引き留めたばかりだ。
肘から手首へとその肌をなぞるように指を這わせ、辿り着いた左手を優しく握り込む。小さく震える恭介の背中を後ろから優しく抱きすくめて、いけない左手を咎めるように指の間に自身の指を差し込んだあたりで突如烏丸が呪殺の話を切り出し現在に至っている。
「だいたいだな! 恭介の左手は殆ど元に戻っているんだよ! お前がそこまでベッタリくっついて介護するもう必要はないだろ!?」
常日頃から特に理由もなく弟子をお姫様抱っこするばかりか特に理由もなく跪いて弟子の足に手を伸ばし愛用している草履の傷み具合を確認する男に言われたくなかったが、指摘された通り確かに恭介の左手は着々と快方へと向かっていた。烏丸の手による懇切丁寧な邪気払いの治療の甲斐もあり、物を持つまではいかないまでも、指先に少しだけ力を込めたり、やんわりと握ることはできる程度には感覚が戻っていたのは圭吾も知っている。
「……でも、何事も治りがけが肝心でしょう? まったく動かなかった頃より、中途半端に使えるようになった今の方が、危ないことの方が多いでしょうし」
それらしい理由を尤もらしく並べ立ててみたが、どうにも言い訳のように聞こえて圭吾はばつが悪くなった。一人の意志を持ち、自身で判断のできる年齢の同性相手に、どう考えてもここまでする必要がないだろうという烏丸の意見の方が概ね正しい。
やわやわと揉みこんでいた手から力を抜き、そっと恭介の体を離した。惜しむように、耳の裏に鼻先を押し込めて、髪の匂いを探るように息を吸う。飛び上がらんばかりに恭介が驚いたので、少しだけ胸のすく思いがした。
圭吾が謎めいた未練を見せて恭介の髪の匂いを嗅ぐのとほぼ同時に、彼の師匠がいよいよ椅子を立ち上がり、何やら怪しいものを詰め込んでいるらしいアタッシュケースの鍵を開けようとしている。命だけは勘弁してやってくれと啜り泣く犬神が必死に止める声をどこか他人事のように聞き流していたら、すぐ傍に従順な動物霊が現れた。
白く滑らかな毛並みには、虎に良く似た薄いグレーの模様が刻まれている。何かしらの凶器を出す可能性がある烏丸と圭吾の間に、丁度盾になるように行儀良く座った。
「白虎! しのはお前の主人だろ!? 最近引っ付きすぎだってお前からも言ってやれ!」
「それは致しかねます。私はマスターに身の危険がない限り、マスターの意向が第一ですから」
可哀想なほど真っ赤に染めた耳を隠すように左手で覆いながら恭介が、声を張って圭吾の持ち霊へ主の監督不行き届きを詰るが、あっさりと躱されわなわなと肩を震わせている。
おでこの形がわかるほど、短く切られた前髪が小さく揺れていた。気を落ち着けようと黒い浴衣の襟元を無意識に引っ張り、少し着崩れていた着物を正す。恭介の鎖骨が少し見えにくくなったななどと圭吾がよそ事を考えているうちに、自分からすっかり距離をとってしまった上司は何やら検討違いな説教を虎霊に始めていた。
ひとまず可愛い愛弟子と圭吾が離れたところをしっかり見届けて幾分か落ち着いたのか、烏丸は鼻息荒くアタッシュケースを持ち上げすたすたと玄関に向かっている。気まぐれな猫のようにしなやかな背を翻しつつ、大股で廊下を踏みつける音には体重以上の重厚さが感じられた。へそを曲げていることを欠片も隠さず早足で進む大人げないその背中は、恭介が引き留めるなら立ち止まりはするけどそれ以外の男、主に名前に「圭」だの「吾」だのつくやつは蹴っ飛ばしてでも家に帰ると暗に訴えているような気がした。
(タイミングとしては、最悪かもしれないな)
一瞬そう思いはしたが、リミットは近づいていたし、この気まぐれな猫が次にいつ神社を訪れるかもわからない。
少し考えてから、圭吾はその後を追った。
「お味噌汁くらい、飲んで行きませんか?」
烏丸が外羽根のプレーントゥシューズに片足を通す前に、愛想の欠片もない声が投げられた。訝しげに目をやると、柱に背を預けた圭吾が、腕を組みこちらの様子を伺っている。
「……遠慮しておこう」
自分から誘っておきながら、快諾されなかったことに欠片も傷ついていないような顔。圭吾が片眉を上げて見せた。わざわざ自分を追いかけてまで確認したかったことが味噌汁を飲むか否かではないだろうことは明白で、烏丸は僅かに警戒を走らせる。
玄関脇の古びた支柱に背中を預けながら、圭吾は長い足をもて余すように組んでいた。ライトグレーの涼し気なスラックスは、それなりに偏差値の高い中学の制服にふさわしい、品のある素材で仕上がっていた。恭介がこいつと同じ中学を卒業していなければ一切の関わりもなく、べたべたとひっつかれるようなセクハラを受けることもなかったのではないかと思うと、上品な仕立ての制服が恭介に超似合うと思ったからなどというミーハーな理由でいそいそと願書を取りに行ってしまった過去の自分を恥じたくもなってくる。けれど今現在のデメリットを以てしても、やっぱりどうしても萌え袖学ランの恭介は可愛かったし、夏服の半袖から覗く白い二の腕も眩しかったなあと思うから仕方ない。
烏丸が愛弟子とのメモリアルに想いを馳せている間も、圭吾は切り出す言葉に悩んでいるような顔で静かにこちらを見つめていた。
含みのある視線は、烏丸の僅かな動きも見逃さないように向けられているようで大変居心地が悪い。
「頼みがあるんですけど」
「それが人にものを頼む態度か」
嫌味な程スタイルの良い中学生は、組んだ足をそのままに、柱に凭れながらまるで意図の読めない言葉を放つ。食い気味に突っ込んでから烏丸は、正体のわからない宇宙人に話しかけられているようなそら恐ろしさを覚えた。
「だいたい俺が、恭介以外のお願いをホイホイ聞いてやる訳がないだろ」
「その」
引き止める言葉にこれ以上付き合う気にもなれず、烏丸は早々に靴を履きアタッシュケースを小脇に抱えたが、一人言のように発せられた単語の続きが耳を掠めて、意図せず足を止めてしまう。
「先輩が関わってくるお願いなら、さすがのあんたでも聞いてくれると思ったんで」
もう一度、圭吾を振り返る。
――それは、彼が修学旅行へ出発する二日前のことだった。
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