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第4話 白い家(後)
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「なんだ、こりゃあ……」
デルッカがそう言うのも無理はない。そもそも洞窟の中に家があるのもおかしいのだが、その意匠も妙だった。上手く言えないのだが、のっぺりとしている。木や煉瓦ではなく一枚の紙を貼ったような白い壁面。高い技術力は感じられるが、華美に装飾しようという気が一切感じられない。そのくせ玄関と思しき扉は巨大な一枚の鉄板でできていた、このような物は首都の豪邸でもなかなかお目にかかれない。
「家……だよなぁ?」
「だな、家探しでもするか?」
「冗談だろ。さっさと撤退するぞ」
俺は背嚢から、油紙に包まれた"蝶の羽"と呼ばれるアイテムを取り出した。その名の通り魔力を帯びた蝶型のモンスターから採取できる一対の羽を加工したもので、片方を千切ればもう片方がある場所へ転移するという効果を持つ。このようなダンジョンに潜るためには必需品と呼ばれるものだ。
一枚をデルッカに渡し、2人ほぼ同時に羽を千切る。ほとんど薄さのないそれは何の抵抗もなく手の中で散り散りになり――
「……どういうことだ?」
俺たちの体は転移していなかった。あの薄気味悪い家の前から一歩も動いていない。
「妨害されたか?」
「だとしたら、怪しいのはやっぱりあの家か」
アイテムの発動を妨害、あるいは打ち消すような魔術が近くで発動されている可能性はある。事実、転移のような魔術を使用しての犯罪を防ぐために首都では妨害の魔術を発動するためのアイテムが各所に設置されていた。
考えあぐねる俺たちの背後でざり、と背後で何かが音を立てる。振り向いた俺たちが見たのは、抜き身の刃を携えた彷徨う者だった。
「死んでくれてりゃよかったんだが、クソが」
「あぁ。だがヤツの背後……」
彷徨う者の背後には闇が続いていた。どうやら道が続いているらしい。ここから逃げるには彷徨う者をやり過ごす必要がある、しかし戦うにも今は俺の剣がない。どうしたものか――
「おい、一端あの家でやり過ごすってのはどうだ?」
「……悪かねぇな。ついでに妨害している原因を排除できたら儲けモンだ」
彷徨う者の攻撃のうち、警戒するべきはあの素早い移動からの斬撃だ。地面をブチ割った一撃は警戒さえしていれば凌げるが、斬撃は距離を空けていてもお構いなしだった。 だが、この家は奇妙ではあるものの大きさ自体はそれほどでもない。剣を構えて振るうには十分ではないだろう。
「一発なら俺の"白刃取り"で止められる。その隙にお前は足を潰せ」
「了解だ」
俺は予備の短剣を抜きざま後退する。そのまま背後を手探りし、家の扉へと手を掛けた。見慣れない意匠だったが、力をかけるとわずかに開く。鍵はかかっていないようだ。
「――今だ!」
合図とともに扉を開き、俺たちは中へと駆け込んだ。扉は閉めるが鍵はかけない。俺たちの目的は籠城ではなく、ヤツを中へ誘い込むことだ。家の内部は外観同様、どこか違和感があった。入ってすぐの吹抜け、向かってすぐ横には2階へ続く手摺付きの階段。天井からぶら下がる丸いモノは照明だろうか?
「訳が分からねぇ家だ、何ていうか……取り繕っているような」
自分で言ってすっきりした。これは戯画なのだ。本来は別の建物に取り入れられるべき意匠を無理矢理戸建てに詰め込んだ。つぎはぎの家。
「何でもいいぜ、さっさと――!?」
デルッカが扉から飛び退き、次の瞬間剣閃が翻る。屋外から振るわれた刃は扉をまるで端切れのように解体した。
「嘘だろ、鉄製だぞ……⁉」
ガラガラと音を立てて崩れる扉の向こうには、抜き身の剣を携えた彷徨う者。俺は短剣を、デルッカは拳を構えて対峙し――
あ゛
「……何だ?」
異音がした。視線は目の前の彷徨う者から逸らすことはできない、耳だけが音の出所を探す。
あ゛あ゛
湿ったような、乾いたような、呻くような、笑うような、機械的なような、生物的なような……。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
「どこだ、何かいるのか……!?」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
家中に響いたその音に、俺たちはとうとう彷徨う者から視線を外した。見上げるは階段の先。音はそこからしている。死角になった2階の暗がり、その向こうから響く音――いや、声の主。そいつがゆっくりと姿を現した。
階段にどん、と音を立てて白い手が突かれる。細い、女の手だ。肌はまるで白粉を塗りたくったかのような色をしている。続いて出てきたのは、対照的な黒い髪。何かに濡れているかのように光を反射し、育生の悪い植物のように波打っている。その分け目からこちらを睥睨するのは、限界まで見開かれた瞳だった。
一目見ただけで、この場にいる誰もが――俺もデルッカも、そして彷徨う者でさえ理解した。
今この場にいる中で一番ヤバいのは、この女だ。理屈じゃない、単純な強弱でもない。俺たちはこの女に呑まれてしまっていた。
どん、どんと音を立てて女が階段を降りてくる。一歩、いや一手ずつ下がるたびに距離が近付く。厭だ、こっちへ来るな。一刻も早く逃げたい、だが動けない。少しでも音を立てれば狙われるのは自分だ、だから動きたくない。
いっそ俺以外の誰かに――
だん、と音を立てたのは彷徨う者だった。跳躍して壁面を駆け上がり、走りざまに剣を構える。完璧な運足、一瞬のズレもない体重移動、最適な間合いで振るわれる剣。
曲がりなりにも、同じく剣を振るう俺だから分かる。この一撃はおそらく彷徨う者の生涯で――いや、死後を含めても最も完璧なものだった。今この瞬間、名も知らぬ剣鬼は俺の目の前で剣技の深奥へと至った。死後も剣の道という妄執に囚われた異国の剣客の願いが、ようやく成就したのだ。
音もなく振るわれた刃が女の首筋を捉える。ごろり、と皮一枚残して頸部が切断され、断面から血飛沫が噴き出した。俺たちの視界を赤い鮮血が染め潰す。天井に飛び散った異常な量の血がどばどばと滴り落ち、女の死体を隠した。
逃げるなら今のうちだ、そうデルッカに言おうとした矢先。滴る鮮血の向こうから伸びた白い手が、彷徨う者の頭蓋骨を掴んだ。
「アイツ、まだ生きて……⁉」
呻く俺の目の前で、頭を掴まれた彷徨う者がもがく。だが女の柔手はびくともせず、そのまま掴み続ける。
べきり、と音を立てて指先が頭蓋骨へと潜り込む。彷徨う者がさらにもがいたが、指はお構いなしにべきべきと頭蓋骨へ沈んでいく。もう剣技も何もない、彷徨う者は滅多矢鱈に剣を振り回すが、鮮血の向こうにいる女は一切指を緩めることはない、べきべきと音を立てて頭蓋骨のヒビは広がっていき――
がしゃ、と最後の音を立てて彷徨う者の体から力が抜ける。その手から片刃剣が抜け、どす、と俺の目の前に突き刺さった。鮮血が滴り終わった後、本当に物言わぬ死体となった彷徨う者の前にいたのは――首のどこにも傷が見当たらない、白い女だった。
女の眼が、こちらに向けられる。デルッカが唾を飲み込む音が聞こえた。だん、だんと音を立てて女がさらに階段を降る。俺たちの緊張が最大限に高まり、最初に動いたのはデルッカだった。やつは――俺に目もくれず背を向けて家の外へと走り出したのだ。
全く正しい行動だった。俺は重装備、あいつは身軽。同時に走り出せばどちらが遅れるかは明白だ。一人が時間を稼げば、もう一人は助かるかもしれない。
いや、ただあいつはなりふり構わず逃げ出しただけだ。あの彷徨う者ですら敵わなかったのだ、俺たちがなけなしの蛮勇を振り絞って立ち向かっても死体が増えるだけ。だから俺は、目の前に突き立つ剣を床から引き抜いた。
命の危機に直面し、俺もきっと剣の深奥とやらに少しは近付いたのだろう。初めて持つ剣は吸い付くように手に馴染み、ひゅん、と目掛けたところを寸分違わず何の抵抗もなく切り裂いた。
先に逃げ出した、デルッカの足の腱を。
「がッ――エルダ、手前ェ!?」
みっともなく地面に転がるデルッカの指先は、わずかに家の外へ届いていない。俺はなぜかそれが助かるルールだと信じるかのように、家の外へと走り抜けた。
「待ってくれ、置いて行かないでくれ!」
背後から届く声を黙殺して洞窟を走る。背後でばたん、とバラバラになったはずの扉が閉まる音がしても、俺は振り返らなかった。
●
近衛兵さん、後はあんたも御存じの通りだよ。
それからどこをどう走ったものか――気付けばニヴルヘイムの中で他のパーティに保護された。彼らがいなければあの洞窟で野垂れ死んでいたよ。持ち帰ったのはあの剣一本だ。クソッ、なんでこんなものを、俺は……。
なぁ、近衛兵さん。俺が見たのは一体何なんだ? モンスターか? 新たなダンジョンか? どうして洞窟の中にあんな家が……いや、そもそもあれは家なのか? ニヴルヘイムに繋がっているっていう冥界……あれがそうなのか? なんで俺はあんな……デルッカを、置き去りに……
俺はアイツを、見殺しにしたかった訳じゃない。俺だって死にたくなかっただけなんだ、頼むよ、信じてくれ……
●
その後、エルダの証言に基づきニヴルヘイムに捜索隊が送られた。しかし"白い家"も、デルッカの亡骸も発見されず、その一報を聞いたエルダは翌朝片刃剣で自らの喉を貫いて死んでいるのが発見された。
なおエルダが死んだと思われる時間。彼の部屋へと入って行くやけに肌の白い女が目撃されているが、その自死との関連性は不明である。
デルッカがそう言うのも無理はない。そもそも洞窟の中に家があるのもおかしいのだが、その意匠も妙だった。上手く言えないのだが、のっぺりとしている。木や煉瓦ではなく一枚の紙を貼ったような白い壁面。高い技術力は感じられるが、華美に装飾しようという気が一切感じられない。そのくせ玄関と思しき扉は巨大な一枚の鉄板でできていた、このような物は首都の豪邸でもなかなかお目にかかれない。
「家……だよなぁ?」
「だな、家探しでもするか?」
「冗談だろ。さっさと撤退するぞ」
俺は背嚢から、油紙に包まれた"蝶の羽"と呼ばれるアイテムを取り出した。その名の通り魔力を帯びた蝶型のモンスターから採取できる一対の羽を加工したもので、片方を千切ればもう片方がある場所へ転移するという効果を持つ。このようなダンジョンに潜るためには必需品と呼ばれるものだ。
一枚をデルッカに渡し、2人ほぼ同時に羽を千切る。ほとんど薄さのないそれは何の抵抗もなく手の中で散り散りになり――
「……どういうことだ?」
俺たちの体は転移していなかった。あの薄気味悪い家の前から一歩も動いていない。
「妨害されたか?」
「だとしたら、怪しいのはやっぱりあの家か」
アイテムの発動を妨害、あるいは打ち消すような魔術が近くで発動されている可能性はある。事実、転移のような魔術を使用しての犯罪を防ぐために首都では妨害の魔術を発動するためのアイテムが各所に設置されていた。
考えあぐねる俺たちの背後でざり、と背後で何かが音を立てる。振り向いた俺たちが見たのは、抜き身の刃を携えた彷徨う者だった。
「死んでくれてりゃよかったんだが、クソが」
「あぁ。だがヤツの背後……」
彷徨う者の背後には闇が続いていた。どうやら道が続いているらしい。ここから逃げるには彷徨う者をやり過ごす必要がある、しかし戦うにも今は俺の剣がない。どうしたものか――
「おい、一端あの家でやり過ごすってのはどうだ?」
「……悪かねぇな。ついでに妨害している原因を排除できたら儲けモンだ」
彷徨う者の攻撃のうち、警戒するべきはあの素早い移動からの斬撃だ。地面をブチ割った一撃は警戒さえしていれば凌げるが、斬撃は距離を空けていてもお構いなしだった。 だが、この家は奇妙ではあるものの大きさ自体はそれほどでもない。剣を構えて振るうには十分ではないだろう。
「一発なら俺の"白刃取り"で止められる。その隙にお前は足を潰せ」
「了解だ」
俺は予備の短剣を抜きざま後退する。そのまま背後を手探りし、家の扉へと手を掛けた。見慣れない意匠だったが、力をかけるとわずかに開く。鍵はかかっていないようだ。
「――今だ!」
合図とともに扉を開き、俺たちは中へと駆け込んだ。扉は閉めるが鍵はかけない。俺たちの目的は籠城ではなく、ヤツを中へ誘い込むことだ。家の内部は外観同様、どこか違和感があった。入ってすぐの吹抜け、向かってすぐ横には2階へ続く手摺付きの階段。天井からぶら下がる丸いモノは照明だろうか?
「訳が分からねぇ家だ、何ていうか……取り繕っているような」
自分で言ってすっきりした。これは戯画なのだ。本来は別の建物に取り入れられるべき意匠を無理矢理戸建てに詰め込んだ。つぎはぎの家。
「何でもいいぜ、さっさと――!?」
デルッカが扉から飛び退き、次の瞬間剣閃が翻る。屋外から振るわれた刃は扉をまるで端切れのように解体した。
「嘘だろ、鉄製だぞ……⁉」
ガラガラと音を立てて崩れる扉の向こうには、抜き身の剣を携えた彷徨う者。俺は短剣を、デルッカは拳を構えて対峙し――
あ゛
「……何だ?」
異音がした。視線は目の前の彷徨う者から逸らすことはできない、耳だけが音の出所を探す。
あ゛あ゛
湿ったような、乾いたような、呻くような、笑うような、機械的なような、生物的なような……。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
「どこだ、何かいるのか……!?」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
家中に響いたその音に、俺たちはとうとう彷徨う者から視線を外した。見上げるは階段の先。音はそこからしている。死角になった2階の暗がり、その向こうから響く音――いや、声の主。そいつがゆっくりと姿を現した。
階段にどん、と音を立てて白い手が突かれる。細い、女の手だ。肌はまるで白粉を塗りたくったかのような色をしている。続いて出てきたのは、対照的な黒い髪。何かに濡れているかのように光を反射し、育生の悪い植物のように波打っている。その分け目からこちらを睥睨するのは、限界まで見開かれた瞳だった。
一目見ただけで、この場にいる誰もが――俺もデルッカも、そして彷徨う者でさえ理解した。
今この場にいる中で一番ヤバいのは、この女だ。理屈じゃない、単純な強弱でもない。俺たちはこの女に呑まれてしまっていた。
どん、どんと音を立てて女が階段を降りてくる。一歩、いや一手ずつ下がるたびに距離が近付く。厭だ、こっちへ来るな。一刻も早く逃げたい、だが動けない。少しでも音を立てれば狙われるのは自分だ、だから動きたくない。
いっそ俺以外の誰かに――
だん、と音を立てたのは彷徨う者だった。跳躍して壁面を駆け上がり、走りざまに剣を構える。完璧な運足、一瞬のズレもない体重移動、最適な間合いで振るわれる剣。
曲がりなりにも、同じく剣を振るう俺だから分かる。この一撃はおそらく彷徨う者の生涯で――いや、死後を含めても最も完璧なものだった。今この瞬間、名も知らぬ剣鬼は俺の目の前で剣技の深奥へと至った。死後も剣の道という妄執に囚われた異国の剣客の願いが、ようやく成就したのだ。
音もなく振るわれた刃が女の首筋を捉える。ごろり、と皮一枚残して頸部が切断され、断面から血飛沫が噴き出した。俺たちの視界を赤い鮮血が染め潰す。天井に飛び散った異常な量の血がどばどばと滴り落ち、女の死体を隠した。
逃げるなら今のうちだ、そうデルッカに言おうとした矢先。滴る鮮血の向こうから伸びた白い手が、彷徨う者の頭蓋骨を掴んだ。
「アイツ、まだ生きて……⁉」
呻く俺の目の前で、頭を掴まれた彷徨う者がもがく。だが女の柔手はびくともせず、そのまま掴み続ける。
べきり、と音を立てて指先が頭蓋骨へと潜り込む。彷徨う者がさらにもがいたが、指はお構いなしにべきべきと頭蓋骨へ沈んでいく。もう剣技も何もない、彷徨う者は滅多矢鱈に剣を振り回すが、鮮血の向こうにいる女は一切指を緩めることはない、べきべきと音を立てて頭蓋骨のヒビは広がっていき――
がしゃ、と最後の音を立てて彷徨う者の体から力が抜ける。その手から片刃剣が抜け、どす、と俺の目の前に突き刺さった。鮮血が滴り終わった後、本当に物言わぬ死体となった彷徨う者の前にいたのは――首のどこにも傷が見当たらない、白い女だった。
女の眼が、こちらに向けられる。デルッカが唾を飲み込む音が聞こえた。だん、だんと音を立てて女がさらに階段を降る。俺たちの緊張が最大限に高まり、最初に動いたのはデルッカだった。やつは――俺に目もくれず背を向けて家の外へと走り出したのだ。
全く正しい行動だった。俺は重装備、あいつは身軽。同時に走り出せばどちらが遅れるかは明白だ。一人が時間を稼げば、もう一人は助かるかもしれない。
いや、ただあいつはなりふり構わず逃げ出しただけだ。あの彷徨う者ですら敵わなかったのだ、俺たちがなけなしの蛮勇を振り絞って立ち向かっても死体が増えるだけ。だから俺は、目の前に突き立つ剣を床から引き抜いた。
命の危機に直面し、俺もきっと剣の深奥とやらに少しは近付いたのだろう。初めて持つ剣は吸い付くように手に馴染み、ひゅん、と目掛けたところを寸分違わず何の抵抗もなく切り裂いた。
先に逃げ出した、デルッカの足の腱を。
「がッ――エルダ、手前ェ!?」
みっともなく地面に転がるデルッカの指先は、わずかに家の外へ届いていない。俺はなぜかそれが助かるルールだと信じるかのように、家の外へと走り抜けた。
「待ってくれ、置いて行かないでくれ!」
背後から届く声を黙殺して洞窟を走る。背後でばたん、とバラバラになったはずの扉が閉まる音がしても、俺は振り返らなかった。
●
近衛兵さん、後はあんたも御存じの通りだよ。
それからどこをどう走ったものか――気付けばニヴルヘイムの中で他のパーティに保護された。彼らがいなければあの洞窟で野垂れ死んでいたよ。持ち帰ったのはあの剣一本だ。クソッ、なんでこんなものを、俺は……。
なぁ、近衛兵さん。俺が見たのは一体何なんだ? モンスターか? 新たなダンジョンか? どうして洞窟の中にあんな家が……いや、そもそもあれは家なのか? ニヴルヘイムに繋がっているっていう冥界……あれがそうなのか? なんで俺はあんな……デルッカを、置き去りに……
俺はアイツを、見殺しにしたかった訳じゃない。俺だって死にたくなかっただけなんだ、頼むよ、信じてくれ……
●
その後、エルダの証言に基づきニヴルヘイムに捜索隊が送られた。しかし"白い家"も、デルッカの亡骸も発見されず、その一報を聞いたエルダは翌朝片刃剣で自らの喉を貫いて死んでいるのが発見された。
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