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第九章『サーキットの赤い伝説』

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出発から二十分後。参加者たちは目的地に到着した。


そこは、緑に包まれた群島だった。

至るところに小さな森が広がり、大きな池や湿地帯をいだく島も見受けられる。

でもやはり、一番に目を引くのは、

いくつもの小島をつなぐように設置されたサーキットだった。

まるで超巨大なすべり台にも見える。

ジェットコースターのレールみたいに、

わくわくするようなアップダウンやループを描き、

日の光を浴びてピカピカの白銀色に輝いている。


『さあ、みなさん!  オハコビ・スカイサーキットにやってきましたよ!』

と、フラップが意気揚々と言った。


『まあ、先ほどフリッタがちょこっとネタばらししちゃいましたけども……

ここは科学の力が詰まった、ヒトとオハコビ竜が競争できる夢の施設です。

プロからアマチュアまで、だれもが利用できるんです。

日がな一日中、毎日のようにレースが開かれている、のですが……

今日の午前中は、なんとぼくたちのために、

特別にレース時間が設けられているんです。

みなさん、ぜひともぼくたちとのレースに挑戦してみてくださいね!』


一番高いところに浮かぶ島に、

十五階建てのビルのようなコントロールタワーや、

巨大な観客スタンドが見える。あそこがサーキットのメイン施設のようだ。

いろんな建物がぎっしりとひしめいている。


フラップたちは、その施設の中へとすべるように降りて入った……

全員着地し、子どもたちがポッドから次々出てくる。


正面ゲートのむこうには、広大なチケット売り場らしき空間があった。

サーキットで戦うレーサーたちの勇姿を見物するためか、

または午後のレースを登録するためか、すでに多くの亜人たちがならんでいる。


「……今日の午前中は、地上界から来た子どもたちのために、

サーキットが貸し切りなんだと。

ほら、あそこに見えるオレンジ色の服を着た子たちだよ」


「あっ、ホントだわ。はじめて見る!

だから今日の会場日程がいつもと違うのね」


「せっかくだ。地上界の子たちがどこまでやれるか、

レーサー目線でじっくり楽しませてもらうとしますか」


「今日は敏腕レーサーのフューマスが出るんだ。

この時間からチケット買わないと、すぐに観客席が埋まっちゃうんだよな」


「レゴスのレースは今日の午後五時?  うひゃー、早く来すぎたな~」


二十三人の子どもたちは、

オハコビ竜とのレースをしてみたくて、うずうずとしていた。

さすがは勇敢なる選ばれし子どもたちだ。挑戦の二文字にはとことん積極的だ。


「待ってたよ、みんな!  こっち、こっち!」


奥への入場ゲートの前に、だれかが子どもたちとその竜たちを手招きしていた。

みんなはぞろぞろとそちらへむかった。


だれかと思えば、赤ぶち眼鏡のモニカさんだった。

なんと、赤いタンクトップなタイトワンピを身につけている。

両腕には白いロンググローブ、両脚は赤とピンクのロングブーツ。

まるでレースマシンのパイロットのようだ。

自分もレースに出るつもりなのだろうか。


「みんな、わたしの格好を見てびっくりしてるみたいだけど、

時間も押してるし、さっそくみんなに聞かせてね……

オハコビ竜と競争してみたい子!  手を上げて、は~い!」


子どもたちは、もちろんいっせいに手を上げた。


「おおっ、一、二、三、四、五…………二十三!

全員参加だね、オッケー!  みんなすごいね、お姉さん嬉しいな。

じゃあ、みんなのレーサー登録をして、と――」


モニカさんは、手に持ったタブレット端末を操作して、

最後に、はい完了!  と強くタップした。


「それじゃあ、みんなが乗るマシンについて紹介をするから、

奥のレクチャールームに移動しよっか。

竜さんたちも、わたしといっしょに来てください……

というかフラップくん、なんだか浮かない顔だね、どうしたの?」


「なんかぼく、さっきから胸がザワザワするんですよ。

今日ここで、大変なことが起こる気がして」


「ハルトにさー、勝ったらコテンパンにされるかもって思ってんでしょー?」

と、ケントが冗談めかして言った。


「べつに、そんなことしないし……」

と、ハルトは言った。


子どもたちとその竜たちは、モニカさんに続いて、

入場ゲートを顔パス同然にさっとくぐりぬけた。


亜人客でにぎわうメインホール――

観戦用のテイクアウト店やお土産店がならんでいる――を右手に見て、

そのままさらに通路を歩いていき、突きあたりの大きなドアをくぐった。


そこは、何十台もの大きなマシンがならぶ、広々としたレクチャールームだった。

どのマシンも、縦長の流線型の機体で、

銀色のボディに、機体ごとに違う色のホバーリングがついていた。

前後に一つずつ座席がついた、二人乗りタイプだ。

さらに面白いのは、どの機体にも、先頭にクールな竜の顔がついているところだ。


「これぞ、みんなが乗る『ドラゴンスピーダー』でーす!」

モニカさんが両腕を広げながら言った。なぜだかとても得意げだ。


「ここにあるのはレクチャー用だから飛べないけど、

本番機はちゃんと用意してあるから安心してね。

まずはここで、しっかり操縦方法をおぼえよう。

大丈夫、だれでもゲーム感覚で操作できる、

もっとも簡単なタイプだから――プロはもっと本格的なタイプに乗るけどね~」


彼女はまるで、自分はプロだ、とでも言いたげだった。


「座席は、前と後ろで役割が違います。

前の座席は、機体を左右に動かす操縦席。

後ろの席は、前の操縦者をアシストする補助席です。

みんな、エッグポッドの時と同じペアになって、好きなマシンに乗りこんでね。

どっちの席に座るかも、ちゃんと話しあってね」


子どもたちは指定されたペアを組んで、

次々にレクチャーマシンにむかっていった。


だが、ハルトにはペアがいなかった。

ひとり取り残されたハルトに、フラップが声をかけた。


「ハルトくんのペアは……スズカさんの予定だったんですけど」


「いないよね、うん。

でもぼくには、代わりのペアがちゃんと決まってるんだよね?」


「もちろんですとも!  今回はハルトくんだけ特別措置としまして――」


「わたしが、ハルトくんのペアにつきまあす」


モニカさんがハルトのそばに立っていた。

ハルトは、胃袋がひっくり返るほど驚いた。


「えええっ!?  モニカさんが?」

「あれえ、お姉さんがいっしょだと心配?

大丈夫、ちゃんと後ろの席からアシストするから、

ハルトくんはマシンの操縦に集中していてね」


まさか、大人といっしょに乗ることになろうとは。

でも、他に参加者はいないし、ハルトには選択肢がなかった。


「……分かりました。もう、だれでもいいや。

ぼく最初から、自分のハンドルさばきでフラップに勝つって決めてたから。

よろしくお願いします」


「はいはーい、こちらこそよろしくね。

ハルトくんの男らしい操縦で、お姉さんをたっぷり酔わせてね」


ともかくハルトは、空いていた機体に乗りこんだ。

モニカさんは、

自分にはレクチャーは必要ないからマシンの外からハルトを見てる、と言った。


操縦席について左右のレバーをにぎると、

なるほど、頭の後ろまでとてもふかふかしたシートだ。

レバーにもやわらかいグリップカバーがついていて、触り心地まで抜群にいい。

どうやら前後に動かせるようだ。

竜のやわらかい背中に乗っているような安心感と、

何とも言えない高揚感がわいてきた。


ハルトが座ったのを認識して、目の前に空中モニターがぱっと現れた。


『――はじめてのあなたへ、ドラゴンスピーダー入門レッス~ン!』


陽気なタイトルコールがなされると、すぐにレクチャー映像が開始された。


『このサーキットでは、オハコビ竜とヒト二人に分かれて、

超高速でエキサイティングなレースを楽しめます。

あなたは、オハコビ竜のスピードを超えることができるかな?』


「超えないと、スズカちゃんに報告できないから」


ハルトは気合いと熱意をこめてそうつぶやいた。
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