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第十二章『迎えにきたよ』

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「な、なんですかキミたち……

こんなところに来いとは命令していないでしょう?

それとも、あれですか?  な、何かのサプライズです?」


今の今まで余裕をこいていたクロワキ氏が、

急に冷静さを欠いているようにスズカには見えた。

彼の笑った口がかすかに引きつっている。


十人のジャケット集団のうちのひとり、

オールバックの大男がずいっと進み出て、こう言った。


「ええ、まあ……サプライズといえばサプライズですねえ」


「あのねえ、ビケットくん――」


「われわれはいろいろと『真実』を携えてやってきたわけですから」


「え、なんですか、真実?」


「クロワキさん、失礼を承知で申し上げます。

われわれは、あなたがたを迎えに上がったのです」


このビケットという人。

なんだかクロワキ氏にそっくりな、ひょうひょうとしたしゃべり方だ。

エンジニア部のヒトは上司に似るものなのか。

でも、この人の口調はまるで、

上司をなめまわすような感じがする……スズカはそんなふうに思っていた。


「ほほう、それはそれは」

クロワキ氏はいぶかしげにこたえた。

「迎えをよんだおぼえはありませんね。

キミたち、この非常時に悪ノリするのも大概になさい。

わたしたちはここにいれば安全なんですよ?

もっとも、どこもかしこも戦場と化したこのターミナルの中、

キミたちがいかにしてここにたどり着き、そして、

わたしたちをどう連れ出すつもりなのかは、分かりかねますがねえ」


クロワキ氏は少し挑戦的な物腰で構えながら、

自分のサングラスの位置を右手で整えていた。

すると部下たちは、いっせいにふふふ……、と薄気味の悪い笑い声を上げた。


「悪ノリとはまた、手厳しい一言ですねえ」

ビケットが、上司にむかって再びしゃべりだす。

「たしかに、フローターもリフターも緊急事態で稼働停止……

エッグポッドを装着したフライターたちは全員、

ターミナル利用客の避難対応に追われていて、ここまで駆けつけられない。

避難の必要がないタワー内の人間を運びに来るなど、無駄なこと……」


「では、キミたちはどうやってここに来たんです?」


ビケットは両腕を軽く広げてみせると、

よくぞ聞いてくれたとばかりに白々しい大声でこう答えた。


「われわれはですね!  ガオル様と、オニ飛竜たちに加担する集団!

なので!  われわれが彼らの攻撃対象にされることは、ないんですよ!」


いきなりの大暴露だ。スズカは、頭を石で殴りつけられた気分だった。


「おかげさまで、ここまで何の障害もなくたどり着けましたよぉ。

エンジニア部には、非常事態でもしっかり動く飛行艇もあったので、

何機か拝借させてもらいましたしねえ」


クロワキ氏は、ことさら深刻そうな声で追及した。


「ちょっとちょっと……今、ガオル様とオニ飛竜って言いましたよねえ?

それどういう意味ですか!  まさか、ここに攻めてきたオニ飛竜の大軍団は、

ガオルと関係しているってことですか!?」


「その通り!」

男性の不敵な笑みが、その怪しい顔をさらに引き立てた。

「オニ飛竜たちは、もはやガオル様の手足!

あの方は、強力な魔石を取引材料にし、

あの冷徹野蛮なオニ飛竜たちを、見事に従えたんですよね。

さて、クロワキさん。われわれはガオル様からある命令を受けていまして……

あなた方二名を拉致し、城へお連れしろってことで!」


男性は、懐から黒い銃らしき物体を取りだし、

その銃口をクロワキ氏の顔にまっすぐむけた。

子どもむけのレーザー銃のおもちゃに見えたが、明らかに造形がしっかりしている。


「あー、なるほど……」

クロワキ氏も、これは参ったというふうに両手を腰にそえた。


「つまり、オニ飛竜たちはこのためのオトリだったということですか。

タワー内の警備部員が、ターミナル防衛に加勢すれば、

タワー内部の警備は手薄になり、キミたちスパイも動きやすくなると。

んーまあ、この子をさらう理由は分かりますよ。

ガオルがほしい子だからですよね。

では、わたしをさらう理由はいったい何なんですか?

あいつには必要ないでしょう、こんな中年おじさんなんて」


「何をおっしゃいますやら。あなたなら身に覚えがおありでしょう?

ガオル様は、オハコビ隊から優秀なマスターエンジニアをご所望なんです。

何しろ、大変高度なマシンをお作りのようなので」


ピケットの返答に、クロワキ氏は残念そうに首をふった。


「はいはい、分かりました。もうこれ以上は追及しませんよ。

わたしとしたことが、キミたちの裏の顔に気づけなかったとは……

これは大失態だ。マスターエンジニア失格だなあ」


「今さらお悔やみなさっても、ねえ?  ぜんぶ手遅れですから」


はははは……!  十人集団が、底意地の悪い笑い声を立てた。


スズカの頭はパンク寸前だった。状況を整理するので精一杯だった。

いきなり現れた集団が、いきなり自分たちの正体を明かして、

いきなり銃を突きつけるなんて。

しかも、襲撃して来たというオニ飛竜たちが、まさかのガオルの仲間?


(そのうえガオルは、ずっと前からオハコビ隊に近づいていて、

今日のためにスパイまで用意していたの?

わたしとクロワキさんをつかまえるためだけに?  ありえない!)


「ほほお、スズカ様。あなたの心の声はなかなかのご意見番ですね」

ビケットがスズカにむかって言った。


「将来、素晴らしい頭脳派になれるでしょう。

その時はぜひ、われわれエンジニア部にお迎えしたいところ――」


『いや!  いやっ!』


スズカは必死に頭をふった。オハコビ隊員になることではなく、

こんな不気味な人に頭のよさをほめられたことが嫌だった。


「スズカさん、逃げなさい」


クロワキ氏が、ふいに決意を固めたように言った。


「この人たちはわたしが食い止めます。

だからキミは、スキをついて、死にもの狂いで逃げなさい。

でないと、ガオルのところに連れていかれて、何をされるか分かりません」


『そんなこと!  そんなこと……』


「スズカさん、こんなひどいツアーになってしまったのも、

すべては、プロジェクト主任であるわたしの過ちです。

許してほしいとは言いません。

でも、もしもよければ、二人でまた会いましょうね……それっ、目を閉じて!」


クロワキ氏が、懐から丸い小型爆弾のようなものを取りだし、

それを床にむかって思いきり投げつけた。

そのとたん、あたりをまばゆい閃光が包みこんだ。

十人集団は、不意をつかれたように叫び声を上げていたが、

スズカはギリギリで目を閉じていた。


「さあ、逃げて!」


クロワキ氏がぴしゃりと叫んだ。

スズカは弾にはじかれたように、だれもいない横への通路へ走り出した。

目から熱いものがいくつもこぼれる。

大好きな人が遠くへ行ってしまったような気がした。

もうだれの声も聞こえない。……振り向くな。走るんだ。

生きて絶対にハルトくんに会うんだ。もうガオルの姿なんか二度と見たくない。


後方の閃光が徐々に消え去り、冷たい暗がりが細い通路に広がった。

でも、前方に明かりがにじんでいる。

どこへ逃げればいいかなんて分からない。

それでも無我夢中でその明かりのもとを目指した。


細い通路が終わり、照明に照らされた広い通路に出た。フローター用車道もある。

スズカは左右を確認した。左の通路は停電している。

明かりのないところには行きたくない。スズカはとりあえず右に曲がった。

集団は追ってこない。クロワキ氏がうまくやったのか。

でも、妙な胸騒ぎがしてきた。このまま走って本当に逃げ切れるのか?

この先に、何かとんでもないものが待ち受けているのでは――。


(あっ……!)


スズカはふと足を止めた。

右側の壁に、白いオハコビ竜のエンブレムが描かれたグレーのドアがあった。

そびえ立つ巨大なドアは、スズカの姿が目に映ったのか、

ピコピコと機械のような音を発しすると、まるで意思があるかのようにこう言った。


『――非常隔離システム、作動中。

地上人歓迎ツアー参加者、スズカ様と認識。

スズカ様、どうぞこちらへ。このドアは、あらゆる危険からあなたを守ります』


プシュウウ。ドアが両側へスライドして開いた。

ドアのむこうは、ぼんやりと薄明るい暖色の光が広がっていた。

何がなんだかさっぱりだったが、地獄に仏とはこのことだろうか。

スズカは見えない糸に釣られるように、その部屋の中へと足をふみ入れた。
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