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第十四章『黒い竜たちの秘密』

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ガオルは重たい扉を開けて部屋を出ると、悠然と廊下を歩きはじめた。


「ガ、ガオル様!  お待ちくださいませ、ガオル様ぁー!」


ガオルの後ろから、せわしない声が飛んできた。

ガオルは急激にいら立ちをおぼえ、鞭を打つようにふり返った。


「騒々しいぞ、ギュボン!  いったいなんだというんだ?」


廊下のむこうから、黄色いギョロ目をした黒トカゲの執事が走ってきた。

ギュボンはガオルの前で立ち止まると、肩をゆらしてあえぎながら言った。


「諜報員からの、ゼェ、ゼェ、報告でございますよ!

たった今、フーゴ率いる警備軍が、こちらにむかっていると!

さほど大きな、軍勢ではありませんが、ゼェ、ゼェ、

どうやら、妙な少数部隊も加わっているということで――」


「騒ぐほどのことでもないだろう。その少数部隊とはどういうものだ?」


「それが……フラップという隊員が率いる、

お運び部員のみで編成されたものでして……」


「そうか、ふふふっ」

ガオルの瞳が怪しく光った。


「それなら知っている。

『虹色の翼』とかいう、幼稚でふざけた名前のチームだな」


「聞くところによると、そのフラップめは、

警備部員たちをしのぐ異常な強さを誇るとか」


「ふん、それも知っている。

ターミナル襲撃の際には、面倒を増やさぬよう、

オニ飛竜どもに足止めをさせてみたが。

だがとうとう、思う存分手合わせができるな。楽しみだ」


ガオルは、目の前で右手を強く握りしめ、迫る戦いに血潮をたぎらせていた。


「あのう、それともう一つだけお伝えすることが」


ギュボンはガオルの顔色をうかがいながら続けた。


「その少数部隊は、例のツアー参加者たちも連れてこようとしておりまして――」


「な、なんだと?  あの子たち……スズカの仲間たちもいるのか!」


なぜだかガオルは動揺していた。

ギュボンはあっけに取られて口をパックリと開いた。


「『ヤツ』め……どうやらこの俺に対抗する手段として、

子どもたちを利用するつもりでいたようだな。

ふっ、そんな小細工で、この俺に勝てると思っているのか」


平静を装ってはいたが、

ガオルは廊下の真ん中でうろたえるように右往左往していた。


「ガオル様、いったいどうなされたので?  『ヤツ』というのは、フラ――」


「うるさい!  報告がすんだのなら、お前はとっとと持ち場に戻れ!」


「ひぃぃっ!  申しわけございませえん!」


ギュボンは恐怖によろめいたあと、一目散に来た道を駆け戻っていった。


だれもいない廊下で、ガオルは歯噛みしていた。


「俺も甘く見られたものだな。たとえ人間の子どもたちがいようと、

この俺の拳と炎が鈍ることはあるまい……俺も戦いの支度をしなければ」


      *


十分後、ガオルは城のエントランスを通りぬけ、広大な正面口へとやってきた。


服装はいつものボロの皮ベストにウロコの籠手を身につけていた。

しかし、仮面はつけていなかった。

今は全力で敵を叩きのめさなければならないからだ。あの黒い仮面は、

強すぎる自分の力を抑制するためにつけていた、魔力の仮面なのだ。

素顔を隠すためではなく、どんな時も力におぼれないようにするために――。


月は厚い雲に隠れ、明かりの灯った城の周囲には底なしの闇が広がっていた。


「聞こえるか、者ども!」


ガオルは馬蹄型の階段の上から、暗闇にむかって爆弾のような大声で叫んだ。


「オハコビ隊の軍勢がこちらにむかっている。迎撃の準備を整えておけ!」


すると暗闇の中に、点々と黄色い目が光りだした。

今の今まで何かの陰に隠れていたのか。

上下にも左右にも、至るところに犬の牙と同じ形をした目が輝いている。

どう猛な殺意がこめられたような鋭い目が――。


   のし、のし、のし……。


ガオルが立つ場所の左側から、石畳を踏み鳴らす重たい足音が聞こえてきた。


「おめえさんよ……すっかり大将気どりじゃねえか」


階段下の暗闇の中から、ガオルよりも一回り大きな緑色の竜――

オニ飛竜の長バーダムが灯りのもとに上がってきた。

やけに不機嫌な顔をしている。


「こっちはターミナル襲撃で、ずいぶん仲間が戦闘不能になっちまってるのによ。

いい気になってんじゃねえぞ。

俺らは今、ルビーのためだけに戦ってることを忘れるな」


バーダムのガチガチとしたウロコ鎧の、わずかなすき間から見える胸のあたりに、

白い包帯が巻かれているのが見えた。ガオルはそれを見てせせら笑った。


「……その胸の包帯、警備部員にやられたな。

まったく、オニ飛竜の長が聞いてあきれる。

その程度では、この城の防衛ラインをまかせられないぞ」


ガオルの冷徹な言い草に、バーダムはガラガラのしわがれ声を荒げた。


「うるせえ!  フーゴって警備のボスとのガチンコに、妙な横やりが入ったんだよ。

おかげでこのざまだ。本当なら――」


「ふんっ、弱い奴ほどよく吠える」


「この野郎……!  今すぐその首をへし折ってやってもいいんだぞ!」


バーダムが二、三歩ほどずずいっとにじりよった。

ガオルはうろたえるどころか、逆にこちらもバーダムに詰めよると、

眉間や鼻の頭に激しいしわを起こして、怪物のようなうなり声でこう言い返した。


「やれるものならやってみろ。この俺の圧力に耐えられるのならな……!」


ガオルのすさまじい気迫に、バーダムはひどくたじろいでしまった。

竜の世界において、相手の気迫に押しつぶされたほうが格下であるという、

暗黙のルールがあるのだ。


「――しょせん、貴様らは数だけのウスノロだ。

このままだまって俺の言うことだけを聞いているんだな。

例のルビーは、最後の最後までおあずけだ」


ガオルは城の中へと戻っていった。去り際にバーダムに一べつをくれて――。


「気味が悪すぎるぜ……ホントにおめえさんは、どういうやつだよ」


バーダムのうつろな薄ら笑いが闇夜に溶けていった。
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